40 天使は舞い降りた
土煙舞う、天国に舞い降りたのは……。
悪魔という名の、天使……!
「あ……あれは、ヘルロウ?」と誰かが言った。
そんな、まだ信じられないようなつぶやきが、あちこちで起こる。
無理もない。
ヘルロウはすでに『堕天』しているのだ。
堕天した天使というのは、天使としての能力を奪われ、地獄に追放される。
もちろん天使の翼も奪われるので、飛んで戻ることなどできない。
地獄の者たちは天使に虐げられていたので、堕天した天使を決して許さない。
見つけるなり亡者以上の責苦を与えて、なぶり殺しにするのだ。
そのため天国においては、ヘルロウはもはや生きていない者として扱われていた。
天国に厄災をもたらすために忍び込んだ悪魔として、忌み嫌われる象徴となっていたのだが……。
しかし、今ここにいる人物は、シルエットではあるものの……。
まぎれもなく、かつての『天使ヘルロウ』であった……!
「へ……ヘルロウ君……生きて、たんだ……!」
「へ……ヘルロウ!? マジ、ヘルロウ!?」
フローズとフレイルは、いっしょになって客席を飛び出し、ヘルロウの元へと向かおうとする。
「へ、ヘルロウ君! ヘルロウ君だぁ!」
ドロエもまっさきに飛び出していたが、後から来た賽の河原の子供たちに抜かれていた。
「ぴ……ピヨヨッ!? ヘルロウっ! 久しぶりぃぃぃっ! 会いたかったピヨーーーーッ!!」
輿の窓から半身を乗り出し、トコロテンのように外に出そうとするケージバード。
慎ましいイメージのある彼女とは思えない、なりふりかまわぬ所業であった。
ちなみに本来であればガンテツも、矢も楯もたまらずトイレから飛び出していたのだろうが……。
トイレの中でひとあし早く、憧れの天使と再会した彼女は、幸せに失神していた。
ヘルロウは待ったをかけるように手をかざす。
「来るなっ!!」
すると、少女たちの動きがピタリと止まった。
それだけで見捨てられたような表情になる彼女たちに向かって、ヘルロウは語りかけた。
「ケージバード、その輿から出るんじゃない。出たら、あの変態にかっ攫われるぞ。そこまでで、我慢してくれるか?」
「そ、そんなの嫌っ! だってヘルロウ、ずっとピヨの所に来てくれなかったよね!? どうして、どうしてなの!?」
「ちょっと引っ越しちまったんだよ。本当はここに来るのも御法度なんだ。でも、もうちょっとだけ我慢しててくれるか? 俺がいつか、お前をその檻から出してやるから」
「ぴ、ピヨヨッ!? ピヨはべつに、この檻から出なくても平気っ! 辛いのは、ヘルロウが来てくれないことだよ! ヘルロウの身になにかあったのであれば、ピヨのところに来て! ピヨがヘルロウを、ずっと守ってあげるから!」
「そういえば、お前は部屋にいるのは平気なんだったな」
一介の天使が、いや、すでに天使ですらない者が、女神を『お前』呼ばわりするのは許されることではない。
しかし呼ばれたケージバードのほうは、感激にうち震えていた。
「ぴ、ピヨのことを、おっ、お前だなんて……! まっ、まるで、奥さんみたいピヨっ! わ、わかったわ、あなた! ピヨ、いつまでもあなたのこと、待ってるピヨっ!」
ヘルロウは次に、フローズとフレイルを見た。
「長いこと見てない間、ふたりとも、だいぶ変わったな……。実を言うと、俺はお前たちが不仲だったのが、ずっと気になってたんだ」
「私と、フレイルさんが……?」「あーしと、フローズが……?」
「ああ。お前たちふたりは、クラスの女子のリーダーだろ? 明るくてみんなのムードメーカーのフレイルと、冷静で落ち着いた判断のできるフローズ……。ふたりが仲良くなれば、クラスの雰囲気はもっと良くなると思ってたんだ」
「そんなことない! 私、やっとわかったの! クラスの雰囲気が良かったのは、ヘルロウ君がいたからだ、って……!」
「これマジだかんね! あーしとフローズ、マジでヘルロウがいないとダメみたい! だから戻ってきて! お願いっ! ヘルロウっ!」
「そうか。でもお前たちも知ってのとおり、俺は戻るわけにはいかないんだ。でも、待っててくれるか? 俺を必要としてくれるなら、俺はお前たちの元に戻る。いつになるかはわからんし、どんな形になるかはわからんが……。必ず、な……!」
「わ、わかった! ヘルロウ君! ヘルロウ君が戻ってくる日まで、私、フレイルさんといっしょにクラスを守ってみせる!」
「トーゼンっしょ!? ヘルロウが戻ってくる場所は絶対に、あーしとフローズのクラスなんだから! 席を空けて、待ってるから! 絶対だよっ!」
ヘルロウは最後に、ドロエを見た。
「ドロエ、憧れの天国の居心地はどうだ? ちょっと堅苦しい所かもしれんけど、地獄よりはマシだろう」
「ううっ、へる、へるろぉくぅん……! ひっく! うえええん!」
ドロエはヘルロウと再会できた感激のあまり、えぐえぐと泣いて、あうあうと言葉にならない嗚咽を漏らすばかり。
ヘルロウは、ふっと笑んだ。
「ドロエ、泣くんじゃない。俺はもうすぐいなくなるけど、俺はずっとお前のことを見ている。だから、がんばれ……!」
ヘルロウが少女にかけた言葉の、終わりに被せるかのように、
……ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
ヘルロウのシルエットの背後で、噴火するように瓦礫が噴き上がった。
汚れた怪鳥のような巨影が、粉塵に染まる天に舞い上がる。
「イエスっ!! ワシはいまここに復活!! ヘルロウという名の悪に、鉄槌を下すため、地獄の底から蘇ってきたのダッ!! 残念だったなヘルロウ! この程度の攻撃で、このワシを倒せると思ったら、大間違いなのダァーーーーーーーーーッ!! ダァーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァーーーーーーーーーーーッ!!」
大空で仁王立ちのポーズで高笑いしていたのは……。
全身タイツのおかげで、鍛え上げられた逆三角形の身体を、ピッチリと浮かび上がらせている……。
正義のヒーロー、その神人であった……!




