35 いきなりインチキ
天国の『ガス抜き』において、石が飛び交うのは恒例であった。
しかしそれがなされるのは、イベントの中盤以降。
しかし今はまだ、イベントの序盤。
そして投げつけられる相手は、必ず亡者たち。
しかし、今は……。
……人間っ……!?
ちなみにではあるが、『ガス抜き』イベントの際には、観客席の天使たちには特別な天技が与えられる。
それは『遠投』の能力。
これがあるおかげで、かなり距離がある観客席からでも、強肩の外野手のごとく、石をぶつけることができるのだ。
早くも場内を飛び交いはじめた投石に対しての、反応は様々だった。
『きっ!? キンキラキーンっ!? いっ、石は亡者に投げるものだキンっ!? 人間に投げちゃダメだキン!』
観客たちに注意を呼びかけるキンメダール。
彼がここまで必死なのは、地上軍の人間たちがいる城壁が、いま彼がいるステージの奥にあったからだ。
ようは客席と、投石対象である城壁の人間たちに挟まれている格好となっている。
そのためさっきから容赦なく、流れ弾がキンメダールに当たっていたのだ。
「やっ、やめろ! やめてくれっ! アイツらは大切な仲間なんだ! 石をぶつけるなら、副リーダーの俺にぶつけてくれっ!」
逃げせず、小さな身体を張って社員たちを守ろうとしているガンテツ。
しかし彼女は小柄だったうえに、拡声魔法の範囲外だったので、声も届いてはいなかった。
「お、おいパパっ! ステージにあがって、なんとか投石を止めるように、訴えを……!」
と父のハゲ社長を探したのだが、いなかった。
ハゲ社長はすでに、ひと足早くステージにあがっており、ヒコスターに耳打ちしていた。
ガンテツは安堵する。
「なるほど! ヒコスター様に頼んで止めてもらうってわけか! さすがパパ! やる時はやるんだな!」
と、久々に父を見直していたのだが……。
その後、ヒコスターの口から告げられたのは、とんでもない一言であった。
『イエス! ついに正体を表したなっ!』
天高く飛び上がるヒコスターに、怒号がかき消される。
『地上の人間たちの中には、今なおヘルロウを信奉する裏切り者がいるというのは周知の事実ダッ! ワシは地上軍に選ばれた人間のなかに、ヘルロウ信者がいると睨んで、敢えて招き入れたのダッ! ヘルロウ信者であれば、わざと失敗を重ねて、「神築」を台無しにするであろうと……!』
ヒコスターは、投石でコブだらけになっている地上軍の人間たちを、ビッと指さした。
『お前たちは、ワシが仕掛けたその炙り出しに、見事に引っかかったというわけダッ!』
ウオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーッ!?!?
と沸く観客席。
「なるほど、そういうことだったのか!」
「いくら人間でも、亡者より作業が遅いだなんて、ありえないもんな!」
「あの人間たちがヘルロウの信者というのであれば、今までのグダグダも納得がいく!」
「ああ! ヘルロウの積んだ石垣を、修繕させたくなかったんだ!」
観客たちはみな大いに納得していた。
これは、ハゲ社長による入れ知恵であった。
ステージにあがっていたハゲ社長は、ガキ大将の腰巾着のように騒ぎ立てる。
『ヒコスター様のおっしゃる通りじゃ! そしてワシもお見通しだったんじゃ! ワシがノーヘルを標榜したとき、お前らは真っ先に付いてきてくれた! じゃからこそ逆に怪しかったんじゃ!』
なんと、ハゲ社長……!
『ノーヘル』の礎を一緒作ってくれた『反ヘルロウ派』の社員たちを……。
ミスにかこつけて、ヘルロウ信者であるという、濡れ衣を着せ……!
ここぞとばかりに、切り捨てたっ……!
城壁でへたりこんでいる社員たちは、泣きながらハゲ社長にすがる。
「そ、そんな!? 社長っ! 私たちは一生懸命やったんです!」
「それに、社長が『ノーヘル』を標榜したときに、真っ先にヘルロウに反対したら、一生面倒を見てやると言ったではないですか!」
「それなのに、こんな形で捨てられるだなんて……! あんまりだっ!」
しかし、拡声魔法の範囲外であるその声は、届かない。
『ワシはお前らが裏切ることであろうと予想して、ちゃあんと手を打っておったんじゃ! ……ヒコスター様、お願いいたします!』
高みにいるヒコスターは、『イエス!』と頷くと、軍隊ラッパのように、高らかに叫んだ。
『茶番は終わりなのダッ! ここからが本当の「神築」の始まり……! さあ、出でるのダッ! 聖戦士たちよっ!!』
……ドドドドドドドド……!
その呼び声に、呼応したのは……。
会場の外から土煙をあげて迫り来る、人間たち……!
その数、100っ……!
彼らはみな『ノーヘルロック神殿建築ギルド』の従業員である。
ハゲ社長はここまでの事態は予想していなかったものの、怪我人などが出た場合に備えて、多くの替え……。
いや、社員たちを、同行させていたのだ……!
雄叫びとともに乱入した100人の、『新地上軍』。
彼らは裏切り者に仕立て上げられた『旧地上軍』の20名を袋叩きにし、縛り上げ、ステージの前に並べて跪かせた。
『この裏切り者たちの処刑は、この「神築」が終わったあとで執り行うっ! いまはゼウス様の居城から、ヘルロウという名の大悪党の痕跡を消し去ることが先決なのダッ!』
ウオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
観客席も呼応した鬨の声とともに、『新地上軍』は作業にとりかかる。
いつの間にか人手が5倍に膨れ上がったというのに、誰もそのおかしさを指摘するものはいない。
いや、いたかもしれないが、歓声にかき消されていた。
なかでも、声の小ささでは定評のある、とある女神のひとりは……。
「ピヨッ!? ヘルロウが悪魔!? そして大悪党!? これは、どういうことなの!?」
ここに来てようやく、ケージバードはヘルロウが悪魔扱いされていることを知った。
なぜならば今回のイベントが開始してしばらくは、ヘルロウ名は出ず『悪魔』だの『ハナクソ野郎』だのと呼ばれていたからだ。
彼女は輿の外に飛び出して真実を確かめようとしたが、直前ではたと思い直す。
「こ……この輿から、一歩でも外に出たら……。あの変態タイツは、力ずくで、ピヨを……!」
ケージバードは戸にかけた手を、ぐっと握りしめてこらえていた。




