第9章 少し騒がしい午後
「ユウ、今日はどこか行くのですか?」
朝食を終えたユウに、室内AIが尋ねた。
「特に決めてないよ」
「午後に交流施設で催しがあります。参加者は同年代を中心に構成されています」
「催し?」
「屋外活動を含む自由交流会です」
「自由交流会って、何をするの?」
「参加者同士で自由に決めることができます」
「それなら、何でもいいんじゃない?」
「その通りです」
ユウは少し笑った。
何でもいいと言われると、かえって困ることがある。
結局、午後になってから出かけることにした。
ノードは連れていかなかった。
以前、交流施設に古い機械を連れていった際、設備管理担当者に何度も確認されたことがある。ノード自身は気にしていなかったが、説明するのが面倒だった。
「留守番をお願いします」
「承知しました」
「何かあったら連絡して」
「何かとは、どのような事態でしょうか」
「……何かあったらだよ」
「分かりました。何かがあれば連絡します」
少し不安だったが、ユウは家を出た。
交流施設は市街地の中央にある。
建物の周囲には広場があり、何人かが集まっていた。
受付を済ませて広場に出ると、聞き覚えのある声がした。
「あれ、ユウじゃない?」
振り向くと、ミサキが手を振っていた。
隣にはルイと、少し離れたところにユウカがいる。
「この前の交流会以来だね」
「うん」
「来ると思わなかった」
「僕も来るつもりはなかったんだけど」
「なにそれ」
ミサキが笑った。
「今日は何するの?」
「知らない」
「え?」
「自由交流会って書いてあったから」
「私たちも知らないよ」
ルイが苦笑した。
ユウカは端末を見ながら言った。
「どうやら、施設の外にある広場で活動するみたい。内容は参加者が決めるんだって」
「それって、運営する気がないだけじゃない?」
ミサキが言った。
「自由ってそういうものじゃない?」
「じゃあユウカが決めてよ」
「どうして私が?」
「頭いいから」
「理由になってない」
そんな話をしていると、広場の向こうから大きな声が飛んできた。
「おーい! そこの連中!」
四人が振り向く。
背の高い男が、片手を上げて歩いてきた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。
短い黒髪に、少し日に焼けた肌。体格もよく、歩き方まで妙に堂々としている。
「集まってるなら、さっさと何か始めようぜ!」
「シン、声が大きい」
ルイが呆れたように言った。
「おう、ルイ。元気そうだな!」
「それはもう聞いたよ」
「何度聞いてもいいだろ!」
ミサキがユウの方を向いた。
「紹介するね。シン。私たちより少し年上で、こういう集まりによく顔を出してる人」
「少しってなんだよ。立派な年上だろ」
「自分で言うことじゃないよ」
「お前ら、年上を敬う気持ちってもんがないのか?」
「ないね」
ユウカが即答した。
シンは一瞬だけ固まったあと、豪快に笑った。
「いいねえ! そういうの嫌いじゃないぞ!」
ユウは少し圧倒されながら、軽く頭を下げた。
「ユウです」
「おう、よろしくな。俺はシンだ」
「さっき聞きました」
「そうだったな!」
シンはユウの肩を軽く叩いた。
「で、今日は何をするんだ?」
「それを今から決めるところです」
ユウカが答えた。
「なるほど。じゃあ運動だ!」
「なんで?」
「なんでって、体を動かすのは楽しいだろ!」
「人によります」
「細けえことはいいんだよ!」
「細かくないよ」
ルイがため息をついた。
結局、広場に設置されていた簡易コートで、軽いボール遊びをすることになった。
シンが勝手にチームを分け、ユウとミサキ、ルイとユウカが組む。
「よし、負けた方は飲み物を奢りな!」
「お金を賭ける必要はないでしょう」
「じゃあ勝った方が好きな飲み物を選べる。これでいいか?」
「それならいいよ」
ミサキが笑った。
ゲームが始まると、シンは思った以上に本気だった。
大きな体を使ってボールを奪い、勢いよく走る。
「ユウ、ぼーっとすんな!」
「ちょっと待って!」
「待たねえ!」
シンの投げたボールが、ユウの足元を転がっていった。
「お前、運動不足だろ!」
「そうかもしれない!」
「よし! 鍛えてやる!」
「頼んでないよ!」
ミサキが笑いながらボールを拾う。
一方、ユウカはほとんど動いていなかった。
「ユウカ、もっと動いて!」
ミサキが叫ぶ。
「必要な場所にいるだけだよ」
「全然動いてないじゃん!」
「無駄に動く必要はないでしょ」
「そういうゲームじゃないんだけど!」
ユウカは相手の動きを見て、空いた場所にボールを投げた。
