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89.兆しの輪郭-2

 待ち時間は、ほぼ皆無だった。

 戻ってきたルーシオは、静かにテーブルの上にスマートフォンを滑らせた。


『あー……聞こえる? ロゼッタさん、大丈夫そう?』


 オスカーの声が聞こえる。

 その声に対する恐怖心は、全く無かった。


 むしろ、怯えてしまったことに対する罪悪感が強かった。


「えっと、ロゼッタです。すみません、気を遣わせてしまって……」


『いやいや。こっちこそ、ごめんね? ……大丈夫そうだね。安心したよ、本当に』


 オスカーは、電話の向こうで安堵している様子だった。

 だが、本来ならルーシオとだけ話すつもりだった彼の本題は他にあるはずだ。


 オスカーの声に気づき、全員が近くに集まってくる。


『単刀直入に聞くんだけど、かなり距離がある状態で『魔力譲渡(マギトランス)』行ける子いる? 

 一応、同じ船内だから『祝環(サンクティア)』レベルの術は必要無いかなって思うんだけど……』


「祝環……?」


 ロゼッタに限らず、あまり聞かない術名らしい。

 同じような反応をしている者が複数いた。

 状況を察したオスカーは「ごめんごめん」と笑いながら話し始める。


『とんでもなくマニアックな術だからねぇ、知らなくても無理はないよ。軽く解説しとくと、光属性の上級魔術だね。

 媒介に指輪か何かが必要になるけど、今いる場所が分からないくらい離れてる相手に魔力を送れる、というか相手が欲してるタイミングで魔力の吸い上げできるんだよね。やろうと思えば気絶する直前まで相手に魔力渡せちゃう術だよ』


「へぇ……」


『おじさまが使えるから、そっちでも良いんだけどね。でも、相手の状況ガン無視で魔力を吸い上げるわけだから、大事な場面で妨害しちゃう可能性もあるんだ。

 だから、今回の作戦には向かないなって思っててさ。使える子がいるなら、魔力譲渡の方が圧倒的に良い』


 祝環は実質、魔力譲渡の上位兌換と言えそうだ。

 とはいえ今回は離れているとはいえ、居場所が全く分からないわけではない。

 オスカーが言うように、祝環でなくともいけるだろう。


『客船だし、どれだけ離れても飛距離は数百メートルくらいかなーって思う。行けそうな子、いる?』


 やれそうな気はするが、やったことがない。

 どうだろうと考えていると、先にクロウが動いた。


「それくらいなら、オレが行けると思います」


『フェリシアくんかな? 君は『精神感応(テレパシー)』も行ける?』


「送受信ともに。……なるほど? それでタイミングと場所を合わせたら良いんですね?」


『だね。良かったー、使える子がいて』


(ちょ、ちょっと……!)


 話がまとまりかけているが、これをそのまま通すわけにはいかない!

 ロゼッタは勇気を振り絞り、叫ぶ。


「ま……っ、待った!!」


 声が裏返ってしまった。

 全員の注意が、ロゼッタに向く。


「わ、わたし……わたしも、行けるはず、です。『魔力譲渡』も『精神感応』も、どこまで飛ばせるか試したことないんですけど、それまでに実験しときます。でも、どちらも魔力量で押し切れると思います!」


 事情を知らないラザラスとオスカー、そしてやろうとしている張本人は分かっていないだろうが、クロウにそれを託すのは普通に危ない。


(そんな魔力めちゃくちゃ使いそうなこと、クロウにさせられるわけないじゃん!!)


 態度がデカいせいで、忘れそうに——すらならない。


 この男は油断すると死ぬ。粉雪に攫われる。

 なのに、このまま放置すれば勝手に話が進む。


「……」


 流石に反応は予測できていたが、クロウは心底納得がいかないと言わんばかりに視線を向けてくる。


「あのな。オレは今回の案件、そもそもテメェは行くべきじゃねぇと思ってるんだが。オレがどうにかできる範囲なら、それで良いだろ。お前が何もかもやる必要はねぇんだよ」


「それって逆に、クロウが何もかもやろうとしてるってことじゃん!」


 そう言い返せば、クロウは鼻で笑ってみせた。


「そうだよ。オレならやれるって自信もあるからな」


「そうかもしれないけど……っ!」


 実際問題、彼ならできるだろう。

 だが、リスクがあまりにも大きい。


 それなのに、彼はそのリスクの存在を考えない。

 明らかに、考えていない。


(……嫌い)


 モヤモヤする。

 すごく、嫌だ。


 だが、完全には言い返せない自分がいた。


(わたしは……正直、自信がない……)


 よりによって、オスカーに対して怯えてしまった。

 しかも、明確な原因は分からない。


「今回ばかりは、流石に「できるもん」って言いきれないけど……でも……!」


 その時点で「できる」と言う権利は、どこにもない。


「だろ? なら……」


 クロウはチラリと他のメンバーを見る。

 そして、黙って視線をロゼッタに戻した。眉間にシワを寄せている。


(あー……また数の暴力されたんだ……)


 またしても味方がいないらしい。

 こればかりは仕方ない。彼の場合は命に関わる。


 ロゼッタも顔をあげてみた。

 誰かしらが「頼んだ!」と言い出すのを期待していた……のだが。


(あれ?)


