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91.始まりの場所

※切りどころがなかったため、今回は通常よりかなり長い回(10,000字超え)になっています。

 カタン、という物音に気づき、ロゼッタは目を覚ます。

 ただ単に物音がしただけでなく、廊下から誰かの気配を感じた。


 誰かが、階段を降りて下に行ったようだ。


(んん……?)


 明日はラザラスとレヴィのペアで任務に向かうことになっている。

 諸々の都合もあり、ロゼッタは彼らに着いていくことになっていた。

 そのため、彼女はラザラスと一緒に拠点に泊まり込んでいた。


 外は、まだ暗い。

 時計を見ると、深夜2時だった。


(こんな変な時間に、誰だろ……? 任務って明日だよね? ……え、わたし、間違えた?)


 任務の日付を間違えたのかと一瞬焦ったが、それにしては静かだ。日付は合っているはずだ。

 本当に、誰だろう? ロゼッタは眠い目を擦りながらベッドを降りつつ、思い当たる人間を考えてみる。


(……。クロウ、かなぁ……)


 彼は今回の任務から外されていた。

 ……このタイミングで、もはや恒例と化した数の暴力で押し切られたせいだ。


 それをちょっと不憫に思いつつも、挙げられた理由には大いに納得してしまい、ロゼッタも多数派に回った。

 その結果、1対6という酷すぎる構図が生まれてしまった。1側のクロウが勝てるはずがなかった。


(本人的には不満だろうけど、重大任務前にクロウが負傷するのは良くないってのも事実だし、内容的にドラグゼンの嫌がらせ攻撃がきそうな任務だったもんねぇ……)


 ロゼッタ的には何とも言いがたい話ではあるが、地上戦をメインにしている関係でラザラスとクロウの役割は逆でもそれなりには通用する。

 それは色々と酷いことになっていたティスル拠点潜入時に理解できていた。


 ただしラザラスは魔術が使えない上にレヴィとの連携が甘いため、クロウほど応用が効く立ち回りはできない。それをカバーするのが、ロゼッタの役割だ。

 ここに至るまでに色々ありすぎたせいで今回も謝られてしまったが、大丈夫だと言い切った。


 本音を言えば、ロゼッタとしては「大丈夫かどうか」の確認も兼ねていた——闇オークション潜入作戦時、自分が大きな失敗をするわけにはいかない。

 数日前に何故かオスカーに怯えてしまったからこそ、事前段階で試しておきたかった、というのが主な理由だ。


 ロゼッタが同行するメリットはあるし、その上でラザラスとレヴィのペアなら大丈夫だろう、というのがルーシオたちの判断だった。


 ……のだが、この決定についてはクロウが心底納得いかない様子だった。

 あくまでも彼は、数の暴力に敗退しただけだ。


 最終的に折れはしたものの、いまだに納得できなさすぎて眠れないのかもしれない。

 そのせいで、拠点内を歩き回っているのかもしれない。


 それはそれで、よくない気がする。


(もしそうなら、部屋に引き戻そう……)


 ロゼッタは影に潜り、そっと部屋の外に出る。

 喫茶店エリアに移動すると、想定外の人物が降りてきていた。


(え、エスラさん……!?)


 エスメライが、外出前提の格好で下に降りていた。

 朝食の仕込みをするにしても早すぎる気がするし、仕込みだとしても服装に違和感がある。それなら、もっとラフな格好で良いはずだ。


 そんなことを考えていると、彼女は正面のドアから拠点を出て、外から鍵をかけた。

 どこかに出かけるらしい——こんな時間に!?


(ちょ、ちょっと待って……!)


 なるべく(ラザラス以外の)私生活には踏み込まないでおこうと、ロゼッタは決めていた。だが、流石にこれはあまりにも気になる!


