92.愛すべきポンコツたちへ
シックな装飾が施された、扉の前。
オスカーは軽く息を吐き出し、扉をコンコンと叩いた。
「オスカーかい? そうなら入っておいで」
慣れ親しんだ兄貴分の声。
罪悪感からか、ほんの少しだけ心臓が跳ねた。
「……ん、ありがと。入るね」
軽く返してから、扉を開ける。
少しだけ白髪が混ざった暗いチャコールグレーの髪と、眼鏡で隠していない“青の瞳”を見ると、何となく気持ちが落ち着いた。
サングラスを外し、オスカーも隠していた金の瞳を露わにする。
目の前で椅子に座っている男——カミーユはオスカーの顔と、持ってきた大きなカバンを見て、怪訝そうに眉をひそめた。
「おいこら、死にに行く気かい? それ、君んとこの子たちの履歴書の類と事務所の機密文書だろ?
そんなん僕に押し付けていくのは、ものすごくどうかと思うんだけど?」
「あはは。まあ……もしものことは、あるからねぇ」
「……」
「一旦預かっといてよ。明後日くらいに取りに来るからさ」
「はいはい、分かったよ。その辺に置いといてくれ」
万が一のことを考えるのは、経営者として当たり前のことだ。
自分の事務所に、Obelisk Agencyに所属することを選んでくれた子たちの人生を、自らの復讐に巻き込むような形で潰すような真似は、絶対にしたくない。
そして今回頼れるのは、全ての事情を知る兄貴分、カミーユだけだ。
「んー、悪いね」
心の底から申し訳ないとは思いつつ、オスカーは指示されたローテーブルの上にカバンを置く。
それを見て、カミーユは頬杖をついて口を開いた。
「明日の夜9時半、だったか? 打ち合わせはきっちりしてるんだろ?」
「えーと、ねぇ……」
正直、とてつもなく、怪しい。
大丈夫だなんて言えない。
(一昨日の時点で、まだ計画の最終案が確定してなかったんだよね……昨日定まったっぽいけど、俺はまだ、細かいとこは共有されてないし……)
口には出さない。
口には出さない、が、カミーユの前では無駄な抵抗だ。
……結果、凄まじい勢いでため息を吐かれてしまった。
「あのポンコツ組織に可愛い弟分を任せるの、僕は相当に心配なんだけど?」
「あ、あはは……?」
カミーユは心底嫌そうな顔をして、オスカーを見つめている。
誤魔化すことはできない。フォローのしようがない。
残念ながら現ステフィリオンがポンコツなのはどう足掻いても揺らがない。そこはもう諦めている。
……諦めるしか、なかったともいう。
「闇オークションの参加者とか、そのポンコツ組織から上がってくる情報を見るに、今回が最初で最後のチャンスというか……だから、計画の練り直しが多発したみたいで……」
「……オスカーは絶対行かなきゃダメなのかい?」
嫌がられている。
遠回しに行くなと言われている。
それでも、答えを変える気はない。
「行くよ。ちょっとでも成功率、上げたいからね……俺だって、直接アロスフォードをしばきたくはあるからwin-winな部分もあるし?」
「はぁ……」
カミーユは頬杖をついたまま不機嫌そうに目を細め、深く、本当に深く息を吐き出す。
「そうだろね。僕も行けるなら行きたかったというか。僕まで動いたら絶対に大惨事になるから、行かないけど。そもそも僕は君以上に対人戦には向かないし」
オスカー自身もそうだが、カミーユが対人戦に向いた能力を持っていたなら絶対にドラグゼンを相手に特攻した。
何なら、デイジーに「生きて」と言われて身動きが取れなくなっていたオスカーの代わりに秒で特攻したまである。
……カミーユは、そういう男だ。
だからこそ、思う。
(ほんと、にーちゃんがそういう能力持ってなくて良かったよ)
26年前の出来事を思い出しながら、オスカーは苦笑する。
「はは、にーちゃんは交渉とか尋問とか、そっち系なら強いんだけどねぇ」
「『真聴』で物理的にしばくのは無理だからなぁ」
オスカーが付与系特化のデバッファーなら、カミーユは真聴一点特化の魔術師だ。
しかも一点特化ゆえに本気を出せばタリスマンどころかオスカーのような格上すら貫通する“最恐嘘発見器”である——その能力と、竜人族の血を引く証である青の瞳を、完全に隠しているだけで。
(だから、にーちゃんには嘘が通じないわけだけど……)
そもそもオスカーに非魔術師を装うようにと助言したのはカミーユだ。
産まれて間もないオスカーの金色の目を見た瞬間にカミーユと、医師である彼の父親はすぐに「この子の力は、この子がすべてを理解できるようになるまでは絶対に隠し通してください」とドレイク夫妻に進言したらしい。
だからオスカーは能力の隠し方も、その理由も、全てカミーユに教わった。
そして、彼にだけは一切の隠し事ができないからこそ……何度も、支えられてきた。
(……。うん、言うかぁ……)
そんな兄貴分に感謝しながら、同時にどうしようもないほどの申し訳なさを抱きながら、オスカーは派手に目を泳がせる。