 今回ばかりは、どちらにも賛同できないという雰囲気だ。

 全員が全員、反応に困っている。


 何なら、クロウの体質を知らないラザラスやオスカーですら、黙り込んでしまった。


(薄々、察してはいるのかも……)


 よくよく考えてみると、ラザラスは考察力に長けているし、それは政府官僚を()()()にしているオスカーに関しても同様だ。

 彼らはクロウにその行為をやらせた場合、何らかの問題が生じる可能性に気づいているのかもしれない。


 オスカーは「うーん」と唸りつつ、再び話し始めた。


『理由、言ってなかったね。おじさまねぇ、会場全体に『断崩霊(アナイア・ディスペル)』と『恐種(アビスシード)』の2つ。ほぼ同時に展開しようかなって考えてて。

 ……あ、安心して? 恐種はともかく断崩霊は対象指定して君らは外すから!』


 誰かが「は?」と言った。

 もはや誰が言ったか分からないレベルで複数名が言った——当たり前だ。どちらも上級魔術なのだから!


(分かる、分かるよ? 魔術の発動を阻害しつつ、「怯えさせる」的な意味で痛めつけたいんだろうなってことは! それくらいやったって、余裕で許される人だし!!)


 サラッととんでもないことをしようとしているオスカーは、電話の向こうで「ふふ」と笑った。


『元々、『恐種』はやる気だったんだけどねぇ、念には念を入れときたいじゃん? 奴隷欲しがる人間って基本的に非魔術師か魔術師でも初級までしか使えないようなのばっかなイメージあるけど、

 万が一例外が混ざってて『転移(テレポート)』で逃げられたり、『精神感応』で外に助け呼ばれたりしたら、もう最悪じゃん? そもそも運営側に変なの混ざってる可能性もあるし』


 ルーシオが小さく唸りつつ、口を開く。


「た、確かに……電子機器でのやり取りは防げるが……」


『でしょー? 魔術が得意な有翼人と竜人が来ないのは、ほぼほぼ確定だけどさ……おじさま自身がヒト族の例外枠なわけで。分かってると思うけど、俺って限りなく竜人族に近い存在なわけで』


「……そうだな」


『これは、あえて言うんだけど……実は俺の身内にもう1人、ヒト族だけど中身は竜人族みたいなのがいるんだ。だから、それに気づいた瞬間に放置できないなって判断したんだよね』


「なるほどな。魔術師がいる可能性は一切否定できないってことだな」


『そ。……今回の作戦。関係者に魔術を使われる可能性は、徹底的に潰した方が良い』


 正論な上に、これは会場潜入組かつ魔術に長けているオスカーでないとできない立ち回りだ。

 全員が黙り込んでいると、オスカーはそのまま話を続けた。


『とはいえ、無茶苦茶しようとしてるのは自覚ある。だから、魔力的に厳しければ普通の『崩霊(ディスペル)』使うつもり。ただ単に、誰かしらの腕が吹っ飛んだら面倒ってだけだからねぇ。尋問の類に影響出そうだし』


 やったことも見たこともないが、崩霊の広範囲展開も充分に凄いような気がする。

 そっちならできる、と言い切れる程度の実力はあるようだ。


(流石に、上級魔術の同時展開は厳しいってことだよね……)


 要するに「どちらか片方分の魔力を肩代わりしてくれ」という話である。

 クロウでもできなくはなさそうだが、あまりにも負担が大きすぎる。


 その上で、ロゼッタは口を開いた。


「……。わたしがやります。わたしは前線には立たないですし、クロウは極力万全な状態にしておくべきかと。魔力量には、自信があるので」


 条件が条件だ。

 オスカーや彼の身内のような例外枠はいないことを願いたくはあるが、今回ばかりは「本当に失敗が許されない」のだ。


 ゆえに、些細な可能性であっても、消しておきたい。

 少なくともここは、オスカーよりも圧倒的に魔力量が多い人間が動くべき場面だろう。


 ……だが、誰も「頼む」とは言い出せなかった。


(切り捨てるのは、わたしの方だと思うんだけどな……)


 危険に晒すのはロゼッタかクロウか、と言われれば間違いなく自分の方だろう。

 錯乱してしまったとしても、邪魔にならないように、その辺に転がして放置してしまえばいいだけだ。


 だからこそ、「本当に優しい人たちだな」と思った——だが、優しすぎる。


 このままでは話が進まない。

 言い出せないなら、自分から話を振ろう。


 ロゼッタはゆるゆると頭を横に振るい、微笑んだ。


「万が一怯えちゃったら、影の中で大人しくしときます。それなら、大丈夫かなって思うので」


 自分には影の中という逃げ道がある。

 だから、大丈夫。


 そもそも、恐怖心で動けなくなる可能性が高いのは、戦闘員や警備兵、そして被害者がいる光が当たらない裏側ではなく、表の会場だ。心配する必要はない。


 それでも、誰も何も言い出せないのを電話越しに察したのか、オスカーは軽く息を吐き、口を開いた。


『……。ロゼッタさん。君に、頼んでもいいかい?』


「はい。こちらこそ、お願いします」


 この状況で「任せてください」と言えなかった自分の弱さを嫌悪しつつ、ロゼッタはおもむろに頷いた。


『そうだね……豪華客船だから、500m先に飛ばせる力があれば、余裕で行けるんじゃないかな。先に『精神感応』をやるから、そこに伝わせる形で『魔力譲渡』を発動させればいいと思う』


「分かりました」


 魔力譲渡はともかく、精神感応を使うのであれば、クロウかアンジェリアに協力してもらおう。両方に頼んで、成功率を上げても良いかもしれない。


(……せめて、事前にやれることはやっときたい)


 自分で、自分が信用できない。

 だからこそ、万全を尽くしたい。


 そんなロゼッタの想いを汲み取ってくれたのか、誰も否を唱えずにいてくれた。


 ルーシオが軽くオスカーと会話した後、電話は切れる。


「……」


 何とも言えない空気の中——ヴェルシエラが、とんでもない無茶振りをラザラスに飛ばした。


「ラズちゃん。今からオスカー・ドレイクについて全力で語ってくれない?」


「……は?」

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