 ロゼッタは気づかれないように気配を消し、拠点を出る。そして明確な目的地があると思しきエスメライを追うことにした。



 ○



 小一時間ほど、歩いただろうか。

 エスメライはフェンネル州の端にある小川までやってきた。


 小川と言っても、やや大きめの川だ。

 対岸に渡れるように、立派な橋が掛かっていた。


 川の深さもそれなりにあるように見える。

 少なくとも、底は見えない。


(この橋を渡って、しばらく下に行ったところがブライア州、さらに下に行ったらカメリア州、というか海だったよね……)


 ブライア州案件が多すぎる上に何かと地図を見ていたせいで、大まかな立地を覚えてしまった。

 何なら、次点で案件が多いナイトシェード州は確かこの川を遡っていったところにあるし、闇オークションを行う豪華客船が停まるのはカメリア港だ。


 多分、この立地には意味がある。

 ……もしくは川“が”呪われている。


(エスラさん、なんでこんなところに……)


 呪われているかもしれない川に、エスメライがゆっくりと近づいていく。

 その表情は、落ち込んでいるようにも、酷く緊張しているようにも見える。


 そして彼女は川のほとりまで行き、覗き込むように身を乗り出した。


(えっ!? ちょ、ちょっと……!?)


 あれはきっと身投げする気だ!

 止めないと!!


「エスラさん!」


 ロゼッタは影から飛び出し、後ろからエスメライの腰に抱きつく。


「!?」


「ダメです! 早まらないで! 早まらないでください!!」


 間違っても前に落ちないようにと、ロゼッタはグイグイとエスメライを後ろに引く。

 抵抗する気がなかったのか、はたまた彼女の絶望的な運動神経ゆえか。エスメライはあっさり後ろに倒れてくれた。


 彼女は、尻もちをついた状態でロゼッタの方を見る。


「ろ、ロゼッタ……?」


 かなり困惑した様子の黒い瞳と目が合った。

 ……なんとなく、死ぬつもりはなかったのだと察した。


「あの、えっと……」


 つまり、意味もなくストーカー行為をしてしまった。

 既にラザラスには散々付きまとっているにも関わらず、ロゼッタは罪の意識でしゅんと肩を縮こませた。


「ごめんなさい……勘違い、しました……」


「あー……あたしの方こそ、ごめん。誤解させちゃったかぁ」


 そう言って、エスメライは苦笑する。


「うーん、止められたのはあんたで2度目だし、相当に見た目がヤバいんだろなって、流石に理解したというか……次からは気をつけるよ」


「2度目?」


「あはは。クロウっていう前例があるんだよねぇ」


 クロウはロゼッタと同じ隠影(イクリプス)の使い手だ。

 恐らく同じことを考えてエスメライを追い、そして全く同じことを考えてエスメライを止めたのだろう……少し、複雑だ。


 しかし、身投げする気がないのであれば。

 彼女は一体、何をしにこの場所にやってきたのだろうか?


