6話 聖女はどこでも人気者です。
「フィリアちゃん、体育準備手伝ってー」
「クロイツェンさん、プリントを集めて職員室まで持ってきてくれるか?」
「フィリア、一緒にお昼食べよー」
「勉強教えてー」
「フィリア、カラオケいかなーい?」
「クロイツェン、合唱部に入らないか?」
「フィリアちゃん、ケーキ食べに行こう」
「日直手伝って!」
「生徒会の集計作業を!」
「人手が足りなく困ってて」
数日で、フィリアに話しかける人はどんどん増えていく。登下校は一緒だったのに、いつの間にか下校は1人になることが増えてきた。
遊びは断っているらしいけど、基本頼られると行ってしまう。フィリアらしいと言えばらしいけど。
「さすがフィリアだな」
口では認め、誇らしいはずなのに気持ちは前には向かなかった。
叔母さんの決めた門限十九時は守ってる。異世界じゃ成人女性だったんだ。こっちに馴染んでくれるのは喜ばしいはずなのに。
一緒に下校した日なんて指で数えられるのに、とても静かに感じた。
マンションの前まで来ると、物陰に叔母さんが待っていて驚いた。こちらへ手招きし、ニコニコ笑って背筋が冷える。
「叔母……良美さん、何?」
「フィリアちゃんから聞いたわよー?」
猫撫で声に空気がさらに冷え込む。
「テスト結果を見せなさい」
その様子は魔王と対面した時より怖かった。
「これ見てみなさい」
叔母さんの部屋にある客間に連れてこられ、机の上に広げたテスト用紙を指差していた。九十点台が並ぶ優秀な回答だった。
現代文だけ七十点だった。そう言えば心情を読めの問題がわからないとか言っていた。
「フィリアちゃんはちゃんと教えてくれたよー日本語読むために魔法は使ったけど勉強頑張りましたって」
そういえば俺が漫画を読んでる横で教科書読んでたな……
「さ、あんたの出しなさい」
渋々鞄の奥にしまった答案を探して引っ張り出す。見つけた端から叔母さんに引ったくられ、机に並べられていく。
そんなに悪くはないと思うけど、フィリアと並べられるとかなり見劣りして居心地が悪い。
「隠すほど悪くないわね……ん?」
「もうないよ?」
「いやいや、数学と英語は? 隠しても全部フィリアちゃんから受け取ってるのよ」
「ぐ……」
観念して隠した2教科を渡した。
「ちょっと、前も下がってたけどさらに下がってるじゃない!」
数学と英語を見て責める口調になる。
「これはちょっとダメよ」
「でも久々にしては赤点回避できただけ」
「向こうに行ってたなんて言い訳、私以外にするんじゃないよ?」
ごもっともです。
「フィリアちゃんがいる以上、私は信じるし、期間が開いちゃったことはわかってるけど、それは取り戻さないといけないのもわかるよね?」
「……はい」
「次はちゃんと取り戻すよ」
「自主勉だけで足りるの? フィリアちゃん来てから浮かれてない?」
「フィリアは関係ない」
「本当かな? まあ一回は信じてあげる。でもダメそうなら予備校探すからね」
「でも前は行かなくて良いって」
「それはフィリアちゃんが来る前だし、成績維持するって話だからね」
そんなことになったら、夜も家にいられなくなる。それはすごく嫌だった。
「嫌なら次のテストまではちゃんと勉強しときなさい。フィリアちゃんに教わっても良いから」
「この間こっち来たばかりの人に聞くの……」
「この間勉強始めたばかりの人に負けてるんだから当然でしょ?」
ぐうの音も出ない。
その日の夜、ご飯の片付け中にフィリアにお願いしてみた。
「私が、勇者様に勉強を教えるのですか?」
恥を偲んだお願いだ。
現役高校生の成績が異世界聖女様より低いなんて口にするだけですごい重圧だった。
「それは構いませんが、あまり上手ではありませんよ?」
「ああ、構わないよ。数学と英語だけ、公式や単語忘れちゃってるから、覚えるコツとかあれば」
フィリアは少し考えていた。
「いや、無理なら良いんだけど」
「あ、申し訳ありません。無理と言うわけではないのです。ただ、私は教えるのが下手だと言われてまして……」
どうにも自信がないと言った感じだった。
「わかりました。勇者様たってのお願いを断っては聖女の名がすたります」
胸の前で拳を作り、キリッとした表情になる。
「お任せください。必ずや勇者様の成績を取り戻させて見せます!」
早速、叔母さんに押し付けられた数学の参考書を始め、それから俺は思い知った。
「ここ、どうしてこうなるんだ?」
「それはさっきの公式で……」
「あれ、これは?」
「それはもう一つの方です」
「フィリアはなんでそんなに覚えてるんだ?」
「えと……何回か目を通すと覚えてしまうので……」
「何かコツとか?」
「うーん……えーと……」
翌朝。
勉強会は散々だった。
フィリアは一生懸命教えようとしてくれた。だが何度やってもなかなか覚えられない俺と、少し見たら覚えるフィリアではどうしても噛み合わなかった。
「勇者様、申し訳ありませんでした……」
朝起きてから学校に向かい始めてもまだこの調子だった。
フィリアは悪くない。
それは断言できたけど、昨日はなんの成果も見せられなかったため、反論することもできなかった。
そう言えば旅の途中に魔法教わろうとしたけど全然わからなかったっけ……
なんとも情けない思いを背負い、口数少なく歩いているといつの間にか学校が近付いてきた。
「フィリアちゃーん、おはよう!」
