8話 聖女が道具は便利と知りました。
今日は朝目を覚ますと、湯沸かしポットは定位置でグツグツと音を立て、トースターはジリジリと食パンを焼いている。フィリアもエプロン姿でコンロへ向かい、少しおっかなびっくり目玉焼きを焼いていた。
「どうしたの?」
「あ、勇者様、おはようございます」
魔法を使っていない? なんで?
返事はしてくれたけど、目はフライパンから離れなかった。
「申し訳ありません。手が塞がっておりますので、お布団を片付けていただいても?」
「ああ、わかった」
起き上がり布団を畳んでベットに乗せる。軽く掃除機をかけて座卓を部屋の中央に置いた。
キッチンを見るとコンロの火を止め、フライパンを持ったまま目玉焼きの行き場を探していた。
皿を出し忘れるなんて珍しい……いや、魔法でやってたからかな?
「ちょっと待って」
まだまだ焼く気満々のトースターを止め、パン皿にトーストを移してフィリアの前に2人分を並べた。
「パンの上に乗せちゃって」
「あ、はい」
言われるままフィリアが目玉焼きをパンに移す。
「ああ!」
目玉焼きを乗せようとして、1つは半熟の黄身が破れて溢れる。
「気にしない気にしない」
俺はさっさと目玉焼き乗せトーストを座卓に運ぶ。目の端でフィリアがしょんぼりするのが見えた。
「コーヒー用意してもらっていい?」
「はい! お任せください」
ここでも魔法は使わず、カップを並べてインスタントコーヒー入れてポットから湯を注ぐ。コーヒー溶かし、砂糖を入れてまた混ぜる。牛乳を入れてさらに混ぜる。
なんだか少し忙しい。
座卓に着いて待ち、フィリアが座ってから手を合わせる。
「いただきます」
「はい、いただきます」
食事を始めてもいつも通りのフィリアだった。
「今日はどうしたの?」
「何がですか?」
目玉焼きトーストにかぶりつこうとしているところを止めてしまった。
「いや、食べながら聞いてくれていいけど」
促すと不思議そうなままかぶりつき、頬をふくらませてモグモグしていた。
「いや、今朝は魔法使ってないのかなって」
「ん……はい。私も頼ってばかりはいられません。こちらの暮らしにも慣れて行きたいと考えています」
「なるほど」
確かに、外では魔法を使うなと言ってたのに家の中では無制限では難しそうだ。魔法のない世界に慣れてもらった方が良いのかもしれない。
納得してコーヒーを一口……いつもより少し甘い気がする。フィリアを見ると、彼女も少し苦かったのか、口を一文字に結んでカップを睨んでいた。
「少しずつ慣らしていく感じだね」
「はい……まだまだ練習が必要そうです」
それから朝の準備を始めたところで、食器を洗おうとしていたフィリアを止める。
「今からやってたら学校に間に合わない。水に浸けて帰ってきてからやろう」
片付けを後回しにするのがどうにも納得いかなかったようだが、遅刻するからと説得してなんとか家を出る。
「まさかこんなに手間取るなんて」
終始悔しそうにしていたが、それでも魔法は使うことはしなかった。それは旅を通してもすごく珍しい気がした。
登校中もまるで初めて来た時のように、
「あれは車」
「あれは信号」
「あれは自転車」
と、目に映るものを確認しながら歩いていた。
「何があったの?」
「いえ、私には解析魔法がありますが、皆様ほど世界に馴染めていません。常識になるまで覚えようと思いまして」
少し早口で説明する。
何かの言い訳のようにも聞こえた。
本当に何があったんだろう?
それから学校に着くまでの間、ずっと同じようにしていた。2回同じ物を確認することがなく、そこはさすがフィリアだった。
校門に差し掛かったあたりで確認は止めてニコニコして周りに挨拶しながら進んでいく。上履きに履き替えて廊下を歩いていると窓の向こう、花壇を見つけて立ち止まる。
元気な花がいくつも咲いていた。
「キレイに咲いてるね」
「はい。ただ思ったほどではありませんでした。ちゃんと水やりすれば、しばらくは大丈夫そうですが」
「? そうだね?」
花壇を心配してたのかな?
