52 悪魔殲滅作戦
ブリッヂレイカーが企てた、『悪魔殲滅作戦』はこうだった。
まず、マホール山にあるダムの水が溜まるのを待つ。
その間に開戦準備を整え、そしてダムの水がじゅうぶんに溜まったところで、一気に仕掛ける。
攻撃の順序としては、ダムの水が溜まった夜にマホール山に向かい、溜池にある水門を破壊。
たまりにたまった水は勢いよく流れだし、敵の領地に牙を剥く。
水車はもちろん、家も流され、人々は逃げ惑い、溺れ死に、敵領地はメチャクチャになる。
いままではどんな洪水にも耐えてきた石橋も、これにはひとたまりもないだろう。
心の支えであった石橋が、目の前で崩壊していく様を目の当たりにし、彼らはようやく思い知る。
それまで、いくら気丈に「天使なんかに負けたりしない!」と振る舞っていたとしても、ついに世界の真理というものに気付くはずだ。
「天使には、勝てなかったよ……!」
と……!
後に残るのは、絶望と諦観。
悪魔に染まった心以外は、何もかも失ってしまったブリッヂメイカー領の民衆たち。
そこで、天使たちの使徒が、一気に攻め込み……!
悪魔の使徒たちを、殲滅するっ……!!
抵抗する力などもはや残っていないだろうが、首を跳ね、心臓を抉り、火を放つ……!
命乞いをする者あらば、首に縄をかけ、奴隷とする……!
このプランは完璧だった。
ヤツらの建造物であるダムを逆に利用することにより、ヤツらの領地をキレイに押し流し……。
相手は死傷者続出であろうから、無血決戦も夢ではない……!
さらにダメルシアン様の偉大さも、同時に知らしめることができる……!
人々はみな、讃えるだろう。
一発逆転の妙案で、悪魔たちを殲滅した、天才領主のブリッヂレイカーを。
そして、ふたたびひとつになったルシエロの民は、こう叫ぶことだろう。
天 ・ 使 ・万 ・ 歳 っ …… !!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからブリッヂレイカーは、連日こっそりとマホール山に手下を派遣して、ダムの貯水量を観察させた。
同時に領内の民衆に、武器をつくるよう命じる。
といっても、はじめ人間にまで戻ってしまったような彼らがつくる武器など、たかが知れていた。
棒に縄で石をくくりつけた石斧や、木の枝の先を尖らせたような槍が精一杯。
飛び道具には弓すらなく、ただの投石。
水門を破壊するための兵器は、枝を切り落としただけの、ただの丸太であった。
そうしてできあがったのは、聖戦にのぞむ聖戦士というよりも、これからマンモス狩りにいくような原始集団。
しかし無い袖は振れないので、ブリッヂレイカーはそれで我慢する。
そしていよいよ、決行の時がやって来た。
マホール山のダムが、ついに満水といえる水域にまで達したのだ。
その日は一日、ブリッヂレイカー領は異様な雰囲気に包まれていた。
昨日までは強く降り続いていた雨も、朝からは雨脚が弱くなり、昼には小雨になる。
そして夜、霧雨けむる闇の中……。
不気味な群衆たちが、領内の広場に集結した。
手には武器と松明を持ち、夜行性の狼のように瞳をギラつかせ、マホール山のほうを見つめている。
ブリッヂレイカーをはじめとする、ダム破壊部隊はすでに水門に到達しているはず。
彼らが丸太で水門を破壊したあと、狼煙をあげて合図することになっている。
その知らせを皮切りに、原始人部隊が攻め込む手筈となっていた。
これからブリッヂメイカー領は、ふたつの波状攻撃を受け、跡形もなく壊滅する。
大水がなだれこんでメチャクチャになったあとは、原始人たちがなだれこんで、さらにメチャクチャに。
『水車の地』がこの世界から消え去るまで、もはや時間の問題であった……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、ブリッヂレイカーは、マホール山の頂上。
湖のような広大なダムを背に、ルシエロの地を一望していた。
彼の左手に広がっているのは、かつての親だった人物が治めるブリッヂメイカー領。
すでにみな寝静まっているのか灯りひとつない。
それはブリッヂレイカーにとっては、さながら悪魔の黒いじゅうたんが広がっているかのようであった。
そして右手には、彼が治めるブリッヂレイカー領。
寝タバコの不始末で、タバコの先がじゅうたんに押し当てられ、じゅうたんに穴が開いてしまったかのようなオレンジ色の光が見える。
夜がさらにふけ、霧雨がなくなると、その光は燃え広がるようにさらに強くなった。
空を覆っていた雨雲は消え去り、月明かりがブリッヂレイカーを照らす。
「見よ……! ずっとこの地を覆っていた雨雲が、今になって晴れた……! 天も我らの聖戦を、応援してくださっている証拠だ……!」
彼は、月に向かって叫んだ。
「我らが天使、ダメルシアン様……! 見ていてください! ダメルシアン様にかわり、我らが悪魔を駆逐するところを……! あなた様がくださった力の源を、今こそ解き放ち……! 悪魔たちを覆い尽くしてみせましょうぞ!」
彼の背後にあるのは、もはや『ダム』などという卑俗なものではない。
悪魔に囚われた、天使の大いなる力であった。
水鏡のように月を映すそれを見やりながら、彼は続ける。
「悪魔たちは、ヘルロウなどという堕天使にすがり、矮小なる知恵と、小賢しい道具を持って、天使様に歯向かおうとしました! しかしそれは、水に映った月を手に入れようとするのと、同じくらい不様で、愚かな行為……! いくらあがいてみたところで、虚像を揺らがせているだけに過ぎないのです!」
両手を天使の翼のように、瞳孔を悪魔の翼のように、大きく広げるブリッヂレイカー。
「しかし、私は違う! 虚像ではない、本物の月の光を、こうして見上げている! 神々や天使様の威光を、こうして浴びている! この光の導きに従うことこそが、我ら人間に与えられた使命! 我ら人間に与えられた、最高の幸せ……! 私はその光に、誰よりも忠実であることを誓います! その証拠に、今から……!」
……天使様たちに、捧げてごらんにいれましょうっ……!!
このルシエロが未来永劫、永遠に栄えるための、贄として……!!
私の実の親を……っ!!
ブリッヂレイカーは、ついに最後の一線を踏み越えてしまった。
何度も自分の危機を救ってくれた、実の親を信じず……。
何度も自分を危機におとしいれた、天使を信じてしまったのだ……!
「さぁ、やれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
合図とともに、男たちが走る。
担いだ丸太を、次々と水門に向かって、投げ込んだっ……!
……ガコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
運命の断槌が振り下ろされたような、終わりを告げる轟音が……。
ルシエロの地に、おんおんと鳴り渡った。




