36 石の声
『神築』イベントは、100名の人間による地上軍と、20名の亡者たちによる地獄軍の戦いとなった。
亡者たちは栄養のおかげで力を得ているとはいえ、人間に比べればまだまだである。
そもそも基礎体力が違うというのに、ここにきて5倍もの戦力差……!
100名がかりともなれば、一端メチャクチャになった地上軍の足場も、あっという間に修復される。
どれだけ亡者たちが『ヘルロウイズム』を受け継いでいるとはいえ、このままでは……。
追い上げ、追い越されてしまうのは、時間の問題……!
しかし、亡者たちは慌てる様子はなかった。
彼らは脇目もふらず、マイペースに、手を早めることも、抜くこともせず……。
長い階段を一歩一歩踏みしめて登るように、確実に……。
石を積み上げていたのだ……!
そしてこれこそが、『ヘルロウイズム』であった。
亡者たちは頭のなかで、ヘルロウの言葉を反芻していた。
「クラフトってのは速さを競うもんじゃない。完成までの時間が短ければ、それだけより多くのクラフトができるというメリットがあるが……ただそれは、品質がちゃんと維持できている場合の話だ。それが保てないような速度というのは、なんの意味もない。お前たちはだいぶ石積みがわかってきたとはいえ、それに驕って早く完成させようなんて思うな。お前たちは俺が教えたことを、いつものペースでこなすだけでいいんだ。まわりになんと言われようとも、着実に、しっかりとな」
石造りの家を創るように、正方形の土台から、外壁となり石が積み上げられていく。
その手順を目の当たりにしたふたりの少女は、同時に叫んでいた。
「「あ……あの、傾斜を付けた石の積み方……! 『ヘルロック』……!?」」
「や……やっぱりだ! 亡者たちは、ヘルロウの石積みのやり方を真似してるんだ! いや、あれは真似どころか、ヘルロウそのもの……! 地上からは忘れられようとしている技術が、地獄にはあるんだ……!」
「ピヨっ!? 『ヘルロック』がまさか地獄にまで広まっているだなんて……! さすがはヘルロウ!」
ヘルロウが堕天したことを知っているガンテツは驚き、ヘルロウが堕天したことをまだ知らないケージバードは喜ぶ。
しかし女神の驚きは、強制中断させられることとなる。
ゼウス城の石垣に這う、歯列矯正のブリッヂのような、金属の足場……。
その最上段に位置する、真っ黒に塗られた虫歯のような石が、ついに……。
引き抜かれてしまったのだ……!
それは、不思議な光景であった。
『ヘルロック』の石積み技法によって、新たな建物が生まれようとしているのに……。
そのすぐ近くでは、『ヘルロック』の石積み技法は否定され、取り除かれようとしている……!
ケージバードは輿のなかで、檻の中の小鳥のように叫んだ。
「ピヨっ!? ダメっ! ヘルロウの積んだ石を抜くなんて、ダメェェェェェ!!」
しかしその懇願は届くことはない。
引き抜かれた石は、それまでずっとゼウス城を支えてきたというのに、労れることなく……。
そのまま高所の足場から、ゴミのように捨てられてしまった……!
