37 完成
ゼウスが、神としての下積み時代を過ごしているときに、初めて建てたといわれる『第一居住城』。
そこにはいままで、ひときわ異彩を放つ石垣があった。
それは言うまでもなく、ヘルロウの石垣。
周囲の天使たちが贅を尽くした石を積み上げるなかで、彼だけは唯一、いわれのない石を積み上げていた。
そしてできあがった城は、奇妙な石垣を持つに至る。
さながら、贅を尽くした入れ歯のなかで、唯一、健常な歯が残っているかのような……。
質素ではありながらも、まるでその城が最初から持っていたかのような……。
そこだけが血が通っているような、不思議な光景であった。
しかしその歴史も、いよいよ終わりを告げようとしていた。
ついに全てのヘルロウの石が、引き抜かれ……。
すべてがインプラントに、すべてが絢爛豪華に……。
生まれ変わろうとしていたのだ……!
地上軍の人間たちに埋め込まれた石は、それまであった他の石と引けを取らないほどの価値があり、存在感を誇っていた。
『キンキラキーンッ! ついに悪魔の石はすべて取り除かれ……! すべてはキレイな石になったキーン! しかもこれを成し遂げたのは、ただの人間だキン! ということは、かつてあった石を積み上げてきた悪魔は、人間以下ということになるんだキン! ヘルロウはダメ天使どころか、まさに糞メダルに相応しいダメ悪魔だったキンっ!』
どっ! と客席から大爆笑が起こり、石垣輝くゼウス城の広場を、さらに賑やかにした。
誰もが、あの少年のことを嘲っていた。
誰もが、あの正義の味方に心を奪われていた。
あの頑なだった、引きこもりの創造神ですら、ついに……。
「こ……こん、な、素敵な石垣を、お作りになられるだなんて……ひ……ヒコスター、様っ……!」
ふらふらと立ち上がるケージバード、その瞳には、全身タイツの男しか映っていない。
視線に気付いたヒコスターは、大鷲のように両手を拡げ、迎え入れるように叫んだ。
「あぁ……我が愛しの、ケージバードよ……! ようやく、真実の愛に気付いてくれたのか……! 邪悪なヘルロウの呪縛から、ようやく逃れることができたようだね! さぁ……! その悪魔の檻から飛び出して、飛び込んでおいで! このワシの胸のなかに……!」
ヒコスターは、小刻みにプルプルと大胸筋を震わせていた。
これは彼の得意とする求愛行動のひとつで、コレをやられた異性は目の色を変えて飛び込んでいくのだが……。
「キモっ!?」
ケージバードはとっさに、目を反らしていた。
そして、頭を抱える。
「ピヨョ……な、なぜ……? あんな素敵な殿方を、どうして……? どうしてキモいだなんて思っちゃったの……?」
ケージバードは、ヒコスターの求愛行動に、生理的嫌悪を覚えていた。
いくら『情操教育』であやまちの感情を植え付けられているとはいえ、それが頭をもたげてしまったのだ。
「ううっ……! だめ……! あんなに素敵な殿方を嫌うだなんて、どうかしてる……! ヒコスター様に比べて、ヘルロウはどうしようもないダメ天使じゃない! なのになんで、こんなにヘルロウのことが頭から離れないの……!?」
ケージバードの苦悩を察したヒコスターは、心の中で舌打ちする。
――チッ!
これほど大規模な『情操教育』だというのに、まだ染まらないとは……!
しかし、あと一歩なのは間違いない!
あと少し、ヘルロウのヤツを貶めてやれば、落ちるっ……!
なにかヘルロウサゲの材料がないか探したヒコスターは、木組みに覆われた地獄軍のトイレに目を付けた。
『我が愛しのケージバードよっ! 亡者たちが手がけているトイレを見るのダッ! 聞くところによると、亡者たちはヘルロウの石積みを再現して、トイレを作っているそうではないか! いわばこれは、ヘルロウが作ったトイレといっても過言ではない……! それがいかに貧相なのか、その目でとくと見るがいいのダッ!』
件のトイレは最終工程に入っていて、壁のような足場に覆われていて、どんなものができあがっているかは定かではなかった。
しかしいずれにせよ、たった20人の亡者が作ったトイレなど、たかが知れている。
仮に、たとえどんなに立派に出来ていたとしても、黄金の城壁を越えるトイレなど、存在しようはずもない。
今回のことに、たとえ創造神が関与していたとしても、だ。
ならばあとは、難癖をつけて、こきおろしてやるだけ……!
そうすれば、ケージバードのなかにわずかに残っていたヘルロウへの思いは、あっさりと崩れ去るだろう。
あとに残るのは、名実ともに悪魔として、神話に汚名を残すこととなった、ヘルロウと……。
彼の手によって、一時は引き剥がされていたものの、その困難を乗り越えてようやくひとつになった、幸せなカップルによる、愛の神話……!
『さあっ! ふたつの神話が、いま始まるのダッ! 地上軍と、地獄軍……両軍同時に、足場を取り払おうではないか! 我らが正義の使徒よ、準備はいいかっ!? そして、邪悪なるヘルロウの手先となった亡者たちよ! 貴様らも、覚悟はいいかっ!?』
ヒコスターに言われ、地上軍の作業員たちは、わたわたと足場の解体にかかる。
しかし、亡者たちは動かない。
黒いローブのフードを深く被ったまま、微動だにしなかった。
『どうした、臆したのかっ!? 貴様たちの悪あがきの集大成である、悪のモニュメントを、見せてみるがいい! 貴様らともども、このワシが葬り去ってくれるのダッ!』
亡者たちは、動かないわけではなかった。
もう、その必要すらなかったのだ。
地獄軍の足組みは、ヒコスターの挑発に呼応するかのように、
……ゆらり。
と揺れた。
そして次の瞬間、まるで手品のような鮮やかさで、
……ガラガラガラッ!
跡形もなく崩れ去った。
これは以前、地上軍がやらかした足場の崩壊とはことなり、事故ではない。
完全に、お披露目のための演出……!
そして、世界は沈黙に包まれる、
まるで、悪魔が舞い降りたかのように……!
「えっ……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
驚天動地が、天の果てから天を突き上げていく。
そこにあった『トイレ』は……。
見る者すべての頬をブッ叩き……。
正気に戻すだけの破壊力を持った……。
とんでもない、モノだったのだ……!
このお話とはあまり関係ないのですが、ペンネームを変更いたしました。
新しいペンネームは、佐藤謙羊です。




