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逆さの月の恋  作者: Nesn


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二十五話〜柏木side〜

俺は何も知らずに澪を憎むこの男が憎い。


でも、澪が言うんだ。


”言わないでくれ”


”朔にだけは絶対に言わないでくれ”


好きな人から、そう懇願されたら断れないだろ。


……いや、違う。


本当は澪の、この男への想いに嫉妬したんだ。


こんなに澪から愛されている人間を僕は他には知らなかったから。


____________________


僕が澪と出会ったのは中学の時。


転校先で出会った澪は凄く綺麗で、同性なのに一目で恋に堕ちた。


僕の初恋は澪だった。でも、所詮子供の恋だ。


僕は再び親の仕事の都合で海外に行くことになり、澪への片思いの恋はそこで終わりを告げた。


…筈だった。


____________________



数年後__



ある日、まだ入社したての新人だった僕は次世代の様々な作家を探すプロジェクトに参加していた。


そんな時、公園で手に障害を持ちながら絵を描いて生計を立てている子がいると聞いて興味が湧き、僕は直ぐにその公園に足を運んだ。


澪とはそこで再会した。


数年ぶりだったけど、一目で澪だと分かった。


相変わらず一目で恋に堕ちるほど綺麗だったから。


澪には絵の才能があった。


でも、手の障害と前科があるせいでまともな仕事にも就けず才能を燻らせていること知った僕は澪の為に日々奮闘した。


その澪に対する熱意のおかげで出世も早まり、気付けば僕自身が澪をアートアーティストとして売り込める地位にまで上り詰めていた。


そして、その地位についた時


僕は澪に告白をしたんだ。


”僕の恋人になって下さい”と


分かっている。恩を着せたって…

澪の優しさに漬け込んだって…


だけど、好きで好きでどうしようも無かったんだ。


澪は戸惑いながらも僕の想いを受け入れてくれた。


そう、言葉では…


でも…


初めて澪を抱こうとした時…澪は泣いた。


僕はそんな澪を抱く事が出来なかった。


その後も澪は僕を受け入れようと努力してくれた。


但し、条件を突きつけられた。

絶対に行為をする時は部屋の明かりはつけない事。

そして、澪の服を僕が好き勝手に決して脱がさない事を頑なに強要した。


だけど、僕だって男だ。

好きな人の全てを見たい。


一度、我慢が出来ずに欲望のまま無理に澪を抱こうとしたことがある。


その時、澪は過呼吸を起こした。


僕はその時の澪の苦しそうな姿が今も目に焼き付いて離れない。


それからは、澪を壊すのが怖くて手を出せなくなってしまった。


そんな何もかも上手くいかない時に、僕はこのスケッチブックを見つけたんだ。



____________________




澪のアトリエ__



陽介「澪、これ何?」


澪「俺の部屋、勝手に見たのか?」


陽介「質問に答えて。これは誰?」


澪「学生時代の後輩だよ」


陽介「元カレ?」


澪「…弟みたいな子」


陽介「澪は弟と寝るの?」


澪「…よせよ。もういいだろ?」


陽介「よくない!澪、僕に何も話してくれないじゃん!少年院にいた理由や苗字が変わった理由…それに、手の怪我の事もそう!どうして何も教えてくれないんだよ!?」


澪「…陽介」


陽介「不安なんだ。心配なんだよ。澪、僕の事…本当に愛してるのか?」


澪「…だから、付き合ってるじゃん。それが証じゃ駄目なの?」


本当は分かっていた。


澪が愛しているのは僕じゃない。


この絵の中の男だって…


当たり前だよな。僕は澪の弱みと優しさに漬け込んだだけなんだから…だけど、認めたくなかった。


だから、澪が直接僕に話してくれないなら、自分で澪のことを調べる事にしたんだ。


僕が誰よりも澪を知っていたかったから…


誰にも負けたくなかったから…


だが、その考えがそもそもの間違いだった。


だけど、嫉妬に狂った愚かな僕は澪の過去全てを調べ上げたんだ。


そして、あの日全てを知ってしまった…



____________________




探偵事務所__



陽介「身代わり…ですか?」


探偵「ええ、幸い相手は亡くなってはいないんですがね。それで、その時に喧嘩した相手が深瀬澪さんの後輩で名前は石川朔。この子が恐らく本当の当事者だと思われます。ただ、この子の親が政治家のあの石川和邦でして。上に腹違いの兄も一人いるようなんですが、こっちは既に傷害で施設に入ってました。二人息子の内、弟まで施設入りとなると色々と傷がつくと思ったのか、それで身代わりとして選ばれたのが深瀬澪さんだったようで…裏で色々と捏ねを回したようなんです」


