二十二話
なくしたものは、もう戻ってこない。
失ったものは、もう帰ってこない。
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翌日__
シャワーを止めて鏡に映る自分の姿を見つめる。
過去を思い出していた。
あの人と初めて出会ったのは小6の時。
その日俺は、腹違いの兄貴にやりたくもない万引きを強要されていた。
”「いーか?学校帰りに酒盗んでこい」”
逆らいたかったが、3つ年上の兄貴との体格差は子供の俺には脅威だった。
拒めば見えない箇所を殴られる。
それが幼い俺には恐怖だった。
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スーパー__
俺は店に着くなり、店員の目を盗んで、酒を鞄に入れようとした。
その時だった…
???「はーい。そこの君、そんなことをしてはいけませーん」
俺は店員に見つかったと思って冷や汗をかいたが、振り返ってみると
そこにいたのは金髪の男子中学生だった。
それが俺とあの人との出会い。
その人の名前は”伊藤澪”と言った。
澪「君にお酒はまだ早いかなー?ほら、こっちでも飲みな」
そっと差し出されるラムネ瓶。
俺は逃げ出そうとは思わなかった。
その時には、もうこの人に心を奪われていたのだと思う…
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河川敷__
澪「そっかぁ…兄貴にやらされたのか」
朔「…うん」
澪「酒持っていかないと殴られるのか?」
朔「うん…」
澪「親には?」
朔「チクったら…もっと酷い目に遭う」
澪「なるほどね…」
朔「あんな家族…大嫌いだ」
澪「朔って足は兄貴より早かったりする?」
朔「…多分」
澪「じゃあ、殴られそうになったら走って俺のところに逃げておいで?ほら、番号教えるから」
朔「…いいの?俺の兄貴、凄く強いよ」
澪「違う。凄く弱いんだよ」
朔「え…?」
澪「いいか、朔。本当に強いのは誰かを傷つける人よりも守れる人だよ」
そう、あの人は俺に教えてくれた。
凄くかっこよかった。心が震える程に…
朔「本当は、あなたみたいな家族が欲しかった…」
澪「んじゃあ、俺が朔の新しいお兄ちゃんになってあげる」
朔「…え?ほんと?」
澪「うん、新お兄ちゃんが朔を守ってあげるから元気だしな」
”ポンポン”
(朔の頭を撫でる音)
そう言って、あの人は俺の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
それだけで、俺は既に救われていた。
だから、2年後__
俺は家族から逃げるように祖母の家に引越し、あの人といる中学に転校したんだ。
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2年後の中学校の屋上__
もう少しで、この人が俺を置いて卒業してしまう。
それが凄く憂鬱だったのを覚えている。
朔「早く大人になりてぇ」
澪「んー?どした?」
朔「あんたみたいに」
澪「俺?まだまだ全然お子ちゃまだよ?ほら、今だってラムネ飲んでるし…飲む?」
飲みかけのキンキンに冷えたラムネ瓶を渡されて俺はドキドキしていた。
それは、あの人の唇が触れた瓶だったから…
(俺…男なのに…)
おかしいと思っていても、その衝動を抑え込む事が日に日に難しくなっていく。
朔「この瓶、もらっていい?」
澪「いーよ。あ、ビー玉欲しいんだろー?」
朔「うん…」
この頃はまだこの感情が憧れだと思ってた。
いや、違うな。
そう思い込ませようとしてた。
今思えば心底無駄な足掻きだ。
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祖母の家__
自分の部屋__
部屋に帰ると、俺は空のラムネ瓶を見つめていた。瓶の中にあるビー玉はカラカラと綺麗な音色をたてる。
直ぐ近くにあるのに、手に取る事が出来ない綺麗なビー玉が、まるであの人ようで切なくなった。
(どうすれば割らずに手に入れれるだろう…)
あの人が触れたものを…
くれたものを俺は壊したくなかった。
朔「シャワー浴びながら考えるか…」
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数分後__
シャワーを浴び、部屋に戻ると何故かクソ兄貴がいた。
俺の部屋を手当たり次第に物色したのだろう。
その足元には割れたラムネ瓶の破片が散らばっている。
俺の何がそんなに気に食わないのか、こいつはどこに逃げても俺の大事なものを平気で壊していく。
いつだって…
(いっその事…死んでくれたらいいのに)
そんなことを躊躇いもなく願える程に、俺はこのクソ兄貴が大嫌いだった。
兄「てめぇの小遣い貰って行くぞ、片付けとけよ」
朔「……ビー玉は?」
兄「は?知らねぇ、勝手に探せよ。ガキが」
”バタン”
(部屋の扉が強く閉まる音)
その日、ビー玉は見つからなかった。
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翌日の学校の屋上__
朔「やっぱり壊さないと、取れないよな…」
空のラムネ瓶を見つめて、そう呟く。
澪「取れるよ。壊さずに」
朔「え?」
澪「ビー玉だろ?ほら、手出してみな」
言われるがまま手を出すと、そこには金色のビー玉が転がっていた。
朔「…金だ」
澪「限定色だったから、朔にあげる」
ビー玉だけが抜かれている空の瓶を見せながら
澪「朔、ほらね?壊さなくてもビー玉取れただろ?」
そう言って、彼は笑った。
朔「……どうやったんだ?」
澪「んー?当ててみな?いつか答え合わせしよう」
朔「わかった。じゃあ、それまで大切に持ってるよ」
本当の兄貴は俺から大事なものを奪うけど、俺を弟のように可愛がってくれるその人は、
俺にいつも大切なものを与えてくれる人だった。
風が金色の髪をサラサラと揺らし
ラムネのような甘い香りを俺の元へと運ぶ。
朔「大人になったら、俺も髪染めようかな…」
澪「いーね、何色?」
朔「…俺が1番好きな色」
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現在__
俺は、もう…あのビー玉を持っていなかった。
無くしたんだ。
大切にすると言ったのに。
あの金色のビー玉は
あの人と同じように俺の元から消えてしまった。
濡れた金色の髪から滴り落ちる雫が
まるで涙のように見えた。