そのボールは、ちょうどシンの足元を抜けていった。
「おっ!」
シンが振り返る。
「今のはいいな!」
「ありがとうございます」
「でも、次は負けねえぞ!」
結局、勝ったのはユウカたちだった。
シンは悔しそうに頭をかいた。
「くそっ。頭を使うのは反則だろ」
「ルールには書いてありませんでした」
「そういう問題じゃねえ!」
ユウは笑った。
こんなに大きな声で笑ったのは、いつ以来だろう。
ゲームが終わると、五人は施設の休憩スペースに移動した。
シンは飲み物を五つ買ってきて、テーブルに並べた。
「ほら、好きなの取れ」
「負けた方が奢るんじゃなかった?」
ミサキが尋ねた。
「細けえことはいいんだよ」
「シンが負けたのに?」
「年上の余裕ってやつだ」
「ただの言い訳じゃん」
ルイが笑った。
シンはユウの隣に座り、飲み物を一つ差し出した。
「お前、名前は?」
「ユウです」
「そうか。よろしくな、ユウ」
「さっきも言いましたよ」
「何度でも言えばいいだろ」
ユウは受け取った飲み物を開けた。
「シンは、いつもここに来てるんですか?」
「まあな。家にいても暇だし」
「仕事は?」
「あるぞ。今日は休みだ」
「何をしてるんですか?」
「整備関係。古い設備とか、動かなくなった機械を直したりな」
「へえ」
「機械はいいぞ。叩けば直ることもある」
ユウカがすぐに口を挟んだ。
「それは整備とは言わないと思う」
「直れば同じだろ」
「壊れる可能性もあるよ」
「壊れたらまた直せばいい!」
「非効率」
「お前は本当にかわいげがないな!」
ミサキが吹き出した。
「シン、ユウカには勝てないよ」
「うるせえ!」
シンは笑いながら飲み物を飲んだ。
しばらく他愛もない話が続いた。
最近見た映像作品のこと。
街にできた新しい施設のこと。
ミサキが気になっている店のこと。
話題は次々に変わった。
ユウは、こういう時間が嫌いではなかった。
誰かと何かをするために、特別な理由はいらない。
話したいことがあれば話し、なければ黙っていればいい。
そんな時間だった。
「そういやユウ」
シンが突然こちらを向いた。
「お前、最近何してんだ?」
「散歩とか、公園に行ったり」
「一人で?」
「最近は、機械と一緒にいることが多いかな」
「機械?」
「ノードっていう古いロボット」
「ああ、あの丸っこいやつか!」
シンは何か思い出したように手を叩いた。
「知ってるんですか?」
「前に一度見たことがある。ずいぶん古い型だったな」
「そうなんだ」
「今度連れてこいよ。俺、ああいうの結構好きなんだ」
「でも、ちょっと変わってるよ」
「機械なんて変わってるくらいが面白いだろ」
その言葉に、ユウは少し笑った。
帰り際、シンはユウの肩を叩いた。
「また来いよ。今度は負けねえからな」
「次もユウカが勝つと思うけど」
「お前まで言うか!」
ミサキたちも笑っていた。
ユウは三人と連絡先を交換し、施設を後にした。
家に帰ると、ノードが玄関まで歩いてきた。
「おかえりなさい、ユウ」
「ただいま」
「本日は予定よりも長い外出でしたね」
「楽しかったよ」
「それは良かったです」
ノードは少し間を置いた。
「何か、良いことがありましたか?」
「友達ができた」
「以前の三名でしょうか」
「うん。それと、シンっていう人にも会った」
「シン」
「うるさいけど、面白い人だったよ」
「うるさいことは、面白いことなのですか?」
「場合によるかな」
ノードは首を傾けた。
「難しいですね」
「そうだね」
ユウは靴を脱ぎ、部屋に入った。
「今度、ノードも連れていくよ」
「私もですか?」
「うん。シンが会いたがってた」
「私に会いたい人間がいるのですか」
「そうみたい」
ノードはしばらく黙っていた。
「それは、少し楽しみです」
その日の夜。
ユウの端末に、ミサキからメッセージが届いた。
『今日は楽しかったね! また遊ぼう』
続けて、シンからも届いた。
『次は絶対勝つからな!』
ユウは短く返信した。
『また今度』
端末を置く。
何も特別なことは起きなかった。
世界が変わったわけでもない。
何か大きな秘密を知ったわけでもない。
ただ、知り合いが増えた。
それだけの一日だった。
一方、その頃。
管理システムの記録には、新たな情報が追加されていた。
『対象:Y-031』
『本日の交流人数:4名』
『新規接触者:S-018』
『交流時間:予定を超過』
『情動変化:肯定的』
『特記事項:旧型機械 NODE-07 との継続的な接触あり』
記録は保存された。
その情報が、どこか別の場所へ送信されたことに、誰も気づかなかった。