あんなにキレイに咲いてるのに?
教室に着いて授業が始まってしまえば、もういつものフィリアだった。教師に問題を当てられても澱みなく回答し、頼みごとをされてはすぐに向かってしまう。
やはり今日も聖女は元気いっぱいだった。
そんないつも通りを見守っているうちに放課後を迎える。
「フィリア、今日はこっちが掃除当番だから先に帰ってて良いよ」
「わかりました。では下駄箱でお待ちしてますね」
そう言ってさっさと教室を出て行ってしまった。なぜか鞄が置いていかれていたので自分のと一緒に脇に退けて、他の当番と一緒に掃除を行う。
掃除の終わった教室からゴミ出し役にさせられて仕方なくゴミ箱を抱えてゴミ捨て場に向かう。
途中、中庭の花壇の前にフィリアを見かけた。どこかからホースを引っ張ってきて水をやっている姿に旅の途中を思い出す。
住民が大事にしていた花壇が魔獣に荒らされた時は魔法の一息で直し、花壇は元に戻るだけではなく植えられた植物もキレイな姿を見せてくれた。
魔法に頼っていなくても、植物にも目を向ける姿はやはり聖女なんだなと思う。
ゴミ捨てから教室に戻り、2人分の鞄を持って下駄箱に向かうとフィリアが待っていた。
「あ、勇者様」
「お待たせ」
そして2人並んで学校を出る。
「そういえば、さっき花壇にいるの見たよ」
「あ、見られてましたか」
「水やってたね。手入れしてるの?」
「いえ、手入れというほどは。昨日は元気がありませんでしたので水撒きを」
その割には元気な花壇だったような?
「こちらの道具は全て便利です。向こうでは水を汲みにいくのすら大変でした」
「ああ、そうだね」
「料理するのも、掃除をするのも、食べる物でさえ。暮らしを便利にする道具であふれていますね。勇者様に教えていただいた通りです」
夕日に照らされた赤い顔で微笑んでいる。
「旅をしてる時も、ずっとさ、フィリアに見せてみたかったんだ」
「教会では不便は不便のままにと。魔法で手を抜けても、それでもあまり使うことは許されていませんでした」
風にあおられた髪の毛を押さえて遠くを見つめる。
「でも、こちらにあるものは本当に素晴らしいです。魔法もなく、誰でも使うことができる……こちらの道具は本当に便利で、素敵な物ばかりです」
銀色の髪を風に揺らして笑いかけてくる。
真っ直ぐのぞいてくる瞳に胸がドキッと跳ね上がる。顔が燃え上がるような気がして思わず視線を逸らした。
「そう言えばまだフィリアに見せてない、乗せてない乗り物とかもあるんだ」
「車と自転車、たまにバスを見かけますが、他にもあるのですか?」
「電車や飛行機、大型の船なんか」
「船ですか? 船は向こうにもありましたよ?」
「帆船じゃないんだ。スクリューを船底に付けて、風がなくても海の上を走るんだ」
「スクリューとは……想像もつきませんね」
あごに指を当てた小首を傾げる。
「今度見に行こうとか」
「お出かけですか?」
「ああ、少し遠出しよう」
「嬉しいです!」
花が開いたように顔を綻ばせて飛びついて来た。
「フィ、フィリア」
抱き付かれて思わず固まる。
「私、もっと色んなところ行ってみたかったんです! ぜひ行きましょう!」
「わかった! 連れてくから、急に抱き付かないで」
思わず振り払ってしまう。昂ると自然と抱き付くから心臓に悪い。
「私、あちらで船は見たことしかなく、乗ったことありませんでした!」
振り払われたことを気にもせず、祈るようなポーズで空に憧れを描いていた。
「それに電車! 飛行機! 見るだけで乗る機会がないと思って諦めておりました……それが!」
「すぐに全部は無理だよ?」
目が輝かせて夢から帰って来ていなかった。
「楽しみですね! 勇者様」
「そうだね……」
期待してくれているようで何より。
計画はちゃんも話し合ってからにしよう……
それから2人でこれから何やりたいか、という話をして帰った。今は学生の身でお金が限られてる。すぐに全部はできないけど、いつか全部叶えてあげたいと思った。
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