41 ダメ天使ふたたび
夕暮れの河原。
川沿いに長い影を伸ばしながら散歩をしていたヘルロウは、土手で膝を抱えて座り込む、小さな姿を見つけた。
「なにやってんだ? こんな所でひとりで」
「ううっ、ヘルロウ様……」
「なんだ、泣いてんのか? みんなとなにかあったのか?」
「うっ……ううっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
村おこしのために、とある川の多い土地に滞在しているヘルロウ。
発起人にはひとりの息子がいて、その少年に泣き付かれるのが日常となっていた。
ヘルロウは胸に飛び込んできた少年を受け止め、やさしく頭を撫でてやる。
そして落ち着くまで待ったあと、こう尋ねるのだ。
「落ち着いたか? それじゃ、なにがあったのか話してみろ」
「ううっ……ぐすっ。僕だけカブトムシもクワガタも捕まえられないから、ひっく、みんな遊んでくれないんだ……」
「なんだ、そんなことか。じゃあ、ついていこい。いいものをやるよ」
ヘルロウは少年とともに立ち上がると、土手を降り、川のそばに向かった。
おもむろに懐から、小さな空瓶を取り出す。
コルクの栓を抜いて、川の水を汲み上げた。
その様子を、少年は不思議そうに眺めていた。
「川の水を、どうするの……?」
「まあ見てろって、この魔法の粉を、ひとつまみ加えて、っと」
ヘルロウはさらに、ポケットから小瓶を取り出す。
瓶の中に入っていた白い粉を、水の入った瓶にサラサラと流し込んだ。
そしてコルクの栓をして口を閉じると、瓶を勢いよく上下に振ってシェイクする。
川の水はじゃばじゃばと音をたてて、白い粉を溶かし込んでいく。
「よしできた。この『魔法の水』を今から、虫がいそうな木に塗っておくんだ。手の届きやすい場所がいいな。そして明日の朝早くに、塗った場所に行ってみろ。カブトムシもクワガタも、たくさん捕まえられるはずだから」
「うそだ。こんな水なんかで、捕まえられるわけがないよ」
「まあそう言うなって、ダメ元でやってみろよ。そしてこの水で虫を捕まえたなら、ふたつの約束を守ってくれ」
「なに?」
「まず、捕まえたカブトムシやクワガタは、きちんと世話するんだ」
「うん、わかった」
「それと、カブトムシやクワガタをたくさん捕まえたなら、独り占めせずに、みんなにも平等に分けてあげるんだ」
「ええっ、そんな! みんなは僕に1匹もくれなかったんだよ!? それなのに……!」
「じゃあ、この水もナシだ。俺のクラフトは、ひとりだけがいい思いをするためにあるんじゃない。まあ、例外もあるが……。みんなを平等に、幸せにするためにあるんだ」
「みんなを平等に、幸せに……」
「そうだ。お前の父さんはなぜ、この地に村をつくろうとしているかわかるか?」
「みんなと一緒に暮らすためでしょう?」
「その通りだ。だからお前の父さんは、一緒になって働いてくれる人たちと、すべてを分け合っているだろう? 肉や魚や果物を、多くとっても独り占めせず、みんなで分け合っている。人を引っ張っていく者は、ついてきてくれるみんなを大切にしなくちゃならないんだ」
「みんなを、大切に……」
「集落の規模が大きくなってからは、多少の競争があったほうがいいかもしれないが、小さいうちに争っていては……っと、これはちょっと難しい話だな。ともかく、今はみんなが仲良くしなきゃいけない時なんだ。お前の父さんが、大人たちと仲良くしているのであれば、その息子であるお前は……」
「うん、わかった! 僕、子供たちみんなと仲良くする! たくさん虫を捕まえたら、みんなにも分けるよ! そしてみんなにも言うよ、ちゃんと世話をするように、って!」
「そうだ、偉いぞ!」
そして、次の日……。
ヘルロウは、子供たちの輪のなかで笑っている、少年を見た。
その時から、ヘルロウはほとんど変わっていない。
しかし少年は、大きく変わっていた。
「いや……ナリは逆転しちまったが、こんな風に泣きついてくるあたりは、ぜんぜん変わってないな」
ヘルロウはブリッヂメイカーに押し倒されそうになりながら、しわがれた後ろ頭を撫でていた。
そしてずっとそうしてきたかのように、かつての少年が落ち着くまで待ったあと……。
ヘルロウは、彼に向かってこう言ったのだ。
「話はだいたいわかった。お前の息子であるブリッヂレイカーのバックには、ダメルシアンの野郎がついてるな」
「そうなのですか? でもダメルシアン様との契約は、橋を架けた時点で終わったはずですじゃ。さらにお力をお貸しいただけるよう、すがったということですかな? でも今の息子には、天使様が満足されるような見返りなんて、とてもとても……!」
「いいや、ひとつだけあるのさ。『ダメルシアンの偉業を讃える祭り』がな。ブリッヂレイカーが落ちぶれてからは、その祭りも行なわれていないんだろう? それは出世のことをしか考えてないダメルシアンにとっては、許しがたいことなんだよ。ダメルシアンと腐れ縁だった、俺にはわかるんだ。お前の息子とのやりとりも、目に浮かぶようだぜ……!」
ヘルロウは天井を見上げながら、しみじみ瞳を閉じる。
するとすぐさま瞼の裏に、胸くそが悪くなるような顔が浮かんできた。
『ダメだよ、これ、どういうことなの?』
『ああっ、ダメルシアン様っ!? わざわざお越しくださり、ありがとうございます!』
『そんなことより答えてよ、最近、僕を讃える祭りをやってないじゃないか』
『それが、私の父……いいえ、ブリッヂメイカーなる輩が、ダメルシアン様に反旗を翻したのです! ダメルシアン様の架けてくださった橋をないがしろにし、なんと悪魔の石橋を領内に架けはじめたのです!』
『なんだって? ヘルロウの橋を?』
『はい! そのせいで、民衆も悪魔に取り込まれてしまい……祭りも行なわれなくなってしまいました! どうかダメルシアン様! ダメルシアン様の力をお貸しくださいませんか!? ダメルシアン様のお力を再びお見せできれば、民衆も目が覚め、私の元へと戻ってくることでしょう! そうなればダメルシアン様の偉大さは、ルシエロにおいて永遠のものとなります!』
『くっ……。僕の架けた橋より、ヘルロウの橋のほうが支持されるだなんて……。そんなこと、絶対にあっちゃならないんだ。よぉし、わかった。僕の力で奇跡を起こしてみせるから、キミはこのことを民衆に伝えて、支持を得るんだよ、いいね?』
『あ……ありがとうございます! ダメルシアン様! ダメルシアン様のご威光があれば、悪魔の黒い影などたちどころに消し飛んでしまうことでしょう!』