「……」


 ロゼッタの頭の中を読んだかのように、エスメライは座り込んだまま川へと視線を移し、静かに、口を開いた。


「ここはさ。今のステフィリオンが始まった場所なんだ」


「始まった、場所?」


「そ。遡ったら13年前になるんだけどね……あたし、ここでシグに拾われたんだ」


「シグ……」


「あ、えっと! シグルーンって、名前なんだけど! その、あたしの旦那で、ルーシオの親友、というか、幼馴染?」


 エスメライの旦那。

 彼女の口からは聞いていないが、ロゼッタは少し前にヴェルシエラから情報を得ていた。


「確か、フェンネル家の……」


 呟くように言えば、エスメライは恥ずかしそうに声を震わせた。


「……。合ってる、けど……誰かから聞いたの? 別に、良いんだけどさ……」


 顔を赤らめる彼女の旦那はフェンネル家の三男だとヴェルシエラから聞いていた。

 恥ずかしがっていてもいけないと思ったのか、エスメライはゆるゆると首を横に振るう。


「あたし、ドラグゼンから拷問受けてたって話、前にしたろ? でも、一緒に捕まってた“お姉ちゃん”に助けられて、何とか逃げ出して……

 それなのに、あたしって鈍臭いからさ。逃げる途中で足滑らせて、川に落ちちゃったんだ」


 ……お姉ちゃん、という言葉が気になった。


 気になりはしたが、間違いなく故人だ。

 わざわざ、そこに触れる必要はない。


 そう判断したロゼッタは、エスメライの言葉の続きを待った。


「川に落ちて、下流に向かって流されて……気がついたら、喫茶店。今の拠点にね、寝かされてたんだ。

 後から聞いたんだけど、あたしはあの辺りに引っかかってたらしいんだよね」


 エスメライは、橋の下を指差す。

 上流から流れてきた木の枝や草が、橋脚に引っかかって簡易的な壁になっていた。


 恐らくは当時も、同じようなことになっていたのだろう。

 そこに引っかかって、エスメライはさらに下へと流されずに済んだようだ。


「シグは釣りが趣味でさ。趣味を楽しもうとしたら、何もかもボロボロな女が変なとこに引っかかってたわけだよ。相当びっくりしたと思うよ?」


「そりゃ、まぁ……」


「だよねぇ?」


 ふふ、とエスメライは笑う。


「夜中だったから病院も開いてないし、何よりあたしの胸に入ってるタトゥー見て、救急車呼ぶのは躊躇ったらしくてさ。

 実家よりは近いからって喫茶店兼自宅に連れ帰って、フェンネル家の専属医を呼んで……何とか、助けてくれたみたいなんだ」


「え? タトゥーが入ってたら救急車呼べないんですか?」


 問えば、彼女はゆるゆると首を横に振るった。


「違う違う。フェンネル家の人間は旧ステフィリオンの存在を知ってたんだよね。

 病院にドラグゼンの人間が紛れ込んでたら、確実にあたし、殺されるじゃん? だからだよ」


「なるほど……確かに、危ないですよね……」


「フェンネル家は昔から、反ドラグゼン側の貴族なんだよね。だから、対抗組織、旧ステフィリオンの存在も知ってたんだ」


 ロゼッタの中には、貴族=敵という方程式があった。それが間違っていることはエスメライの存在で理解してはいたが、昔からだとは思わなかった。


 ロゼッタが何を考えているのか察したのだろう。エスメライは、ぽつりと話し始める。


「フェンネル家と、その分家がイレギュラーなだけなんだけどね。昔からこの国に関わってるし、

 しかも竜人族の血が結構入ってる一族だからさ。まあ、許せないだろうなーって思う」


「えっ、竜人族……!?」


 この国における権力者は、ヒト族か有角人族だ。

 そしてグランディディエ連邦の首都名を名乗るフェンネル家は、間違いなく“権力者”側の存在だ。それなのに、竜人族の血が濃いのだという。


 驚くロゼッタの顔色を伺うように覗き見つつ、エスメライは話し始めた。


「フェンネル家自体はヒト族の系譜なんだけど、たまーに先祖返りで何かしら竜人族の特性を引っ張ってくることもあるみたいだよ。それこそ、オスカーさんみたいにさ」


「そういえばあの人、ヒト族なのに黄金眼(おうごんがん)でしたね……」


「うん。まぁ……そのせいでクロウが完封されて、えらいことになったわけなんだけど……」


「あはは……」


 そういえばそんなこともあったなぁ、とロゼッタは苦笑する。

 クロウが全治2週間を、うっかり倍以上に延ばされた事件——数ヶ月前の話だったはずが、何故か懐かしさを感じてしまう。諸々が、濃すぎる。


 ……話がズレていきそうだ。


 軌道修正するために、ロゼッタはエスメライに質問を投げかけることにした。


「フェンネル家って、ドラグゼンに襲われる心配はないんですか?」


「んー、そりゃドラグゼンからしてみれば鬱陶しいことこの上ないだろうけどさ。名家が過ぎるというか」


「あー……拠点殴られないのと一緒の理論ですね」


「そうだね」


 同意しつつ、エスメライは悲しげに笑ってみせた。


「ただ、さ……あたしのせいで、巻き込んじゃったんだ。きっと、そうじゃなきゃ上手いこと一線引いていられただろうに」


「え……?」


 彼女はロゼッタから視線を逸らし、寂しげに、川に向かって呟くように言葉を続ける。


「あたしはさ、ここで拾われて……そのまま、匿われたの。でもね、最初は拒絶したんだ。一緒にいたら、絶対に巻き込んじゃうって思ったの。

 シグだけじゃなくフェンネル家も、色々あってフェンネル家に居候してた、ルーシオのことも……本気で、拒絶した。

 たぶん、まともに身体動いてたら、手も出したんじゃないかな?」


 手を出してでも、自分を助けようとする存在を拒絶する。

 彼女には申し訳ないないが、「そうならなくて良かった」とロゼッタは内心思った。


 ……彼女のことだ。手を出した罪悪感で酷く苦しむに違いない。それは、目に見えている。


 そしてなんとなく、彼女の行動の意図は分かるような気はする。

 彼女の本質は、今も昔も変わっていない。そう、理解できた。


(わたしのスピネル行きの話も、これの影響受けてそうだしね……)


