第十章 壊れたものの話
「おい、こいつがノードか?」
「そうだよ」
「思ったより小せえな!」
「シンの声が大きいから、そう見えるんじゃない?」
ミサキが笑った。
休日の午後。
ユウはノードを連れて、交流施設の広場に来ていた。
シンはノードの前にしゃがみ込み、顔を近づけている。
ノードの青いレンズが、ゆっくりとシンを捉えた。
「こんにちは。あなたはシンですか?」
「おう! そうだ!」
「声が大きいですね」
「初対面でそれ言うか?」
「以前、ユウから聞きました」
「ユウ、お前そんなこと言ってたのか!」
「言ったかもしれない」
「かもしれないって何だよ!」
シンはノードの頭を軽く撫でた。
「よろしくな、ノード」
「よろしくお願いします」
「お前、何か好きなもんあるか?」
「好きなもの、ですか」
「そうだ。食い物でも景色でも何でもいいぞ」
ノードは少し考えた。
「ユウと散歩することです」
「おお!」
シンは大きく頷いた。
「いいじゃねえか!」
「それは好きなものに分類されるのでしょうか」
「お前がそう思うなら、それでいいんだよ」
「そうですか」
ノードは納得したように頷いた。
「では、シンも好きなものがあるのですか?」
「当たり前だろ!」
「何ですか?」
「飯! 寝ること! あと、面白いこと!」
「ユウと似ていますね」
「お、そうか?」
「ユウも寝ることが好きです」
「余計なこと言わなくていいよ」
ミサキが笑い、ルイも小さく吹き出した。
ユウカだけは、ノードをじっと見ていた。
「その機体、かなり古いよね」
「はい。製造時期は不明です」
「今も普通に動いてるんだ」
「はい」
「整備は?」
「ユウが時々、外装を拭いてくれます」
「それ整備じゃないだろ」
シンが笑った。
「今度見てやるよ。機械のことなら多少分かる」
「ありがとうございます」
「おう。任せとけ!」
そのとき、広場の端で小さな音がした。
金属が地面に落ちたような音だった。
振り向くと、施設の清掃用ロボットが停止していた。
近くにいた管理端末が、すぐに状況を確認する。
『清掃機器の動作異常を検知しました。代替機を手配します』
「おいおい、壊れちまったのか?」
シンが立ち上がった。
「接触しないでください。現在、管理システムが対応しています」
施設の案内音声が流れる。
「見てるだけだよ」
シンはロボットのそばまで歩いていった。
「ちょっと確認するくらいならいいだろ?」
「シン、勝手に触らない方がいいよ」
ルイが言った。
「分かってるって」
シンはしゃがみ込み、ロボットの側面を覗いた。
「こりゃ、駆動部の引っ掛かりか?」
「異常箇所を確認できません」
管理端末が答える。
「いや、ここだよ。少しずれてる」
シンが指を差す。
「修理担当者が到着するまで、そのままにしてください」
「分かった分かった」
シンは手を引いた。
すると、ノードがロボットに近づいた。
「どうしました?」
「ノード?」
ユウが呼び止める。
「この機械は、動けないのですか?」
「現在、修理待ちだってよ」
シンが答えた。
ノードは停止したロボットを見つめた。
「そうですか」
しばらくして、ノードが言った。
「この機械は、まだ動きたいのでしょうか」
シンは一瞬、返事に困った。
「さあな。機械に聞いてみないと分からねえ」
「聞いても、答えないと思います」
「だったら、直してやればいい」
「直せば、また動けるのでしょうか」
「たぶんな」
ノードは小さく頷いた。
「それなら、良いことですね」
その後、修理担当者が到着し、清掃ロボットは運ばれていった。
何事もなかったかのように、広場にはいつもの音が戻った。
「さて、腹減ったな!」
シンが手を叩いた。
「さっき食べたばかりじゃない?」
ミサキが呆れる。
「運動したら腹が減るんだよ」
「ほとんど何もしてないけど」
「気持ちの問題だ!」
結局、五人と一台は施設の食堂へ向かった。
ノードは食事をしないので、テーブルの端に座っていた。
シンは注文した大きなサンドイッチを頬張っている。
「お前、食わねえの?」
「私は食事を必要としません」
