40 再会
地獄に、またひとり新たな亡者がやって来た。
彼が、三途の川の渡しにふらりと現れた頃……。
ヘルロウはそこにある渡し橋をバージョンアップしているところだった。
ひとり石を積み上げ、欄干を創っていたところ……。
亡者は通りすがりにヘルロウの横顔を見て、ハッと息をもらした。
「へ、ヘルロウ様っ!? あなた様はもしかして、ヘルロウ様ではございませんかっ!?」
ヘルロウが振り返ると、そこには年老いた亡者が立っていた。
それだけであれば、今までここを訪れてきた多くの亡者と変わりないのだが……。
その老人は、うっすらと身体が透けていた。
ヘルロウはそのことも気になったのだが、それよりも相手に見覚えがなかったほうが気になった。
「ああ、俺はたしかにヘルロウだが……。どっかで会ったっけ?」
「わたくしでございます! ルシエロ領でお世話になりました、ブリッヂメイカーですじゃ!」
それでようやく、ヘルロウは思い出した。
「……ああ~っ! ブリッヂテンダーの息子かぁ! ちょっと見ない間に、大きくなったなぁ! っていうか、ジジイになったなぁ~!」
「ヘルロウ様にお会いしたのは、もう何十年も前ですので……! ヘルロウ様は、ぜんぜんお変わりありませんなぁ!」
「いちおうあの時は天使だったからな。いまはもう違うけど」
「ヘルロウ様が堕天したとは伺っておりましたが、まさかこのような場所でお会いできるとは、思いもよらなんだ……! いやあ、ありがたや、ありがたや……!」
「俺も会えて嬉しいよ。もっと若い姿で来てくれたらもっと嬉しかったんだが……まあいいや、俺の村に来いよ」
ちなみにではあるが、地上で死亡して、亡者となった者の姿は、その者の想いによって変わる。
生前、想い残すことが強かった年代の姿になるので、若返った姿になる者もいるのだ。
死んだときのままの姿で亡者となる者は、生前に未練のない者か、または死ぬ間際に大きな未練を残した者である。
ヘルロウは、ブリッヂメイカーはなんとなく後者だと思った。
なぜならば、彼の身体が透けていたからだ。
「身体が透けているのは、まだ死亡が確定してない亡者なんだ。ようは、フライングしてこっちに来ちまったヤツのことだな。ということはブリッヂメイカー、お前は地上で不慮の事故にあったんじゃないか?」
ヘルロウ村にあるヘルロウ宅に招き入れ、話を聞くことにしたヘルロウ。
ブリッヂメイカーは奇跡の占い師に言い当てれらたみたいに、顔のシワが伸びてなくなるくらいにあんぐりと驚いた。
「はい、ヘルロウ様……! ヘルロウ様はやっぱり天使様じゃ……! なんでもお見通しだなんて……!」
「お見通しというか、推理みたいなもんだよ。まぁ、ココは地上と違って時間もタップリあるし、なにがあったのか話してみろよ」
ブリッヂメイカーは、ルシエロ領で起こったことの一部始終を、ヘルロウに告白した。
年老いたので、息子であるブリッヂレイカーに、領主の座を譲ったこと。
ブリッヂレイカーがヘルロウの石橋をすべて壊し、ダメルシアンに頼ったこと。
ダメルシアンのトンデモ橋のこと。
そのトンデモ橋によって、白アリが大量発生し、ルシエロ領は絶滅しかけたこと。
そして……殺虫剤を創ったこと。
「ふうん、俺の教えた殺虫剤があれば、白アリなんてイチコロだろ」
「はい、そうなのですが、ワシはそれを、息子のブリッヂレイカーに託そうとしたのですじゃ。息子がこうなってしまったのも、親であるワシの責任……。それに、息子を助けたい思いもありました。しかし、ブリッヂレイカーは……」
殺虫剤の瓶を、叩きつけて割ってしまったのです……!
……パリンッ!!
息子は、ワシに向かってこう言いました。
「悪魔が創った薬なんて使えるかっ! 父上……! いいや、ブリッヂメイカー! 悪魔の創った薬で、生き物を駆除しようなどと考えるとは、貴様は心まで悪魔に売り渡してしまったようだなっ!! 見ていろよ、俺は俺のやり方で、このルシエロを復興させてみせる! 貴様らが悪魔の力を借りて白アリを一掃するように、俺は天使様の力をお借りして、お前たち悪魔をこの地から一掃してやるんだっ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
そして息子は逃げだし、行方知れずとなりました。
ワシは仕方なく、殺虫剤を使って白アリを駆除しました。
ヘルロウ様から教えていただいた殺虫剤は効果抜群で……領内からはすぐに白アリの姿がなくなりました。
ワシが白アリを退治したことで、分かれていた者たちもワシを頼りにするようになって……。
ルシエロはまた、ワシが領主を続けることになったんです。
でもワシの頭の中にはずっと、息子のことが残っておりました。
いつか帰ってきくれることを信じて、ずっと……。
すると最近になって、息子はみんなの前に姿を現したのです。
物乞いのように痩せこけ、ボロボロの格好をして、悪魔に魂を売り渡したような、恐ろしい目をしていて……。
ワシや領民に向かって、こう言ったのです。
「ここは、悪魔に支配された呪われた地! 今から天使様の力で、この不浄を洗い流してくれようぞ! しかし、今なら許しを与えよう! 悔い改めた者は私の新領地に来るのだ! 審判の時は近い! ワッハッハッハッハッハッハッ!」
息子はなんと、かつてワシを山奥に追いやったように……。
ずっと湖のそばの僻地で暮らしていたようです。
そして、それからです……。
ルシエロの地に、大雨が降りそそぎはじめたのは……。
ヘルロウ様もご存じのとおり、ルシエロは雨がほとんど降らない土地です。
それなのに息子の宣言以降、雨の降らない日のほうが珍しくなってしまって……。
「……それで、川が今まで以上に氾濫するようになっちまったんだな」
「はい。それでもヘルロウ様のお教えくださった石橋は無事でした。でも、家屋は流れてしまい……。一部の領民のなかには、ブリッヂレイカーを信ずる者たちも出てくるようになりました。しかも、川が氾濫するのはワシらの土地だけで、ブリッヂレイカーのいる土地は川が氾濫しませんでした。本当に、天使様の力を借りているようだったのですじゃ」
「立場が逆転しちまった、ってワケだな」
「はい。それでとうとうルシエロ領は、ワシとブリッヂレイカーとで二分されてしまったのです。ワシはブリッヂレイカーを説得するために、大雨のなか、ブリッヂレイカーの新領地に向かったのですが……」
「その途中で、死んじまったってワケか」
「はい……。川の氾濫によって押し流されてきた流木にぶつかり……。気がついたら、ここに……! ワシは先行き短い老人ですじゃ。でも……残された者を不幸にして、先立つわけには……! うっ……ううっ……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
話し終えたブリッヂメイカーはヘルロウにすがると、子供のように泣きじゃくりはじめた。