「今回の件が終わっても、ね。あの子たちがお片づけが全部終えるまでは、サポート続けるつもりだよ。だから、しばらくは心配かけると思う。ごめん……」
そう言えば、カミーユは心底呆れ返った様子で机に視線を落とした。
「まあ、よりによってラザラスくんを主力にしてる上に、彼の真聴対策を永遠にする気がなかったポンコツ組織な時点でねぇ……
放置するのは心配だよね、僕はラザラスくんのシフトをどうにかこうにか調整することしかできないけど……」
——非常に困ったことに、ラザラス経由でステフィリオンの存在を把握したのは、オスカーよりもカミーユが先だった。
ドラグゼンへの復讐を果たすためにステフィリオンと接触を測ろうとしたものの、下手に動けばオスカーに危険が及ぶ。
そのため2人はこの3年間、ステフィリオンに接触するための計画を綿密に練り、実行に移していた。
しかし、ステフィリオン側は年単位でオスカーに気づく気配がなかった。
……本気で「馬鹿なんじゃないか」と頭を抱えるレベルで、気づかなかった。
だからもう、意図的に目立ちに行くしかなかった。
そこまでやって、ようやく気づいた…‥かと思えば、アレだ。
オスカーは「はは」と、渇いた笑い声を上げる。
(色々酷すぎて、いっそのこと間抜けを拗らせたドラグゼンサイドの人間か、
もはや全然関係ない変な子たちであってくれって思ったもんね……間違いなく俺以上に、にーちゃんが)
最終的にオスカーがわからせにステフィリオンの拠点に乗り込んだことを聞かされたカミーユの気持ちが、お分かりいただけただろうか——。
「で、どうなんだい? 勝算はあるんだよね?」
「ある。俺がいなかったら万物がヤバかったと思うけど」
「はぁ……」
カミーユはもはや、ここではない“どこか”を見ていた。
オスカーも大概に現ステフィリオンをポンコツ呼ばわりしているが、カミーユはその上を行っている。
何ならもはや「ポンコツ」としか呼ばない。流石に可哀想じゃないかなと思うレベルで呼ばない。
彼は完全に第三者として客観的に、感情が一切入らない冷静な視点からステフィリオンを見ている。
これはもう仕方がない。
彼らはどう足掻いたってポンコツだ。
「ポンコツとはいえ、10年生き残る程度の力はあった子たちだからねぇ……とはいえ、色んな意味でギリギリが過ぎるから、今年中に終わらせたい。そのためにも、明日は全力で暴れてくるよ」
「うん。僕目線でも義妹と姪っ子殺されたようなものだし、心配はしても、止めはしないけどね」
カミーユは机の中から、シンプルな2つの指輪を取り出した。
「……というわけで、これ渡しとくよ。今はただの指輪だから、術だけ掛けてって」
「え、もしかして『祝環』? 良いの?」
祝環は、離れた相手に魔力を送る光属性の上級魔術。
カミーユは片方を取り、右の人差し指に嵌めた。
そして、困ったように笑ってみせる。
「良いよ。そのために僕、ひっくり返っても良いように明日と明後日の予定空けた。
今回は事前にきっちり分かってたからね。上手いことスケジュール調整できたんだ」
「……ありがとね」
「ん。好き放題やってきな」
笑い返し、オスカーも右の人差し指に指輪を嵌める。そして、術の名前を口にした。
「【祝環】」
嵌めた指輪が、強く光る。
術がしっかり掛かった証拠だ。
カミーユの力強いサポートを受けたオスカーは軽く息を吐き、拳を前に突き出す。
「メインは俺じゃないけど、きっちり決めてくる。任せて」
「ああ。応援してるからな」
こつん、とカミーユの拳が突き出した拳に当たる。
無茶苦茶な復讐劇に協力してくれた、頼れる兄貴分。彼がいたからこそ、ここまで頑張れた。
だからこそ、自分は現ステフィリオンを支える存在で在りたい。
(さーて。あとはあの子たちに、しっかり頑張ってもらいますかね)
事前にやるべきことは、すべて終わった。
本番は、明日。
カミーユの事務所、Novalis Studio——かつて、自分が所属していた場所。
その社長室を出たオスカーは、肩をほぐすために手を組み、腕を伸ばす。
(あはは、それなりに緊張してるっぽい?)
自分らしくないなと思うと同時、それも当然かと軽く息を吐き出す。
不幸の連鎖を、断ち切るために。
誰かに残酷を強いる世界を、終わらせるために。
——そのために、今は動く。
オスカーはスマートフォンを手に取り、耳に当てる。
「やあ、準備はもうできてるかい? 最後の確認、させてもらうよ」
『わ、わわ、ちょっと待ってくれ……!』
「……ちょっと?」
電話の向こうで慌てるまだまだポンコツな相棒に苦笑しつつ、オスカーは空を見上げた。
(この子たちを、含めて……最後は、皆が笑って過ごせたら良いなぁ)
第3章『絡み合う因果、悪意の残滓』完結。
——次に踏み込むのは、もっと深い闇だ。
それでも、わたしたちは闇に踏み込むと決めた。
次章。
闇オークション編へ。




