90.落とされる側の論理-2
「……」
ヴェルシエラは、ラザラスは「補足しときます」という声に反応し、逸れていきそうな意識をここに戻した。
「社長は58歳で、こっちはたぶん公称通りでしょう。容姿が整っている人ではありますが、社長は最初から社長なんです。タレント歴があるわけじゃないですし、偽る理由がないかと。
……問題はオスカーさんが年齢かなり盛ってたせいで、地味にややこしくなったことですね」
オスカーとカミーユ。
彼らの実際の年齢差は、12歳だ。
(何気にアタシたちより離れてるのよね。アタシとラズちゃんが出会ったのが17年前だし……うーん、アタシたちでコレなら、2人はもっと早く出会ってたんじゃ……)
自分たちの微妙に距離のある関係はラザラスが傷ついて心を閉ざしてしまったのも原因ではあるが、それを抜きにしても、オスカーとカミーユは仲が良すぎる気がする。
今年だけで見ても、オスカーはノヴァリス所属タレントのラザラスに対し、公開処刑にドッキリとかなり愉快なことをやらかしている。
事務所の社長であるカミーユが怒り出してもおかしくない状況だ。
そしてカミーユもカミーユで、自分の事務所のタレントが公開処刑されているのを見て楽しんだ挙句、オスカーに対して「生放送でALIAの2人にALICEの現状を語らせろ」という無茶振りを飛ばす始末だ。
何なら7年前にはアンジェリアとジュリアスの取り合いをしているし、今後はラザラスの取り合いを本人の意思はガン無視で始めそうな気さえする。
冷静になって考えてみると——何なんだ、このふたりは。
(何というか、遠慮が無いのよねぇ……お互いに)
オスカーオタクのラザラスのことだ。
彼らの仲良しエピソードはまだまだ把握しているに違いない。
そしてラザラスノヴァリス所属後、あえてオスカーに会わないように立ち回っていたに違いない。
……なぜなら、必死に作り上げた化けの皮を剥がされるから。
そして頑張って逃げ回っていたにも関わらず、最終的にオモチャにされているのが現実だ
……ちょっと不憫かもしれない。
(多分、ラズちゃん本人は満更でもない気がするのよね。この子、ちょっと……じゃなくて)
ヴェルシエラはゆるゆると首を横に振るった。
(今は仲良しおじさんたちの年齢差のことを考えるのが優先だわ。だって、絶対にカミーユは無関係ではないもの)
無関係ではないとすれば、一体、カミーユはどこまで把握しているのだろうか?
全員が同じことを考えたのか、ほんの少しだけ不穏な空気が流れる。
だが、その沈黙を打ち破るように、ラザラスが話し始めた。
「これだけ年齢が離れてて親しいってなると、普通に考えたら幼少期から繋がりがあったと考える方が妥当かと。まあ、たまたま出会ってたまたま感性が一致した可能性もありますが……多分、後者は無いですね」
ラザラスの言葉に頷きつつ、ヴェルシエラは口を開いた。
「んー、無難なラインで考えるなら、ドレイク家に仕えてる人間の子どもなんでしょうね」
「でしょうね。俺の見立てだと、なんとなく貴族ではない気がします。貴族の遠縁ではありそうですが」
貴族は貴族でも、オスカーのような例外を除けば長子が跡を継ぎ、第二子以降はそれぞれの人生を歩む。
そのためカミーユが貴族である線も捨てきれないが、早く出会う可能性が高いのは側仕えの人間の子ども、だろうか。
(いきなり事務所立ち上げてるわけだし、お金はありそう。専属医の子どもとかが妥当な線かしら? 気になるけど……それは、アタシの役割じゃないわ)
ヴェルシエラはルーシオへと視線を移す。調べろ、という意図だ。
彼にもその意思はあったようで、こくりと頷き、そのままラザラスの方を見た。
「そうだな……最悪な事態が起きた場合はラザラス、お前は芸能界引退しろ」
ルーシオの発言に、ラザラスは苦笑している。
「手遅れ気味、というか、オスカーさんの立ち回り次第だと普通に終わりかねないような……」
「辛うじて終わんねぇよ。大丈夫だって信じちゃいるが、それでもこっちの手札のすべては見せてない」
相手が突然生えた推しだとしても、ルーシオはそれなりに弁えていた。組織としてあまりにも致命的なものはオスカーにも見せない、という判断を下したのは彼だ。
