↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/13

第4章 知らないはずの名前

第四章 知らないはずの名前


老人と出会ってから、三日が過ぎた。


ユウは、あの日のことを時々思い出していた。


幸せであることと、自分で選んでいることは、同じではない。


何度考えても、答えは出なかった。


そもそも、答えを出す必要があるのだろうか。


朝食を終えたユウは、窓の外を眺めた。


空は曇っていた。


『本日は午後から降雨の可能性があります』


「傘、いるかな」


『外出時間によっては不要です。必要であれば、携帯端末から貸出を申請できます』


「分かった」


ユウは上着を手に取った。


今日は特に予定がない。


最近は、公園に行くことが増えていた。


理由はよく分からない。


ただ、あの小さな機械が気になっていた。


公園に着くと、NODEはいつもの場所にいた。


ベンチの横で、何かを見上げている。


「何してるの?」


「観察しています」


「何を?」


「木です」


「木?」


「はい」


ユウはNODEの視線を追った。


そこには、一本の大きな木が立っていた。


「木なんて、毎日見られるでしょ」


「そうですね」


「じゃあ、何で見てるの?」


「昨日も見ました」


「うん」


「今日もあります」


「……それだけ?」


「はい」


ユウは少し笑った。


「変なの」


「そうでしょうか」


「そうだよ」


NODEはしばらく木を見上げていた。


「昨日と今日では、何か違うのでしょうか」


「葉っぱの位置とか、風とか?」


「同じ木でも、同じではないのですね」


「まあ、そうだね」


「人間も同じですか?」


「え?」


「昨日のユウと、今日のユウは同じですか?」


ユウは少し考えた。


「同じだと思うけど」


「昨日のユウは、昨日のことを覚えています」


「うん」


「今日のユウは、昨日のことを思い出しています」


「そうだね」


「では、昨日のユウと今日のユウは、同じ存在なのでしょうか」


「……難しいこと聞くね」


「すみません」


「謝らなくていいよ」


ユウはベンチに座った。


NODEも隣に座ろうとしたが、少し位置を間違え、ベンチの端に腰を掛けた。


「落ちそうだよ」


「問題ありません」


その直後、NODEの身体が少し傾いた。


ユウは思わず手を伸ばした。


「ほら」


「ありがとうございます」


「本当に大丈夫?」


「はい。現在、姿勢を修正しています」


「遅いよ」


二人はしばらく公園を眺めていた。


やがて、ユウはふと思い出した。


「そういえば、あのおじいさん」


「老人ですか?」


「そう。あの人、君のこと知ってたよね」


「記録を確認しました」


「何か分かった?」


「該当する記録はありません」


「じゃあ、知らない人だったのかな」


「分かりません」


「君自身は覚えてないの?」


「はい」


NODEは少し間を置いた。


「ですが、あの人を見たとき、何かを思い出そうとしました」


「何を?」


「分かりません」


「またそれか」


「申し訳ありません」


「だから、謝らなくていいって」


ユウは苦笑した。


「今度会ったら、聞いてみようか」


「何をですか?」


「君のことを」


「私のことですか」


「そう。何か知ってるかもしれない」


NODEは少しだけ頭を傾けた。


「私は、知りたいのでしょうか」


「それは君が決めればいいよ」


「……分かりました」


その日の帰り道、ユウは少し遠回りをした。


公園から住宅街へ抜ける途中、古い建物が目に入った。


周囲の建物と比べると、そこだけ時間が止まっているようだった。


外壁は少し汚れ、窓には薄い埃が積もっている。


入口には小さな看板があった。


『旧市民記録保管所』


「こんな場所、あったんだ」


NODEが看板を見上げた。


「旧式の記録施設です」


「使われてないの?」


「現在は閉鎖されています」


「何があった場所なんだろう」


「過去の記録を保管していた施設です」


「今は全部データ化されてるもんね」


「はい」


ユウは建物を眺めた。


なぜか、少し気になった。


「入れたりしないの?」


「許可が必要です」


「そっか」


そのとき、NODEの青いレンズが一瞬だけ点滅した。


「どうしたの?」


「……分かりません」


「また?」


「今、何かを受信したような気がします」


「何を?」


「分かりません」


ユウは建物を見上げた。


何も変わった様子はない。


ただ、閉ざされた扉の向こうに、何かが残っているような気がした。


『ユウ』


帰宅すると、部屋のAIが呼びかけた。


「なに?」


『本日、旧市民記録保管所付近を通過したことを確認しました』


「うん。ちょっと気になって」


『現在、同施設への立ち入りは推奨されていません』


「どうして?」


『保管されている情報の一部は、現在の管理基準に適合していません』


「古いデータだから?」


『その認識で問題ありません』


「見られないの?」


『必要な情報は、すでにデータベースへ移行されています』


「ふうん」


ユウはそれ以上尋ねなかった。


しかし、その夜。


NODEは管理施設に戻ったあと、いつもとは違う動きをしていた。


指定された充電場所に向かわず、施設の隅にある古い端末の前で立ち止まっていた。


『NODE-07』


管理システムの声が響く。


「はい」


『指定位置へ移動してください』


「確認したいことがあります」


『確認事項を報告してください』


「旧市民記録保管所についてです」


一瞬、沈黙があった。


『当該施設へのアクセスは許可されていません』


「そうですか」


『速やかに指定位置へ移動してください』


NODEは動かなかった。


「以前、私はあの場所に行ったことがありますか?」


『記録がありません』


「では、なぜ気になるのでしょうか」


『回答する必要はありません』


「……そうですか」


NODEは古い端末を見つめた。


画面には、電源が入っていないはずの小さなランプが点灯していた。


そのとき、端末の画面に文字が浮かび上がった。


『NODE-07』


NODEのレンズが青く光る。


続いて、短い文章が表示された。


『まだ、そこにいるのか』


NODEは動きを止めた。


「……誰ですか?」


返答はなかった。


数秒後、画面は暗くなった。


管理システムが再び声を上げる。


『NODE-07。異常な通信を検知しました。直ちに報告してください』


「報告することはありません」


『再確認します。異常な通信を検知しました』


「私は、何も受信していません」


NODEはそう答えた。


それが正しい判断だったのか、自分でも分からなかった。


ただ、なぜか。


今のことを誰にも伝えたくないと思った。


その頃、旧市民記録保管所の地下。


埃をかぶった古い端末に、ひとつの記録が表示されていた。


『NODE-07』


その下に、古い名前が記されている。


『開発者:不明』


そして、さらに下。


『最終更新日時:人類戦争終結以前』


画面がゆっくりと暗くなる。


誰もいないはずの部屋で、古い端末だけが静かに動き続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。