90.落とされる側の論理-1
ラザラスは、困惑していた。かなり困惑していた。
それも無理はないなとは思いつつ、ヴェルシエラは口を開く。
「理由は2つ。1つは、アナタは油断すると限界オタクを拗らせるから。作戦中にキャパオーバーされたら困るからね」
「さ、流石に作戦中はそっちに集中しますって!!」
分かっている。
ラザラスは年季の入ったオタクといえども、いくらなんでもそこまで愚かではない。
推しの魅力でキャパオーバーするにしても、作戦が終わった後だろう。
キャパオーバーしたとて、作戦が終わった後なら何の問題もない。
——つまり、主な理由は2つ目の方だ。
「冗談よ。2つ目の理由という名の本題……アナタに何かしら語らせといたら、オスカーの追加情報が落ちそうだなって思って」
ヴェルシエラは、チラリとルーシオを一瞥する。
「だって、ねぇ? 絶対に聞かなかったでしょうし、結果的にこうなってるから良かったとはいえ……ラズちゃんに話聞いてたら、あの人が魔術師、それも規格外って情報、抜けてた可能性高いもの」
「うぐ……っ」
抜けてた可能性、というか、確実に“抜けていた”——強いて言えば、オスカー・ドレイクを黒と仮定した動きをラザラスが容認できたかどうかくらいだ。
(ラズちゃんにそれができるかどうかは、五分五分ね……命の恩人を庇うか、信念を貫くか)
オスカーがいなければ、ほぼ確実にラザラスはここにはいないと言い切れる。
それほど、ラザラスにとってはオスカーの存在が大きい。あまりにも、大きすぎる。
(あの時のオスカー・ドレイク。漢気がありすぎて格好良いなって思っちゃったもの……アタシには、何もできなかったのに……)
元々ラザラスは俳優としてのオスカーに憧れていたが、そこからさらに拗らせるのは無理もない。
だからこそ、オスカーが限りなく白に近い位置にいてくれて、本当に良かったとヴェルシエラは軽く息を吐く。
「じゃ、ラズちゃん。お願い」
「……」
とりあえず、ラザラスに全力で語らせてみよう。
目線で促せば、彼は恥ずかしそうに喋り始めた。
「その、正直、さらに惚れ込みましたよね……あの人、なんで6年前に俺庇ったんですかね……全部、詰んでたかもしれないのに」
その通り、だ。
(そう、あの人はラズちゃんのために、諸々を覚悟して動いてくれたってことになるのよね……)
オスカーがこの場で語った話が事実であると仮定する。
そうであれば、かつての彼はそれまでのキャリアを全て捨て去り、年齢も偽って芸能界を1から駆け上がってみせた人間だ。
すべては、彼の家族を闇に葬り去った政府官僚たちに、一矢報いるために。
ラザラスは目線をテーブルに落とす。
「オスカーさんって、歌唱NGなんですよ。歌唱が伴う役は絶対に受けないですし、だからミュージカルの類も受けません。歌に自信がないのかなって思ってたんですけど……
多分、元々アイドルやってたからでしょうね。歌声だとか、歌い方の癖だとか。気づく人は気づくかもしれませんから」
「……。逆に歌に自信があったのかもしれないわね」
「でしょうね。俺も、そう思います……」
オスカーはありとあらゆるものを犠牲にしながら生きてきた。
それでも彼は、6年前。ラザラスに手を伸ばすことを選んだ。
——何もかも、水の泡になっていたのかもしれないのに。
ラザラスは「はは」と、どこか自嘲的に笑った。
「……。俺なら“俺”を見捨ててましたよ、間違いなく」
その言葉を、否定できる人間はいなかった。
(そもそも、「自分が動かないと」とすら思い至らなかったんじゃないかしら……)
ヴェルシエラ自身、迷わずに同じことをやれたかと言われると自信がない……情けない、ほどに。
「……」
静寂がしばしの間、続く。
ラザラスを一瞥したあと、ルーシオは軽く息を吐き出して口を開いた。
「あの人は多分、ほっといたら潰れる人間を放置するってこと自体が許せなかっただけだろ。
そもそも相当に芯が強くなきゃ、あんな立ち回りはやってらんねぇよ」
彼は、オスカーと水面下で交流を続けていた人間だ。
ゆえに、自分たち以上にオスカーのことを知っているのだろう。
「確かに最初は復讐目的だったのかもしれない。だが、その過程で集まっちまった自分の事務所の人間。そいつらの人生にさえ責任負う気満々なくらいだからな」
ここではないどこかを見据え、ルーシオはふっと笑う。
その表情を見て、ヴェルシエラは余計なことを確信した。
「……真似できねぇよ、あんな生き方は」
——いつの間にか、ルーシオがオスカーに落とされている。
(ちょ、ちょっと面倒なことになってるじゃない……!)
この大事なタイミングで、2人目の犠牲者が爆誕していた。
ルーシオが完全にやられている。
何なら1人目の犠牲者が微妙に驚いているレベルでやられている。
(あー……)
これは、作戦中にオスカーに落とされる人間が多発するかもしれない。
だが、もはや必要な犠牲だ。もう仕方ない。
特に男性陣が同じ男として、オスカーに憧れてしまうのはもう仕方がない。
そもそもオスカー・ドレイクは毎年毎年、「上司になって欲しい芸能人」だの「兄になって欲しい芸能人」だの、その手の変なランキングに殿堂入りレベルで載る男だ。
……ただ単に、それが実証されただけだ。変なタイミングで。
「……」
ラザラスの発言にルーシオの追撃で、先ほどとは違う意味で変な空気になってしまった。
ヴェルシエラからの依頼内容を思い出したラザラスは、こほんと咳払いし、話を続ける。
「えー……そうですね。役に立つかどうか分からないこと、語ります……オスカーさんが今の事務所を立ち上げる前にいた事務所って、ノヴァリスなんですよ」
「アナタたちが今いる事務所よね?」
「はい。オスカーさんが“にーちゃん”ってよく言ってる、カミーユ社長の事務所ですね」
カミーユの事務所『Novalis Studio』は、多くの歌手や俳優が在籍している大手事務所だ。経営に問題がある、という話は一切聞かない。
所属タレントのひとりであるラザラスは、ルーシオへと視線を移した。
「社長のカミーユ・エリファレット。一応、調べといた方が良いかと。オスカーさんが白なら、しれっと変なことしてる社長も白判定で良いと思います。
ただ、ステフィリオンの存在を把握してる可能性が高いです……し、さっきのオスカーさんの話。ヒト族の例外枠ってカミーユ社長の可能性が普通にあるので……」
話を聞き、ルーシオはおもむろに頷く。
「あの社長、よくよく考えたらオスカーさんの年齢を6つも誤魔化して、しかも自分の事務所からデビューさせてんだもんな……
となると、少なくともデイジーさんの件は把握してる可能性が高い。何なら、ドラグゼンが何やってんのか把握してる可能性すらあるのか」
当たり前のようにルーシオが聞きなれない名前を出してきたが、間違いなくデイジーはオスカーの嫁の名前だろう。
(言い方が嬉しかった、みたいな話してたからね……厳密には結婚してなくて、子どもも産まれる前に……って感じかしら)
オスカーの境遇は、相当だ。
もはや理性を保ち切っているのが、不思議なほどに。
……否、もう、壊れてしまっているのかもしれないが。
(にーちゃん、ね。オスカーの話が本当なら……彼はきっと、カミーユに救われたのでしょうね)
頼れる身内、という存在は、どこまでも心強いものだ。
ヴェルシエラはかつて自身にもいた“身内”の存在を思い出し……胸が、痛んだ。