遠くからフィリアに声かけてくる生徒がいた。
「あ、おはようございます。みなさん」
よくみると声を掛けてきたのは挨拶運動のタスキと、生徒会の腕章をつけた一団だった。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「朝の挨拶強化週間だよー今日から1週間朝の校門に立っておはようございますってやってるんだよー」
そう言いながら、通り過ぎる生徒のみんなに挨拶をしていた。
「それは素晴らしいですね!」
「お、ノリ良いねー、一緒にやってくー?」
「はい、是非」
2つ返事で参加しようとするフィリアを押して校門をくぐる。
「はいはい、安請け合いしない」
「あらら、保護者NGかな?」
「あ、え、すみません、勇、アルトさま??」
抗議の声を無視して下駄箱まで押していく。
「別に困ってない人の用事まで引き受けない」
「でも、皆様に挨拶するのは良いことではないですか?」
「良いことかもしれないけど、すでにやってる人がいるなら任せておくんだよ」
そこまで言ってフィリアも渋々上履きに履き替える。
「人の仕事を取ってはいけない。そう言うことですね?」
いや、なんとなく嫌だっただけだけど……
「そういうこと」
納得してそうなので乗っかった。
そんな感じで朝は難を逃れたが、休憩時間は教師に用事を頼まれ、お昼休みも誰かに呼ばれてどこかに行っていた。
「フィリアちゃん、大人気だねー」
クラスの女子が話しかけてくる。
「彼氏としては気が休まりませんなぁ?」
勇者だ、とは流石に訂正できない。
「彼氏じゃない」
短く否定すると目と口を開けて、まるで信じられないものを見たような顔をしていた。
「嘘でしょ?」
「毎朝一緒だよね?」
「フィリアちゃん、告白してたよね??」
「あれもそう言うのじゃないから……」
駆け寄ってきた他の女子も同じような顔になる。周りの女子と顔を見合わせて何かヒソヒソしながら去っていった。
一体なんだったんだ。
放課後になり、終礼の後、すぐにフィリアに話しかけた。
「フィリア、晩御飯の買い物一緒に」
「フィリアちゃーん、助けてー!!」
俺の声を遮ってクラスの外から女子が駆けてきた。
「どうしたのですか? また合唱部ですか?」
「コンクール近いのにピアノできる先生が休んでるの! フィリアちゃんピアノ弾けたよね? お願い手伝ってー!」
涙目で席に座ったままのフィリアに抱きつき懇願していた。
「まあ、それはお困りですね。お手伝いしますよ」
抱き付かれたのもものともせず、フィリアは力強く立ち上がる。
「アルト様、先にお帰りください。私はこちらの」
「なんで」
フィリアの言葉を遮り、こぼす。
「他のとこばっか行くんだよ」
口から出た言葉に自分で驚いた。
あれ、そうなのか。俺は行ってほしくなかったのか? 行ってほしくなかっただって? まさか、え?
近くにいた女子から黄色い声が上がる。
「今の嫉妬よ!」
「付き合ってないとかいいながら!」
「やっぱりそばにいて欲しいのよ!」
教室中から歓声が上がる。
「いや、違う。そう言うのじゃ」
ならばどう言うのか? 自分でもわからず、何かをどうにか否定したくても言葉が詰まった。
助けを求めてフィリアを見るが、顔を真っ赤に染めながら、なぜか固い顔で笑っていた。抱きついていた女子も昼休みに見たような目を見開いて口をあんぐり開けていた。
そして俺と目が合うと弾けるようにフィリアから離れる。
「あ! ごめん! 今日は大丈夫だから!」
そして来たように走って教室から出ていく。
「本当に大丈夫だから! また今度お願いね!」
フィリアは彼女の背を無言で見送り、なんとか小さく手を振っていた。
「クロイツェン、早く帰ってやれー」
「高瀬がご立腹だぞー」
「帰って仲直りしなよー」
もう好き勝手言いたい放題だった。
鞄を力任せに掴み、席を立って教室を出る。
「あ、お待ちください」
後ろからフィリアが追ってくるが止まれなかった。
「フィリアちゃん頑張ってねー」
「高瀬は反省しろー!」
背にかかる声も無視してサクサク帰路に着く。背後のフィリアに気付きながら、声をかけることができなかった。
なんでこんな、子供みたいだ。
拗ねて、フィリアが助けたみんなに嫉妬したんだ。
仕方ないじゃないか。長い魔王退治の旅も、こっちに来てからの短い間も、ずっと、彼女は俺の聖女だったのに!
「勇者様、申し訳ありませんでした」
学校から少し離れ、フィリアが謝ってきた。
「聖女として人の為にあれと思っていましたが、結果勇者様をないがしろに」
「いや、違うよ」
俺が悪いんだ。謝らせちゃダメだ。
「フィリアは悪くない。フィリアは聖女なんだから」
「いえ、それだけではありません。確かに、私は聖女です。頼られて断ることはできません」
まっすぐこちらを見て手を差し伸べてくる。
「それでも私はあなたの聖女です。ですから」
夕陽に照らされて赤い顔で、さっきの固い笑顔とは違う柔らかな顔で微笑む。
「これからはできるだけ一緒に帰りましょう」
「できるだけ?」
その謙虚さに吹き出した。
「あれ、いけませんか?」
「いや、大丈夫だよ」
困った顔になるフィリアに構わず、差し伸べられた手を取った。
「さすがは聖女様だよ」
「はい、あなたの聖女フィリアです」
笑い合い、2人で手を繋いで帰った。
それが聖女と勇者のものでも、俺は決して離したくないと思った。