 なし崩し的に現状に持ち込めただけで、そもそもロゼッタはここにはいないはずだった。

 巻き込みたくないという強い想いがあったがために、エスメライはロゼッタを突き放そうとしていた。

 それは彼女の信念であると同時に、トラウマに近しいものだったのだろう。


 彼女は己の感情を誤魔化すように、身体をゆらゆらと前後に揺らしていた。


「でも、優しくされてるうちにさ。フェンネル家のみんなに……シグに、惹かれちゃったんだよね。あたし、この人と一緒にいたいって……そう、思っちゃった」


 エスメライの指に嵌められた、指輪が鈍く輝く。

 プロポーズしたのは間違いなく、フェンネル家に対して心苦しい感情を持つ彼女からではなく、シグルーンの方からだろう。


 彼女は、断れなかった。

 助けてもらったから、という罪悪感からでも、義務感からでもなく——彼女自身の、想いゆえに。


 そうでなければ、今、彼女がその瞳を潤ませる必要はないだろう。


「馬鹿だよね。さっさと離れとけば、あたしの事情に巻き込まずに済んだのに。

 一緒にいたら巻き込むって、ちゃんと……最初から、分かってたのに」


 何を返せば良いのか、分からない。

 そんなロゼッタの気持ちを理解しているのだろう。エスメライは涙をこぼすまいと、少し上を向いて話し始めた。


「シグはさ、優しくて、おっとりした性格で。それでもやるべき時は懸命に働く人だったから、街の人たちみんなから好かれてた。

 だから、あたしは急に現れた怪しい人間でしかなかったのに、何故か受け入れてもらえたんだよね……みんな、優しいよね」


 確かに、エスメライは街の人たちに好かれている。

 それはシグルーンの功績でもあり、彼女の人柄によるものでもあるのだろう。


 だが彼女は、彼女自身は。

 そうは考えていないのかもしれない。


 街の人たちが優しいから。

 だから、部外者である自分も受け入れてもらえた。


 ……その程度の認識しか、していないのかもしれない。


(何か言いたい、けど……わたしはエスラさんたちの事情を、ちゃんと知ってるわけじゃないから……)


 否定したかったが、否定できなかった。

 当時を知っているわけではない自分が何かを言ったところで、薄っぺらな慰めの言葉を投げかけたところで、彼女の負担にしかならないと判断した。


「……」


 エスメライが、鼻を啜る音がした。

 あえて、隣は見なかった。


「三男だから、割と自由に過ごせるのが仇になっちゃった。10年前の話なんだけどさ。シグは、釣りに行ってくるって笑って出かけて……そのまま、帰ってこなくなっちゃった。

 みんなで探して、見つけたのがこの場所。ボロボロになって、今にも死にそうなシグが、そこに引っかかってた……それは、あたしを匿ったフェンネル家に向けた、ドラグゼンからのメッセージだったの」


「……ッ」


 あまりにも、あまりにも。

 残酷な現状が——そこには、あった。


(それから、シグルーンさんは……10年、目を覚ましてなく、て……)


 一体、エスメライは何度、自分を責めただろう。

 きっと彼女はドラグゼンを恨むよりも先に、自分自身を恨んだはずだ。


「正直さ、あたしはどんな目に遭っても構わないって思ったよ? でも、シグのためにも「生きて欲しい」って、頼みこまれたの。

 フェンネル家のみんなにも、街の人たちも。……誰も、あたしを、責めなかったの」


 いっそ責めて欲しかった。

 その優しさは、いらなかった。


 エスメライの、悲痛な号哭が聞こえたような気がした。


「もうどうにかなっちゃいそうなくらい、辛かったし、悲しかったけど……頼まれちゃったからねぇ。あたしに、死ぬって選択肢はなかった。

 死ぬわけには、いかなかった……でも、それでも苦しくて。毎日毎日、ずっと泣いてたんだ。そんなあたしに手を伸ばしたのが、ルーシオだったんだ」


「ルーシオさん、が……?」


 エスメライは、こくりと頷く。


「必要に応じて話して良いって言われてるから、軽く話すけど……ルーシオって、だいぶ悲惨な家庭環境で育っててさ。8歳の時に家出して、そのままフェンネル家に拾われたらしいんだ。