陽介「そんな事が…でも、冤罪だと言えば良かったのに」


探偵「それが、深瀬さんが自ら自供したそうなんですよ。”自分がやりました”と」


陽介「澪が?どうして?」


探偵「どうやら、深瀬さんは同性愛者なようで。この二人は当時、恋人関係だったらしいんです。ここは憶測ですが、深瀬さんは恋人である石川朔の罪を被る為に自ら出頭したんだと…」


陽介「……」


凄く悔しかった。

でも、同時にとても澪らしいとも思った。


陽介「それで、左手の怪我の件は?」



中学生の頃は澪に手の障害なんて無かった。

どうして手が不自由になったのか理由を聞いても、いつもはぐらかされてきた。


きっと、僕の知らない澪の空白の過去に関係がある。僕の直感はそう告げていた。


探偵「それが……」


探偵が少し緊張した面持ちで説明するのを尻込みする。


それが、どこか嫌な感じがして喉が渇いた。


陽介「どうしたんですか?」


探偵「………」


喉が渇いたのは、探偵も同じだったようで、目の前のお茶を一気に流し込んだ。


”ゴクッ…ゴクッ…ゴクッ”

(お茶を流し込む音)


探偵の緊張がこちらにも伝わり、嫌な汗が頬を一滴伝う。


陽介「……大丈夫ですか?」


探偵「あ、いや…その……血気盛んな年頃で女性との接触を禁じられている男達の中に同性愛者が放り込まれたら、どうなるか想像はつきませんか?」


陽介「…それって…」


一瞬頭が白くなり言葉を失った。


探偵「入所当初、深瀬さんは腕っぷしも強く一筋縄ではいなかったそうなんです。ですが、人の欲とは怖いものですから…手を……__」


目眩がした。探偵の声が遠のく…


澪のあの時の過呼吸の原因はこれだったんだ…


(僕は…澪になんてことを…)