ステージ上のキンメダールは、この時の状況を、小躍りしながら実況していた。
『キンキラキーンッ! いままさに、悪魔ヘルロウの石が……最初のハナクソが、捨てられたんだキンっ! ひゅぅぅぅぅぅ~ん! どっかぁ~~~~~んっ! ヘルロウの野望が、ひとつ潰えたキン! そしてもうひとつ、ひゅぅぅぅぅぅ~ん! ……ああっ!?』
ふたつめに捨てられた石は、下でもたもたしていた作業員の頭に激突、マンガのようなリアクションでブッ倒れていた。
観客たちはその作業員を気遣うことなく、むしろブーイングを飛ばす。
「おい、なにやってんだよっ!」
「せっかくいい所だったのに、邪魔すんじゃねぇよっ!」
「あれ? アイツ、どっかで見たことあるヤツじゃね?」
頭から血をダラダラ流し、目をグルグル回し、口から泡をブクブク吹いている、その作業員。
最初に気付いたのは、フローズであった。
「あ……。あの人、同じクラスだった、天使……」
しかし秀才のフローズすら名前を覚えていなかったので、誰も彼の名前を覚えていなかった。
「そういえば、うちのクラスにあんなヤツがもいたような……レインコション、知ってる?」
「まったく記憶にないしょん」
そんなどうでもいい天使モドキよりも、観客席は彼の上に石が降り注ぐたびに、どっと快哉に沸いていた。
「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど……」
「このペースでいけば、城壁はすぐにでもきれいになるな!」
「いいぞっ! その調子だ! このままヘルロウの石を、ぜんぶブッ壊しちまえ!」
「もう負けはなくなった! 一気にいけーっ!」
石は次々と取り除かれ、すきっ歯のような空間ができあがっていく。
石を抜いても崩れることはないのは、足場から支えとなる支柱をはめ込んでいっているからだ。
一定の空間ができあがったところで、そこに金歯のような豪華な石がはめ込まれていく。
ゼウス城の城壁は輝きを増し、そのたびに客席は盛り上がる。
「見ろよ! あの黄金の石! まるで金塊みたいだ!」
「すげぇーっ! ヘルロウの貧乏くせぇ石とは大違いだ!」
「あれこそが我らがゼウス様にふさわしい城壁だよ! 逆に、なんで今までほっといたんだろう!?」
「これもヒコスター様々だっ! ちいさな悪も見逃さないヒコスター様だからこそ、できたんだ!」
「ヒコスター様、ばんざーいっ! ヒコスター様、ばんざーいっ!」
あちこちで起こるコールに、手を振り返すヒコスター。
ようやく自分の思い描いていた展開になったので、正義の味方も満足そうであった。
そして、彼女たちも……少しづつ、染まりつつあった。
「へ……ヘルロウの石が、なくなっていく、ピヨ……きれいな石に、かわっていく、ピヨ……」
「ほ……ほら……ヘルロウって、やっぱり……ダメ天使だったんだよ……。だって、入れ替えた石のほうが、ずっとずっと……いい、じゃん……。フローズ、これでわかった……しょ……?」
「う……うん……フレイルさん……。人間たちに簡単に抜かれて、壊されて……それ以上の石垣が、入ってる……。私、ヘルロウのこと、買いかぶってたかも……」
ケージバード、フレイル、フローズ、3人の少女たちは、視点の定まらない瞳で、変わりゆく石垣を見つめていた。
「ヘルロウくんの石垣が、あんなに簡単に……」
「うそ、だろ……? ヘルロウくんの積んだ石は、地獄の鬼でも壊せなかったのに……」
「赤ちゃんの手をひねるみたいに、あっさりと……しかも天使じゃなくて、人間に……」
「もしかして、ヘルロウくんが積んだ石って……たいしたこと、なかったの……?」
「いや……きっと、ヘルロウ自身が、たいしたことなかったんだよ……」
『矯正施設』の少年少女たちまでもが、すっかりヘルロウへの憧れを、失いつつあった。
この感情は、彼らの本心ではない。
『情操教育』によってかきたてられた、過ちの感情である。
これも、観ている者たちに、石積みの知識がないからであった。
そのへんに落ちている貧相な石が、宝石のような美しい石に差し替えられたら、どう思うだろうか?
地獄の鬼たちでもびくともしなかった石積みが、あっさり崩されてしまったら、どう思うだろうか?
ちなみにではあるが、後者のほうは、ヘルロウの気づかいが仇となっていた。
ヘルロウはゼウス城の石積みを行なった際、後々のメンテナンスのことを考えて、簡単に石の入れ替えがきくように計算して積み上げていた。
そのため、賽の河原の供養塔のように、打撃や衝撃には強いものの……。
引き抜くという力の前には、無力だったのだ……!
それが石積みの知識のない者たちの前には、逆に頼りなく映っていた。
逆に知識のあるガンテツや、実際に作業をしている者たちは、舌を巻いていた
「すげぇ……! 積み上げた石が、あんなに簡単に抜けるだなんて……! どうやったらあんな風にできるんだ!? さすがはヘルロウ!」
「ううっ、魔法をつかわずに、引き抜く器具だけで、スムーズに作業が進む……!」
「俺たちの積んだ石だと、破壊しないと取り出せないのに……!」
「しかもこれだけ抜いても、まわりの石がびくともしないぞ!?」
「まるで石のひとつひとつが意識を持っていて、欠けた石のぶんまでがんばって支えてるみたいだ!」
「もしかしてこれが、『石の声』……!? ヘルロウ様が……いや、ヘルロウが、俺たちにずっと言っていた……!?」
「そ、そんな、バカなっ……!?」




