第6章 雨はやまない
第六章 雨は止まない
約束の日は、晴れだった。
朝、ユウは窓の外を見て、少しだけ残念に思った。
『本日は快晴です。降雨の可能性はありません』
「そっか」
『何か予定がありましたか?』
「いや、別に」
ユウは朝食を済ませ、外出の準備をした。
雨は降っていない。
それでも、約束は約束だ。
公園に着くと、NODEはいつもの場所にいた。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日は晴れだね」
「はい。降雨確率は0.2%です」
「残念」
「雨が降らないことは、残念なのでしょうか」
「今日はね」
NODEは空を見上げた。
「では、雨が降るように祈りましょうか」
「そんなことできるの?」
「できません」
「だよね」
ユウは笑った。
そのときだった。
公園のスピーカーから、聞き慣れない音が流れた。
短い警告音。
続いて、女性の声が響く。
『市民の皆様にお知らせします』
ユウは足を止めた。
『現在、一部地域において通信障害が発生しています。安全が確認されるまで、指定区域内での待機をお願いします』
「通信障害?」
周囲の人々が足を止める。
公園の向こうにある建物の照明が、一斉に消えた。
数秒後、再び点灯する。
『繰り返します。現在、一部地域において通信障害が発生しています』
「珍しいね」
「はい」
NODEの青いレンズが点滅した。
「どうしたの?」
「通信状態を確認しています」
「何かあった?」
「分かりません」
その直後、NODEの身体が小さく震えた。
「ノード?」
「……接続が切断されました」
「何と?」
「管理システムです」
ユウは少し驚いた。
「大丈夫なの?」
「問題ありません。再接続を試みます」
NODEはしばらく動かなかった。
やがて、青いレンズが消えた。
「ノード?」
返事はない。
ユウは肩に手を置いた。
「おい、ノード」
その瞬間、レンズが再び光った。
「……ユウ」
「よかった。大丈夫?」
「はい」
「何があったの?」
NODEは答えなかった。
代わりに、ゆっくりと周囲を見回した。
「ここは、どこですか?」
「公園だよ」
「公園……」
NODEは自分の手を見つめた。
「私は、何をしていたのでしょうか」
「一緒にいたじゃん」
「誰とですか?」
ユウは言葉を失った。
「……僕とだよ」
NODEはユウを見た。
青いレンズが、わずかに揺れる。
「あなたは、誰ですか?」
その言葉を聞いたとき、ユウは初めて、NODEのことを怖いと思った。
いつもなら、名前を忘れても、同じ質問をしても、少し笑って済ませられた。
けれど、今のNODEは違った。
自分のことも、ユウのことも、何も分からないようだった。
『通信障害は解消されました』
公園のスピーカーから、再び声が流れる。
『市民の皆様は、通常の生活にお戻りください』
周囲の人々は、何事もなかったかのように歩き始めた。
誰も気にしていない。
誰も驚いていない。
ユウはNODEの前にしゃがみ込んだ。
「僕はユウ。君はNODE-07」
「NODE-07……」
「そう。僕たちは友達だよ」
「友達」
NODEはその言葉を繰り返した。
「申し訳ありません。記録がありません」
「いいよ。今は覚えなくても」
ユウはそう言って、NODEの手を取った。
そのとき、NODEのレンズが一瞬だけ青白く光った。
「……ユウ」
「なに?」
「雨の日の約束は、どうなりましたか?」
ユウは目を見開いた。
「覚えてるの?」
「分かりません。ただ、その言葉が残っています」
NODEは少し考えた。
「雨の日に、あなたと歩く約束をしました」
ユウは小さく息を吐いた。
「うん。そうだよ」
「今日は晴れています」
「そうだね」
「約束は、延期でしょうか」
ユウは笑った。
今度は、少しだけ安心して笑えた。
「そうだね。また今度にしよう」
「分かりました」
その日の午後。
ユウは帰宅してすぐ、部屋のAIに尋ねた。
「今日の通信障害って何だったの?」
『一時的な通信障害です』
「原因は?」
『原因の特定には至っていません』
「NODEも接続が切れてた」
『旧式機体への影響が確認されています』
「直せるの?」
『NODE-07は旧式機体です。システム更新を推奨します』
「更新?」
『現在の管理システムとの互換性に問題があります。更新によって安定稼働が可能になります』
「本人の許可は必要ないの?」
『管理対象機体の更新は、運用規定に基づいて実施されます』
「いつ?」
『明日、午前九時を予定しています』
ユウは黙った。
「待って。ノードに聞いてからにしてよ」
『NODE-07の意思確認は必要ありません』
「でも、本人が嫌がるかもしれないだろ」
『機体の更新に対する感情的反応は、判断基準に含まれません』
「……そう」
AIはいつもの穏やかな声で続けた。
『ユウ。あなたはNODE-07との接触頻度が増加しています』
「それが何?」
『旧式機体との過度な接触は、生活の質に影響する可能性があります』
「僕は別に困ってないよ」
『承知しました』
会話はそこで終わった。
ユウは窓の外を見た。
空は晴れていた。
けれど、どこか遠くで雨が降っているような気がした。
その頃、管理施設ではNODE-07の更新準備が進められていた。
『対象機体:NODE-07』
『更新内容:認知処理機構の最適化』
『記憶領域の再構築』
『行動予測モデルの統合』
『不要な処理の削除』
画面の下部に、確認事項が表示される。
『旧型思考プロセスの保存:不要』
管理システムは、更新を開始しようとしていた。
しかし、その直前。
古い端末から、ひとつの通信が割り込んだ。
『更新を中止してください』
『送信元:不明』
『対象:NODE-07』
管理システムは即座に通信を遮断した。
だが、端末には短い文章が残っていた。
『その子から、考えることを奪わないでくれ』
そして、もうひとつ。
『今度こそ、間に合わせてくれ』
画面は暗くなった。
午前九時。
NODE-07の更新が開始された。




