42 ルシエロの情勢
ヘルロウは、頭の中で思い描く。
見下げ果てた、天使の行動を。
――ダメルシアンは俺と同じ、創造神を目指す、見習い天使だった。
だがヤツの思想は、俺とは異なる。
出世のためだけにクラフトを行ない、それは虚飾に満ちている。
派手な見た目とパフォーマンスを得意としていたから、天国でのウケは良かった。
しかし中身が伴っていないから、後々にボロが出るんだ。
きっと今回の、ルシエロ領に橋を架けた一件も……。
そのへんの山で引っこ抜いてきたヤワモミの大木を、ユグドラシルかなんかだと偽っていたに違いない。
そしてボロが出たあとの、ヤツの行動パターンもわかってる。
それは、『破壊』……!
他のヤツのクラフトをブッ壊して、誤魔化そうとするんだ……!
それも、こっそりと……!
しかし今回が人間だから、コソコソやる必要はない。
だからこそ、『雨を降らす』なんて手に出たんだろうな。
雨が降ってルシエロに洪水が起こり、石橋が流れるようなことがあれば……。
俺のクラフトの弱さを知らしめることができるし、同時に天使の力も誇示できる。
だが、甘いなダメルシアン……!
天使が起こす程度の洪水くらいでは、俺の教えた石橋は崩れないんだよ……!
俺のクラフトをちゃんと受け継いだ、ブリッヂメイカーなら、なおのこと……!
そしてお前はまだ、知らないはずだ。
この事実を、俺が知ってしまったことにな……!
ひとり、ニヤリと笑うヘルロウ。
「あの……ヘルロウ様?」とブリッヂメイカーが声をかけた。
「ああ、ちょっと考え事をしてたんだ。それよりも、お前にこれから新しい『クラフト』を教える。それを地上に持って帰って、実践するんだ。そうすれば、ルシエロ領は助かる」
「ええっ、私は生き返ることができるのですか!?」
「おそらく、お前はまだ死ぬ予定じゃない。だからこそ、身体が透けてるんだ。エンマの所に行けば、生き返らせてもらえるだろう」
「そ、それは……! 願ってもないことですじゃ!」
「だからこれから教えることを、きっちり頭に叩き込むんだ。いいな?」
「は、はい! ああ……! ヘルロウ様にお会いできて、本当によかった……!」
「喜ぶのはまだ早い。今回のクラフトはかなり大変だぞ。それに人の生命もかかってるから、しっかり覚えるんだ!」
ヘルロウは当時のことを思い出しながら、そしてブリッヂメイカーに尋ねながら、現在のルシエロ領の見取り図を地面に書いた。
「まず、ルシエロは北側に『マホール山』があり、南側には大きな湖である『フロウト湖』があったよな」
「マホール山から5つの大きな川と、無数の小さな川が流れ出ており、それがフロウト湖まで繋がっているんだ」
「はい。そして現在ルシエロはふたつに分かれておりまして、北東側にワシが領主を務める地域がありまして、南西側に息子が領主を務める地域がありますじゃ」
「領地がふたつに分かれたこと以外は、俺がいた頃とほとんど同じようだな」
「はい、でも不思議なんですじゃ。ルシエロの本流である5本の川は、大雨でも等しく流れているというのに……なぜか川が氾濫するのはワシの領内だけで、息子の領地は何ともないんですじゃ。やっぱり天使様の力が……」
「それは違う。雨を降らせたのは天使の力だが、川が氾濫したのは自然の力だ」
「なぜ、そうハッキリと言い切れるのですか……?」
「この図を見てみろ。お前の領地は山のすぐそばにあり、川も急斜面になっている。水がそれだけ勢いよく落ちているんだ」
「逆にブリッヂレイカーのほうは、緩やかな傾斜の山があるから、水の落ちる速度もそれほど速くない。だから大雨になっても、氾濫することはないんだ」
「息子の領地が無事なのは、天使様のご加護があるものだと思っておりましたが、まさか違うと……?」
「ああ。神様クラスのヤツなら、5つある川を好きに選んで氾濫させることくらいはやってのけるだろう。だが天使にそんな芸当は無理だ。それに人間に興味のないダメルシアンは、そこまでの気遣いができるヤツじゃない。ブリッヂレイカーの領地が無事なのは、地形によるただの偶然だろうな」
「でも、ワシの領地の川が氾濫している事実は変わりませんですじゃ、やはりこれは、天使様のお力のせいですじゃ……!」
「なんでもかんでも天使のせいにして、そうビビるなって。天使風情が起こす災害程度なら、俺の『クラフト』があれば返り討ちにできる」
「て、天使様がなさっていることを、返り討ち……!? ほ、本当に、そんなことができるのですか……!?」
「ああ、むしろこれからの世界は、そうなっていかなくちゃならないんだ。お前たち人間は……まぁ、今は俺も人間だが、災害に対してあまりにも無知で無力すぎるからな」
ヘルロウは地獄のことも憂いていたが、それ以上に地上のことも気に掛けていた。
なぜならば、この世界においては、神や天使は空想の産物ではない。
空を見上げれば、飛行機雲のように目にできる、尊いながらも身近な存在である。
そして彼ら、神や天使たちの力によって、地上に陽の光や雨がもたらされている。
神や天使たちよって喜びや幸せが、邪神や悪魔たちによって悲しみや不幸が、それぞれ運ばれてくるのだと……。
おとぎ話や迷信などではなく、常日頃から物理的に思い知らされているのだ。
そのため、彼らは何事にも神にすがる。
雨が降らなければ雨乞いの儀式をし、地震があれば地鎮をする。
そう……!
相手は『自然』ではなく、『神』だと思っているのだ……!
これは、意識と行動の問題である。
もし目に見えない『自然』が相手ならば、人間は抗い、共存して利用するための創意工夫をするだろう。
たとえば地震が多い土地であれば、地震で倒れにくい家屋などが発展していたに違いない。
だが、相手が目に見える『神』だとわかると、人間は途端に思考停止してしまう。
彼らがもたらす力に、無条件で屈してしまい……。
「彼らの機嫌をとりなすこと」を最優先してしまうのだ……!
しかしこれを、人間の堕落というなかれ。
神や天使が目視できる世界においては、無理からぬ考えである。
なにせ落雷ひとつとっても、天を仰げば……。
天使たちが雲の上でキャッキャとはしゃぎながら、まるで子供がアリを追い回すように降らせているのだから……!
ヘルロウは、ずっと思っていたのだ。
人間は神の手によって創られた。
だがそんな彼らであっても、神のすることをすべて受け入れる必要はないと。
親の機嫌によって、甘やかされたり虐待される子供ほど、不憫で悲しいものはない。
親の影にすら怯え、顔色を伺って生きていくことほど、理不尽で窮屈なものはない。
子供にわずかばかりの勇気と力、そして知恵があれば……。
親のすることにも、『No』を突きつけることができる……。
そんな世界が来ることを信じ、ヘルロウは人間たちに『クラフト』を授けてきたのだ。
そして、ついにその端緒となるにふさわしい出来事がやってきたのだ。
人間風情が厚顔無恥にも、唯我独尊を貫いてきた天使に『No』を突きつける……。
この世界の法則を崩すような、大胆不敵な瞬間が……。
長き神々の歴史に、今まさに刻み込まれようとしていたのだ……!