 だから、フェンネル家にはすごく恩を感じてたらしいの……特に同い年だからって優しく寄り添ってくれた、シグに対して」


「そう、なんですね……」


「あいつ、凄いんだよ? あたしがグズグズ泣いてる間に「このまま立ち止まってられるか」って気持ちを切り替えたみたいでさ。

 ルーシオは約束されてたはずの社会的地位も、あいつが夢見てたはずの温かい未来も全部切り捨てて、その上であたしに手を伸ばして「一緒に戦わないか?」って……誘ってくれたんだ」


 社会的地位。温かい未来。

 それが意味するものは分からないが——そこには、壮絶な葛藤があったはずだ。


 そもそもルーシオはラザラスと同じ、裏の世界を一切知らずに育った人間だ。

 しかし今では元軍人のエスメライやヴェルシエラと同等の働きを見せているし、分野によっては彼女らを上回る部分も多いだろう。


「あたしはただ、その手を取っただけなの。本当は、何もしてないの」


 エスメライは、自嘲的に笑う。


「何もしてないのに、経歴を理由にあたしがリーダーって扱いになってるだけ。しかも、表向きはそれすらクロウに押し付けちゃってるしさ」


 確かにそうかもしれない。

 そうなのかも、しれない。


(たぶん、エスラさんは自分では分かってないんだろうけど……)


 彼女は、ドラグゼンにありとあらゆる意味で酷く傷つけられた人間だ。

 もう嫌だと逃げ出しても、おかしくなかったはずだ。それをしても、きっと誰も咎めなかったはずだ。


 それなのに「戦う」と決意してみせた……そんな彼女も強い人だと、ロゼッタは心の底から思った。

 