探偵「__その時の後遺症で左手の握力を失ったと聞きました」


僕はその場で吐いた。


陽介「うっ…げほっ…がはっ…!」


探偵「だ、大丈夫ですか?!」


そう…僕には、澪の過去を全て知る覚悟なんてこれっぽっちもできていなかった。


ただ、嫉妬に狂っただけの大馬鹿者だ。


この時、僕は僕自身の未熟さを思い知った。



____________________




帰宅後__



陽介「澪、駄目だよ!ちゃんと警察に行こう?」


澪「行かない。なんで調べたりしたんだよ?」


陽介「それは…」


澪「誰にも言わないでくれ…」


陽介「でも、澪はやってない!冤罪じゃないか!!」


澪「だけど、その場にいた。だから、知ってるだ。あれは正当防衛だった!」


陽介「じゃあ、そう言えばよかったじゃないか!?」


澪「信じてもらえるわけないだろ?それに当時、警察は事件の責任を犯人に取らせたがってたんだ…」


陽介「だからって、澪が罪を背負ってどんなに辛い思いをしたか…せめて相手も知るべきだろ!」


澪「まさか……朔に言うつもり?」


陽介「当たり前じゃないか?!」


澪「言わないでくれ!朔にだけは絶対に言わないでくれ!何でも言う事聞くから、だから陽介…お願いだ…お願い…」


子供のように僕に縋る澪。

こんな弱々しい澪を見た事が無かった。


陽介「そんなに、この絵の男が大事なの?」


澪「何度過去に戻ったとしても、俺は必ず同じ選択をするくらいに…」


そう言いきった澪の瞳を忘れられない。


あまりにも真っ直ぐで…

そして、あまりにも美しかったから…


その眼差しを僕に向けて欲しい。

だけど、どうしようもないよな。


だって、僕は…


そんな君を愛したんだから…



陽介「分かった。だったら、僕と結婚してくれ…澪」


僕はそっと澪を抱きしめた。


澪「…いいよ。結婚しよう」


澪はそんな僕の腕の中で、小さく返事した。


まるで、何かを諦めるかのように…


澪「だから、約束して。朔には絶対に何も話さないって」


陽介「うん。約束する…」


最低だと分かっていても、どうしても澪を自分のものにしたかった。


でも、僕はやっぱり会ってみたくなったんだ。


澪が全てをかけて守ってる石川朔という男に…



____________________




石川朔。




想像よりもバカな男だった。

夏目君という恋人がいながら、

今でも、置き去りにされたと澪を憎み

それでも、澪の香りを忘れられない哀れな男。


こんな男を今も必死に守っている澪も

…本当にバカだ。


だけど、一番バカなのは…

全てを知っているのに澪を縛りつけようとしている自分だと知っていた。


澪が描いたスケッチブック。


この絵の石川朔を君はどんな想いで描いていたんだろう。


優しい鉛筆のタッチを指でなぞる。


最後くらい正々堂々と戦おう。


そして、負けたなら潔く身を引こう。


わかっている。


初めから勝負にすらなっていない。


それでも、挑みたかった。

僕の想いは負けないと信じたかった。


バカだな。初めから僕は部外者だったのに…




***



”澪「だから、約束して。朔に絶対に何も話さないって」”


”陽介「うん。約束する…」”



***




約束は破ることにするよ。


澪には幸せになってもらいたいから。


せめて、愛する君の幸せを誰よりも望めるバカな男でいさせてくれ…

〜二十三話のスピンオフ・夏目side〜


柏木「もう一度聞くよ。夏目君と初恋の人、

どっちを先に助けたい?」


朔「…俺は夏目を選ぶ」


夏目「………」


先輩はきっと知らない。

何かを我慢しようとする時、必ず下唇を噛む癖がある事を。


(…嘘つき)


いや、違う。

この人に嘘をつかせているのは俺の方だ。


あの人のところへ行かないでと縛り付けているのは俺の方だ。


(わかってる…わかってるよ…でも、先輩は俺を選んだ。それでいいじゃないか)


それが、自分が導き出した答えだった。


柏木「……」


____________________



帰宅時__


柏木「やぁ、今帰り?」


夏目「あ、柏木さん。はい、今帰るところです」


柏木「さっきは…ごめんね;」


夏目「いえ、どんな理由にせよ、先輩は俺を選んでくれたので…今はそれでいいです」


柏木「…ちょっとこの後、付き合ってくれないか?」


夏目「…え?」



____________________



展覧会会場__



”パチ”

(電気をつける音)


柏木「入ってどうぞ」


夏目「わぁ、まだ開場前なのに見せてもらってありがとうございます」


柏木「いいんだ。夏目君には見てもらいたかったから」


夏目「展示される絵は15点でしたよね?」


柏木「いや、16点だよ。僕が独断で一点追加したんだ。見てみるかい?」


夏目「是非!」


柏木「澪が初めて作家として活動した時に描いた代表作なんだ」


夏目「へぇ…それは楽しみで……」


その絵を見た瞬間、言葉が出なかった。


あまりにも綺麗で…


柏木「……綺麗な絵だろ?」


夏目「……はい」


柏木「澪は、この絵は展示しない!と言い張ってたけど、僕がどうしても見せてみたくてね…」


そこに描かれていたのは金色の水晶玉の中で水面に反射して映る綺麗な対の満月。


夏目「……この絵、タイトルはなんて言うんですか?」


柏木「”逆さの月”だよ」


絵の横に書かれているタイトルが目に入った。


夏目「逆さの…月…」


(あぁ…そうか…俺はまた間違えるところだった…)


夏目「……答え合わせ…させてくれたんですね…俺に…」


柏木「………ごめんね。いつも、お節介で」


その日、俺達はこの絵を見ながら二人で泣いた。


最後の答え合わせが終わったから…




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