38 立派なトイレ
地獄軍が創りあげたトイレが、ついにお披露目となった。
それは、当初は誰からも期待されていないモノであった。
それ以前に、完成すらしないであろうと思われていたモノである。
しかし、竣工してしまった……!
そして、何万といる天使たちの目の前で、今まさに、落成……!
天国における『ものづくり対決』で、亡者側の作業が完成にまで至ったのは、初めてのことである。
しかしそれでも、観客たちは期待していた。
できあがったモノは、きっと見るに堪えないほど酷いモノであるだろうと、誰もが思っていた。
しかし、実際に彼らが目にしたものは……。
想像とは、真逆……!
立派なトイレ……!
それが、どれほど立派だったのかというと……。
亡者の創るトイレなんて、きっとロクでもないモノだから、さっそく石をぶつけてやろうと待ち構えていた、客席の天使たちが……。
みな、手にしていた石を、ポロリと落としてしまうほどに……!
いや、ただ『立派』だというだけなら、ここまでのリアクションにはならないだろう。
加えて言うなら、それはある意味『見るに堪えないモノ』であった。
特に、デザインが……!
デザインがありえないほどに、『立派すぎた』のだ……!
なんと……なんとなんと、なんとっ……!
ゼウス城っ……!?
目の前にそびえる、ゼウスの第一居住城を、そっくりそのまま縮めたような……。
ミニチュアサイズの、トイレだったのだ……!!
突如現れた『もうひとつのゼウス城』。
それを目の当たりにした観客たちは、まるで一夜にして、城が現れた敵兵のように……。
ただただ、立ち尽くすばかり。
その沈黙を破ったのは、この場の支配者であったはずの、神の怒声であった。
『ぬっ……! ぬぐぐぐぐぐぅぅぅ~っ!! よ、よりにもよって、ゼウス様の居城と同じ見目のトイレを作るなど……! 無礼千万にも、ほどがあるのダッ! そんなトイレを認めるわけにはいかんっ! いいや、ワシどころか、きっとゼウス様もお怒りになっておられるはずだ! すぐに、裁きの雷が落ちるであろう! そしてトイレもろとも、貴様らを灰燼に変えるのダッ!!』
櫓の上で、本物のゼウス城をバックに、仁王立ちになっているヒコスター。
彼の言葉に呼応するかのように、
……ピシャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!
鋭い裂音が轟いた。
ヒコスターは勝ち誇ったように叫ぶ。
『亡者どもよ! 聞いたか!? この神々しく、雄々しい玉音を! さっそくゼウス様が、裁きの雷を降らせたに違いないっ! これは貴様らの罪深さを思い知らせるための、最初の一喝! 次の一喝で、貴様らはそのふざけたトイレとともに、跡形もなく……』
「あっ……あああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
観客たちが急に騒ぎ出した。
ヒコスターに向かって「後ろ、後ろ!」と指さしている。
まるで、悪人が後ろから殴りかかってきているかのようなリアクション。
ヒコスターは、何事かと振り返ってみると……。
……ズガァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?
頭を鈍器でブン殴られたような衝撃に襲われる。
『なっ……なななな……なんで、なんでなんで、なんでっ!?』
彼が目を奪われていたものは、ゼウス城の城壁であった。
地上軍の人間たちが積み上げた石が……。
足組みを外したばかりだというのに……。
この天国において、悪魔の石が、取り払われたばかりだというのに……。
新たに積まれた石が、栄えある歴史を刻むのは、これからだというのに……。
なんと……走っていたのだ……!
城壁のてっぺんから、地面まで……!
裁きの雷が下ったかのような、ヒビ割れがっ……!
『なぜダッ!? なぜなのダッ!? ヘルロウの石よりもずっと高級な石を使い、100人もの人間が、神より授かった魔法を用いて積み上げた城壁が、なぜっ……!?』
青ざめるヒコスター。
夢なら覚めてくれと、心の底から願った。
しかしこの『悪夢』のような光景は、現実であった。
そして、まだ始まったばかりだったのだ……!
……ビキビキビキビキビキイッ……!
なんと、人間たちが積み上げた石に入ったヒビ割れが……。
伝播するように、他の石にも走りはじめたのだ……!
まるで、ガラスが割れゆくまでを、スローモーションで再生しているかのように……!
誰かが叫んだ。
「あ、危ないっ! あのままじゃ、城は崩れるぞっ! しかもこっちの広場側に倒れてくるはずだっ! みんな逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
その一言で、会場は一瞬にしてパニックに陥る。
震撼する場内のアオリを受けるように、ゼウス城はさらに揺れ動く。
「ノーッ! させるかっ! ヘルロウの悪の野望を、このワシが食い止めるっ! みなの者、見ているのだ! とーうっ!!」
ヒコスターは、自分が指揮したはずの石積みが原因で倒壊を招いたというのに、ヘルロウのせいにする気マンマンだった。
彼は櫓の上から、ゼウス城に向かって挑みかかる。
しかしいくら正義のヒーローとはいえ、アリが象に向かっていくような体格差は絶望的であった。
観客は悲鳴とともに逃げ惑う。
彼らは猿に避難訓練をさせているかのような秩序のなさで、我先に逃げようとして、もつれあっていた。
その中で、冷静に行動していたのは……。
「神様、天使様! 慌てる必要はござらん! 城と客席は離れているでござる! たとえ城が倒れてきても、客席には被害は及ばないでござる!」
「ステージ付近の方々だけ、避難するどすえ! いちばん安全なのは、亡者たちが作ったトイレの中どす! さぁ、早くっ!」
ふたりの鬼たちに促され、まず亡者たちが、自分たちの創ったトイレの中に逃げ込んだ。
「オヤジっ! 俺たちも、あのトイレのなかに……!」
ガンテツは父であるハゲ社長を探したが、彼はキンメダールとともに、娘をおいて真っ先にあさっての方向に逃げだしていた。
「ああっ、オヤジっ!?」
呼び止めるガンテツの身体を、アローガがひょいとさらう。
「もう間に合わないどすえ! さぁ早く、うちと一緒に!」
「そ……そんなっ!? オヤジっ! オヤジぃぃぃぃぃぃーーーーーーーっ!」
大いなる影が、場内を覆う。
鬼の美女と人間の少女が、倒れ込むようにして、ゼウス城を模したトイレに飛び込んだのと……。
本物のゼウス城が倒れ掛かってきたのは、ほぼ同時であった。