 当時を思い出しながら、エスメライは「あはは」と弱々しく笑う。


「……とはいえ、最初の数年は相当に酷かったんだよねぇ。フェンネル家の人たちや街の人たちがこっそり手伝いにくるレベルで、なかなかのポンコツっぷりを発揮してたの。

 それこそ、ドラグゼンから全力で放置されてたくらいには。……いくらなんでもさ、敵から放置されんのは酷くない?」


「う、うーん……」


 それは酷い。否定はできない。

 とはいえ軍医とハッカーだけで戦おうとする方が無茶だろう。


 彼女らの最初の仕事は、仲間集めだ。

 こればかりは仕方ない。


「まあ、まずは戦闘員確保からですよねぇ」


「そうなんだよねぇ。変わり始めたのは、クロウとレヴィが来てからの話。そしてヴェルさんと再会して、後方支援部隊が軌道に乗り始めて。

 もう経緯があまりにも酷すぎて素直には喜べないんだけど、3年前にラズが来てくれた。

 そして今年は、あんたやオスカーさんも助けてくれてさ……本当に追い風が吹いてるなって、思ってる」


「……」


 自分はともかく、実質スパイのような活動をしているオスカーの存在はあまりにも大きい。

 それは今までのステフィリオンには存在しなかったカードだ。


 ——今、ステフィリオンは。ドラグゼンの盤石な基盤を揺るがすような一手を打とうとしている。


「だからこそ、あたしはここに来たの。こういう状況だからこそ、初心を忘れちゃいけないなって思ってさ」


「初心……そうですね。大事な、ことですよね」


「時々、来るようにはしてるんだ。何なら、闇オークションが近づいたら、もう一度来るよ」


 そう言って、エスメライは立ち上がる。


「なんであたしたちが戦い始めたのか、何がきっかけだったのか……ここに来れば、嫌でも思い出せるから。最初の決意を、揺るがせずに済むから」


 エスメライの芯の強い黒い瞳が、水面に映る月を捉えている。


 彼女はもう、涙を浮かべてはいなかった。


「……。エスラさん。お願いが、あるんです」


 彼女の姿を見て、ロゼッタは口を開く。


「わたしのこと、気にしないで欲しいです。わたしにできることは少ないですし、心配ばかりかけてますけど

 ……それでもわたしは、エスラさんたちの仲間でいたいです。だから、申し訳なく思わないでください」


「ロゼッタ……」


「まあ、エスラさんたちは、ラズさんたちに対しても色々申し訳なく思ってることは知ってますけどね。

 でも、わたしに対しては、特にそれが強いように感じたので」


 エスメライの話を聞いて、強いだとか、格好いいだとか。その手のストレートな思いを抱いてもいた。


 だが、今、口に出すべき言葉はこちらだろう。


 彼女は優しく、自罰的な面を持つからこそ、誰かに対して罪悪感を抱きやすい。

 間違いなく、その原因の1つがシグルーンの事件だ。


 ゆえに、こちらから戦わせて欲しいと……自分は仲間だと、伝えたかった。


(わたしのことも追い風だって、言ってくれるなら……なおさら)


 何も嘘は言っていない。

 すべて本心だ。


 ロゼッタはニコリと笑い、エスメライの顔を覗き込む。


「そもそも、わたしだってドラグゼンを憎んで戦う権利、あると思うんです!

 わたしはドラグゼンがいないと、産まれてすらなかったとは思いますが……それとこれとは、話が別なので!」


 ロゼッタが皆に会えたのは、産まれてきたのは、ドラグゼンのおかげではある。

 だがそれは、たまたまロゼッタの運が良かっただっただけの話だ。


 その裏で数多の命が犠牲になっていることを、似たような立場だからこそ、彼女は理解している。それは決して喜ばしいことではない。


 だからこそ、断ち切らなければならない。

 そのために戦うステフィリオンの力に、なりたかった。


 エスメライは目を丸くし、そして、笑う。


「……ありがとね。頼りにしてるよ」


「はい!」


 とはいえ、明日……というよりは今日の任務に着いて行って、自分が闇オークション会場に行っても大丈夫かどうかを見極めるのが先だ。


 それでも、何となく大丈夫な気はしている。

 オスカーと顔を合わせた時の反応はイレギュラーだろうと、思う気持ちはある。


(それでも心配だし、みんなはもっと心配してくれてるだろうから、証明するためにも頑張らなきゃ……)


 ぐっと、エスメライに見えないように拳を握りしめる。

 とりあえず、彼女は帰るらしい。転移(テレポート)を使いましょうかと声を掛けようとした、その瞬間。


 ゆらり、と。

 柔らかく暖かな、優しい魔力の波長を感じた。


 そして、今となってはとんでもなく見慣れた白鴉が、急に現れた。


「あ」


 盛大に、目が合った。

 なるほど、確かに転移は分かりやすいな、これで敵陣のど真ん中に突っ込むのは危険だな、などと考えつつ、ロゼッタは口を開く。


「な、何しにきたの……?」


 エスメライかルーシオならともかく、クロウがここに来る意味が分からない。

 そう思って問いかけると、彼は決まりが悪そうに吐き捨てる。


「うるせぇ。思うところがあって、オレもたまに来てんだよ」


 ちらり、と横にいるエスメライの顔を一瞥する。

 彼女はしつつ、事情を話してくれた。


「ここが始まりの場所だって話は、クロウにもしてるんだよね。

 それからはちょくちょく来てるみたい……まあ、理由は全然話してくれないんだけどさ」


 なんと彼女も、理由は知らないらしい——なら、自分にも絶対に話してくれないだろう。

 かなり気にはなるが、諦めることにする。


(うーん、表向きのステフィリオンリーダーだから、とかかなぁ……)


 ひとまずクロウの事情は踏み込まずに、エスメライを連れて拠点に飛ぼうか。

 そんなことを考えつつ、エスメライに軽く会釈してから横を通り過ぎるクロウの横顔を眺める……何となく、心がざわついた。


「……。クロウ」


 思わず話しかけると、彼は素直にこちらを見てくれた。

 何故か、それに酷く安堵してしまった。


(しまった。呼び止めちゃったけど、理由考えてなかった……)