とはいえ水面下の交流があったためか、彼自身はオスカーのことをかなり信頼しているようだし、必然的にカミーユのことも白認定しているようだが。
「……ま、信じるためにガッツリ調べるけどな」
一番嫌なのは「カミーユがすべてを知った上で、オスカーが騙されているパターン」だ。
しかし、オスカーが素直に騙されるとは思えないため、それは無いような気がする。
仮にそうなら、政府官僚すら手のひらで転がしてしまう手腕を兄貴分に対して発揮しているに違いない。
(何なら、カミーユ社長に関してはジュリーちゃんの件もあるからねぇ……頼み込めば、全面協力してくれそうな気もするのよ。する気はないけど)
最低限の自衛はできるオスカーとは異なり、カミーユの能力は未知数だ。
ヴェルシエラは雑誌でカミーユの姿を見たことがあるが、彼はごく普通のヒト族だった。
少しだけ白髪が混ざった暗いチャコールグレーの髪に、眼鏡で隠れた青紫の瞳が印象的な、褐色肌のオシャレなおじさん。
落ち着いた濃い色彩を見るに、彼もまたグランディディエ人で間違いないだろう。
(……。眼鏡外したら目が青い、とか普通にありそうね。サングラス外したら目が金色、の前例があるし)
芸能関係者なだけあって一癖あるだろうし、オスカーという前例があるせいで能力擬態をしている気しかしないが——それでも優しげな表情をしている彼には、そのままでいて欲しいと願う。
(これ以上、一般人を巻き込むのは避けたいわ。こっちからは、何のアクションも起こさない。ALIAとしてのラズちゃんを、アンジェちゃんやジュリーちゃんを助けてくれるなら……それで、充分だわ)
彼には彼の、役割がある。
カミーユには目立つ場所で、一切の闇を背負わずにドッシリと構えていて欲しい。
そしてALIAの未来を、守って欲しい。
ヴェルシエラは、ラザラスへと視線を向ける。
「とりあえず、ラズちゃんはもうしばらく語りましょうか」
そう言えば、彼は「えぇ……?」と困惑の声を漏らす。
「べ、別に構いませんが……多分、役立ちそうな情報は本当にもう出ませんよ?」
「良いのよ。アナタが楽しそうだから」
何故か一定の需要がありそうだし、と勝手に思いつつ、ヴェルシエラはこっそりルーシオを見る。
きっと今までの彼なら話を聞かずにカミーユについて調べに行っていただろうに、普通にラザラスの話を聞く気だ。
もうこれは本当に落ちたな、彼は手遅れだな、とヴェルシエラは苦笑した。
(……ちょっとくらい、息抜きは必要だもの)
1ヶ月半後には、絶対に失敗できない戦いが待っている。
ここから先は、潜入調査および訓練に追われる日々が続くだろう。
だからこそ、こういった息抜きの時間は大切だ。
ロゼッタとレヴィ、それからエスメライはあまりラザラスの話に興味を示していないように見える。
……が、ヴェルシエラの視界の片隅に「オレは興味ないんで」という顔をしつつ、こっそり話を聞いていそうな青年が映り込んだ。
(うん。この子も時間の問題な気がするわね……そうよね、この子は逆にオスカーから可愛がられちゃってもいるし……逃げても追い掛けられる側にいるし……)
——本当に“犠牲者”が多発する未来しか見えない。
オスカーが男性目線で見ても魅力的なのが悪い。
何なら油断すると自分も犠牲になりそうで、もはや他人事ではない。
犠牲者多発は仕方がないにしても、自分だけは絶対に陥落してはならない。
とにかく、ひとりくらいはオスカー相手に理性を保てる男が生きているべきだ。
(アタシだけは、生き残らなきゃ……)
何故かヴェルシエラはひとり、変な決意をする羽目になった。
とはいえ……強く、思う。
(オスカーさんがこっち側で、本当に良かったわ)
もう、オスカーやカミーユが敵陣営である可能性は追わない。追うべきではない。
目の前にあるものすべてを疑っていては何も始まらないし、この程度の博打すら打てないようであれば、現ステフィリオンは本当におしまいだ。
軽く息を吐き出し、ヴェルシエラは苦笑する。
「スイッチ入れといてなんだけど、疲れない程度でお願いね? 喉乾くだろうから、さっと飲み物入れてくるわね」
やけに楽しげだったり、興味がなさそうだったりする仲間たちを見つめたあと、ヴェルシエラはキッチンへと向かった。




