42 ヒーローvsトイレ
ヒコスターは翼のように両手を拡げると、大地に向かって急降下をはじめる。
それは獲物に襲いかかる大鷲のような迫力があったが、その先にあったのは……。
「死ねっ……! ヘルロゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーッ!!」
いやいや、彼が挑みかかっていったのは、断じてヘルロウなどではない。
ただの、トイレっ……!
……グワシィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーンッ!!
その土手っ腹に飛び込みパンチを炸裂させたあと、さらなる鉄槌を振らせる。
……ガスッ! ガシッ! ゴンッ! ドスッ!
それは、さながら鉄球クレーンで城を解体しているような光景。
いや、スケール感からいって……。
正義のヒーローが、なぜか人間の建物に襲いかかっているかのようであった。
しかしもはや民衆にとって、彼は正義のヒーローなどではなかった。
むしろ、ヒーローの皮をかぶった、怪獣……!
まず叫んだのは、ケージバードであった。
「ピヨーーーッ!! やめるピヨっ! ヒコスター! ヘルロウが創ったそのお城は、ゼウス城にそっくりなんだよ!? 倒れたゼウス城を復元する資料になるわっ!」
民衆たちも口々に賛同する。
「そうだ! やめろっ! ヒコスター! お前が城を倒した以上、お前が復元の責任を取らされるんだぞっ!」
「ヘルロウのトイレはここから見てもゼウス城にソックリだ! 倒してしまったら、貴重な立体資料がなくなるっ!」
「やめろっ! やめろっ! やめろっ!」
そしておこる、「やめろ」コール。
それはいつしか、ヒコスターの「ヒーローやめろ」コールに変わっていく。
それで彼も少しは反省するかと思ったのだが……。
「貴様らっ、ここまでされて、まだわからないのかっ!? これがヤツの狙いなのダッ! ヤツはゼウス城を倒し、かわりにトイレを作った……! そこに込められているのは、お前なんかトイレでじゅうぶんだという、邪悪なメッセージなのダッ!」
「「「「「そんなわけあるかーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
「コイツ、まだ自分のしたことを認めやがらねぇぞ!」
「これだけ目撃者がいるってのに、まだヘルロウのせいにするだなんて……!」
「最低だっ! 最低だぁーーーーーっ!!」
もはや民衆は完全にヘルロウの味方になってしまった。
通常ではありえない話であるが、これも『情操教育』の賜物である。
飛び交う罵声のなかに、ひとり佇むヒコスター。
ここまで罵声を浴びれば、さすがに彼も、少しは自省するかに思われたが……。
「くっ……! とうとう、心まであの悪魔に染まってしまったのか……! きっとこのトイレが放つ邪悪なフレグランスが原因なのダッ! 一刻も早く取り壊してしまわなくては!」
「「「「「だから、やめろぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」」」」
しかし民衆の心配は、杞憂であった。
なぜならば、正義のヒーローに殴る蹴るされても、びくともしなかったのだ。
……かつて、ヘルロウが賽の河原で、巨大な供養塔を創り上げたのを覚えているだろうか。
あの供養塔は、有象無象の鬼たちのリンチを受けても、決して崩れることはなかった。
そう。
このトイレには、そのときの技術が応用されている。
しかしてその、正式名称は……!
【ヘル・トイレ】 建物レベル:HELL
ヘル・クラフトによって創られたトイレ。
利用者はもちろんのこと、見る者すらスッキリさせるという。
「ぬぐわぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? 壊れん! ワシの正義の鉄槌を受けてもなお、不動とはっ!?」
拳を腫らし、スネを真っ赤にしながらもなお、格闘を続けるヒコスター。
相手が本物の悪なのであれば、その光景は勇気と感動に満ちあふれていたのだろうが……。
しかし、トイレっ……!
とうとう奇声をあげ、半狂乱になって、メチャクチャにパンチを繰り出しはじめる。
「ぐわあああっ!! きえぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!! ごろぐぎゃぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
それが、決定打となった。
……想像してみてほしい。
全身タイツの大男が、奇声をあげながらグルグルパンチでトイレを殴っている姿を……。
民衆から、こんな溜息が漏れても、無理はなかろう。
「か、かっこ悪ぃ……!」
「なんであの変態、トイレにあんなにムキになってんの?」
「しかもぜんぜん壊せてねぇぞ……!」
「正義のヒーローを名乗ってるクセに、トイレひとつ壊せないだなんて……」
「よく見たらあのタイツ、超キモくね?」
「うん、私も思った! なんであんな変態みたいなのが神様なんだろう!?」
「俺、なんであんなのに憧れてたんだろう!?」
「見て! あの変態、血まで出してる!」
とうとう拳に血が混じりはじめる。
ズキリとした痛みを感じ、拳を押えて蹲るヒコスター。
「うっ……! うううっ……! い、痛いっ……!? な、なぜだっ!? なぜなのダッ……!? い、いままで鋼鉄すら突き破ってきた、ワシの正義の拳が……!?」
理由は明白であった。
彼は本来、『ヘル・トイレ』ですら一撃で破壊するだけのパワーを持ち合わせていた。
しかし『神築』イベントの最中、民衆たちの彼への信心は、どんどん失われていき……。
リアルタイムで、パワーダウンしてしまったのだ……!
この会場内で、彼を敬う者はひとりもいない。
それどころか、誹謗、侮蔑、嘲笑……!
本来はヘルロウに向けられるはずの感情を、一身に浴びるハメに……!
もはや今の彼は、公園のトイレに八つ当たりして自爆していく、ホームレスの酔っ払い同然の立場でしかなかった。
それはもはや、これ以上落ちぶれようがないほどに、哀れな姿であったが……。
民衆の心に生まれたのは、憐憫の心などではなかった。
なぜならば、彼らは今日この場に、なにをしに来ているかというと……。
『ガス抜き』っ……!
ならば、このような感情を抱いたとして、不思議ではなかろう。
「なぁ……今のアイツだったら、俺らでも勝てそうじゃね?」
そう……!
ホームレス狩りという新たな趣味を見いだした、若者たちのような……!
無軌道なる、情念をっ……!
「そうだよなぁ……! いまのアイツだったら、ワンパンで楽勝だぜ……!」
「あんなキモい全身タイツ、変態として制裁されるべきだわ!」
「っていうか俺、アイツに何度も殴られたことあんだよな……!」
ゆらりと近づいていく、若者たち。
ヒコスターは蹲っていたせいで、その気配に気付くことはなかった。
カラン……!
しばらくして、甲高い金属音に、ハッと顔をあげると……。
そこには、瓦礫から取ったのであろう、鉄パイプを手に手に、ニヤニヤと佇む……。
悪魔のような、天使たちが……。
彼を、完全に包囲していたのだ……!