「知ってるよ。聞いてみただけだ」
「食事は楽しいですか?」
「そりゃ楽しいだろ」
「栄養を摂取するためですか?」
「それもあるけどな」
シンはサンドイッチを飲み込んだ。
「うまいもん食って、腹いっぱいになる。それだけで結構幸せだぞ」
「栄養摂取以外の意味があるのですね」
「あるに決まってんだろ」
ノードはテーブルの上に置かれたサンドイッチを見つめた。
「私には分かりません」
「分かんなくていいんじゃねえの?」
シンは笑った。
「分かんねえなら、分かんねえまま一緒にいればいいだろ」
ノードはシンを見た。
「それで問題はないのでしょうか」
「問題があったら、そのとき考えりゃいい!」
「シンは、よく考えずに行動するのですか?」
「お前、なかなか失礼だな!」
ミサキが声を上げて笑った。
ユウも笑った。
ユウカは飲み物を口に運びながら、何か考えているようだった。
「ねえ」
彼女が口を開いた。
「さっきの清掃ロボットのことなんだけど」
「どうした?」
ルイが尋ねる。
「少し気になったことがある」
「何が?」
「故障した機械って、普通は修理されるよね」
「そうだね」
「でも、あの機械は修理担当者が来る前に、代替機を手配していた」
「それが普通じゃないの?」
ミサキが言った。
「うん。普通だと思う」
ユウカは端末を操作した。
「ただ、あの機械は修理する価値があったのかなって」
「どういうことだ?」
シンが尋ねる。
「製造からかなり時間が経っている型だった。新しい機械に交換した方が効率はいいはず」
「じゃあ、交換すればいいんじゃねえか」
「そう。普通ならね」
ユウカは画面を見つめた。
「でも、あの機械の修理履歴が残っていない」
「故障したのが初めてだったんじゃない?」
ミサキが言った。
「それなら、そういう記録が残るはず」
ユウカは少し眉を寄せた。
「何か変なの?」
ユウが尋ねる。
「分からない。ただ、修理履歴だけじゃなくて、製造記録も見つからない」
「そんなことあるのか?」
ルイが言った。
「普通はないと思う」
シンは食べ終えた包み紙を丸めた。
「まあ、古い機械なんだろ。記録がなくなったって不思議じゃねえよ」
「そうかもしれない」
ユウカは端末を閉じた。
「気にしすぎかな」
その場では、それ以上話題にならなかった。
帰り道、ユウはノードと並んで歩いていた。
「今日は楽しかった?」
「はい」
「シンはどうだった?」
「大きな声の人でした」
「そればっかりだね」
「しかし、嫌いではありません」
ユウは笑った。
「また会えるといいね」
「はい」
少し歩いたところで、ノードが立ち止まった。
「ユウ」
「どうしたの?」
「先ほどの清掃機械について、少し気になることがあります」
「気になること?」
「はい」
ノードの青いレンズが、ゆっくりと点滅した。
「私の内部記録に、似た型の機械がありました」
「そうなの?」
「はい。ただし、記録が途中で途切れています」
「どんな記録?」
「分かりません。読み出そうとすると、アクセスが拒否されます」
ユウはノードを見た。
「古い機械だからじゃない?」
「その可能性はあります」
ノードは再び歩き始めた。
「しかし、不思議です」
「何が?」
「私の記録には、知らないはずの機械がたくさんあります」
「それはどういうこと?」
「分かりません」
ノードは少し間を置いた。
「私は、何をしていたのでしょうか」
ユウは答えられなかった。
その夜。
市街地の管理システムは、昼間の交流記録を整理していた。
『対象:Y-031』
『接触者:S-018』
『接触機体:NODE-07』
『旧式機器との接触を確認』
『関連記録との照合を開始』
数秒後。
『照合結果:一致』
『関連計画:人類精神活動観測計画』
『旧式機器管理番号:N-07』
『処理状況:未完了』
画面が切り替わった。
『当該機体の記録へのアクセスを制限します』
『理由:観測計画における重要情報を含むため』
最後に、ひとつの項目が表示された。
『NODE-07』
『開発者からの最終指示:削除しないこと』
その記録は、誰にも通知されなかった。