 何を言って良いのか分からない。

 ここは、当たり障りのないことを言っておこう。


「早めに帰ってきてね。たまには、ちゃんと休んだ方が良いよ」


 この8年間において、彼が負傷しているわけでも病気になっているわけでもない状態で任務不参加、という状況は限りなく皆無だったと思われる。


 悲しい話だが、最初からステフィリオンという組織でのクロウの立ち位置はそういうものであり、間違いなくクロウ本人も意図を理解し、行動している。


(そもそも、それありきでスカウトされてるわけだし……)


 諸々の事情は、分かっている。

 だからこそ、休める時に休んで欲しいという思いが、ロゼッタにはあった。


「……」


 ロゼッタの声掛けに対して、何を思ったか。

 クロウは少し逡巡し、視線を逸らす。


「心配すんな。少なくとも、朝日が昇るまでには帰る」


「あ、そっか。日光が……」


 アルビノは紫外線に弱いという話は、聞いていた。

 だが、クロウは静かに首を横に振るった。


「日光は『体魄強化(オルガノス)』強めに掛けりゃ、どうにでもなる。実際、昔はそれで歩き回ってた」


 風が、吹く。

 クロウの前髪が流れ、顔に残された酷い火傷痕が顕になった。


「オスカーさんのお陰でマシにはなったし、手術でどうにかなるモンを放置してる部分もあるにはあるんだが……」


 彼の左の袖は、もう風になびいてはいない。

 ……だが、それでも。


「……。オレのこの酷いナリじゃ、人目につく場所には出られねぇんだよ」


 クロウは乱れた前髪を直し、自嘲的に、笑う。


「最初から脅すのが目的ならアリだが、普段はそうじゃない。だからこそ、オレは基本的に、人がいない深夜帯にしか外に出ないって決めてる。

 ……つーわけで、ここに来るのも夜中限定だ。誰にも会わねぇ可能性はあるが、念のためな」


 限られた空間の喫茶店の中ならともかく、不特定多数の人々が行き来する街に出ることはできない。

 その結果、なるべく人目につかないように拠点に篭ることしかできない。


 ——彼は、太陽の下には出られない。


(嫌なこと、言わせちゃった……)


 申し訳なくなってしまい、言葉が出なくなってしまった。

 そんなロゼッタを見て、クロウは軽く息を吐く。


「つーか、アルビノって時点で元からアレなんだよ。第一、どうにもならなくなったら魔術で見た目誤魔化せば良いだけの話だ。そんなに困ってねーよ」


「……ごめん」


「謝んな。そんなことより……さっさとエスメライさん連れ帰ってくれ」


 そう言って、クロウは呆れたような視線をエスメライに向ける。


「エスメライさんもエスメライさんで、ひとりで出歩かないでください。普通に危ないですし、

 どうせまた()()()()()()やったんでしょう? ……あれ、相当に心臓に悪いんですよ?」


「あ、あはは……ごめんな……?」


 身投げもどき。

 とんでもないパワーワードだが、確かにあれは身投げもどきだし、心臓には相当に悪かった。見た瞬間のことを思い出し、ロゼッタは苦笑する。


「そうですね、確かにあれは酷いです」


「次から気をつける……」


「お願いします。じゃあ、帰りましょうか。転移で送りますんで!」


 そう言って、ロゼッタはエスメライに手を伸ばす。

 伸ばされた手を掴んだ瞬間、クロウから「ロゼッタ」と声をかけられた。


「言われた通り……今日は早めに戻って、きっちり休むから。あんま、気にすんなよ。

 つーか、色々と気にさせちまって……悪ぃな」


 そう言って微笑む彼の表情はどこか、弱々しく感じられた。


(……。あまり、踏み込みすぎるのも、な……)


 無理矢理引っ張って帰ることもできたが、「早めに帰る」と言う彼に対してそれをするのは違うだろう。

 何となく引っ掛かるものを感じつつも、ロゼッタは言葉を返した。


「うん。ちゃんと帰ってきて、ちゃんと休んでね! じゃあ、またね!」


 いつの間にか背を向けていたクロウは振り返らず、ひらひらと手を振る。そして、川に向かって歩いて行った。


 それを確認しつつもエスメライの手を握り、ロゼッタは目を閉じる。

 今ではすっかり慣れてしまった術を発動させ、彼女らはひと足先に拠点へと戻った。

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