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5話 聖女も学校に通います。

 朝一番のホームルームで、教師に続いて入ってくる女子生徒を見て、空いた口が塞がらなくなる。

「銀髪」

「めっちゃかわいい」

「髪長いー、キレイー」

 褒める言葉が飛び交う中でフィリアが微笑んでいる。

 教師が止めるように手を払い、フィリアに前に立つように勧めた。

「急ではあるが、今日からみんなと合流することになったクロイツェンだ」

 制服姿のフィリアが教壇の前に立ち、いつもの微笑みをたたえたまま。

「フィリア・クロイツェンです。詳しく言えませんが外国から来ました。元々学校にもあまり通えておらず、日本にもまだまだ不慣れです。ご迷惑をおかけするかと思いますが、色々教えていただけると嬉しいです」

 一際柔らかな笑顔になり、教室中を見渡した。

「みなさん、どうぞよろしくお願いします」

 男子から歓声が上がる。

 1人の銀髪美少女の転校に思い思いに沸き立つ教室の中で、俺1人が衝撃に打たれて声も出せなかった。

 最近、1人で行動してたのはこれか!


 事故の対応で口論になった翌日の朝も。

「勇者様、今日は良美さんのところへ行って参ります」


その次の日も。

「勇者様、今日はお昼から良美さんとお出かけしてきます」


 何をしてるのかを聞いても叔母さんをダシに教えてくれなかったのはこのためか!

「席は高瀬の隣だ。クロイツェンは高瀬の叔母さんが預かっているんだろ? 知り合いなら色々教えるように」

 そういう設定ですか。せめて叔母さんは口裏合わせたり根回ししてくれませんか。

「アルト様、よろしくお願いいたします」

 席に着いて微笑んでくる。

 周りからの目が刺さってる気がしたがそれどころじゃない。

 今「アルト様」って言った?

 何度言っても「勇者様」、「勇者アルト」って勇者として呼ばれていたのに!

 あのフィリアが「アルト様」だって!

「ああ」

 顔から火が出そうで、ぶっきらぼうに返してしまう。フィリアの笑顔もいつもより固く、赤くなっていて余計に恥ずかしく、思わずうつむいてしまった。

「おいおい、或斗ー! 何照れてるんだよー」

「高瀬、席変わってくれ!」

「高瀬くーん、うぶでかわいいー」

 好き勝手言われてしまうが、言い返す言葉も出なかった。

「はい、静かに」

 騒がしくなる教室で教師が静止してくれた。

「クロイツェンは家庭に問題があり、高瀬の両親が保護した子になる。今は高瀬の叔母さんが引き続き保護している状態だ。根掘り葉掘り聞かないように」

 その釘の刺し方は逆効果な気がした。



 そして懸念の通り、1時間目から半ば学級崩壊の体となっていた。質問を書いた紙がどんどん飛んできていた。

 授業を聞いてくれない教師が悲しそうな顔をしたところでフィリアが立ち上がる。

「皆様、今は勉強のお時間です。休憩中はちゃんと答えますので、今は前を向きませんか?」

 生粋の真面目さと誠意が伝わったのか。質問の紙は収まり、教室中の背筋が伸びたように思った。

 まさか、聖女のオーラがこんな現代社会にも通用するのか……

 しかし、その力も休み時間には意味がなかった。1時間目終了のチャイムが鳴るや否や、俺を押しどけて女子がワッと集まってきて、俺は男子たちに捕まった。

「お前、なんで様付けでなんだよ!」

「たぶん、みんなそうなる」

「高瀬はなんで名前呼びなんだよ」

「周りが名前呼びだからだろ」

「あんなかわいい子と親しげとかずるい」

「何がだよ」

「あの子見たことあるぞ!」

「予知夢か、良かったな」

 俺の回答は他の質問に消されてほとんど届かなかった。最後にフィリアが来た時のことを言ってるやつがいるが、他は誰も気にしてなくてよかった。

「どこの国から来たんだ?」

「なんで保護してるの?」

「叔母さんて、良美さん? 近所に住んでるの?」

「俺もよく知らないし、言うなって言われてるのもあるから答えれない」

 質問が多くて答え切れない。

 両手を上げて降参を伝えても質問は止まなかった。

「フィリアちゃんって海外から来たの? なんで日本?」

「あの子の好きなタイプとか知ってる?」

「趣味とか」

 せめてそれは本人に聞いてくれよ。


「高瀬或斗ー!!」


 男にもみくちゃにされる中、1人の女子の声が男子の壁を裂いた。クラスで1番の仕切り屋女子だった。その横で、何やら顔を真っ赤にして困ってるような笑ってるような顔のフィリアがいた。

「フィリアちゃん、はい。もう一度」

「は、はい。えと、その……」

 フィリアは背を押す女子に席を立たされ、こちらをまっすぐに向き直る。

「ゆ……アルト様を、お慕いしております」

 教室の半分から黄色い歓声が湧き上がり、もう半分から絶望の声が床を揺らした。

「な、な、な……」

 なんてことをしてくれたんだ!

 顔がどんどんとゆで上がる。

 一体何がどうなったんだ?

「よし、解散!」

 仕切り屋女子は満足して号令を上げ、フィリアを囲んでいた他の女子ともども散って行った。男子たちも肩を落として離れて行った。

 残されたゆでダコ2人は互いを見ても言葉を発せず立ち尽くした。

 一体なんでこんなことに!?



 その後も授業の内容はまるで頭に入らなかった。そのまま集中できないまま、いつの間にか放課後になっていた。

「フィリアちゃん、一緒に帰ろう?」

「どっちに帰るの?」

 仕切り屋女子のグループがフィリアを誘っていた。

 うっすらとだが思い出す。

 今朝のあれから女子も男子もフィリアと適度な距離感を保ってくれているようだった。

 助けてくれた気もするけど、それでもあまりにも強引じゃないか?

「申し訳ありません。少し職員室に呼ばれてますので。どうぞお先にお帰りください」

「そう? じゃあ高瀬にしっかり送ってもらってね」

 先ほどの女子がこっちを向いてニヤニヤしていた。俺は虫でも払うように、手の甲で払ってて視線を外す。

「じゃあねー」

「フィリアちゃん、また明日」

「バイバーイ」

「はい、皆様。さようなら」

 フィリアは離れていく女子たちに小さく手を振って見送り、廊下に見えなくなると自身も立ち上がる。

「では勇……アルト様、用事を済ませてまいりますので、少しお待ちいただけますか?」

「ああ、わかったけど職員室はわかる?」

「はい、道を覚えるのは得意ですので」

 そう言えば、迷子になったところを見たことがない。

「わかった。下駄箱で待ってるから、また後で」

「はい……アルト様。失礼します」

 そう言ってフィリアは1人で教室を出て行った。まるで何事もなかったかのように。

 いやいや、フィリアは多分、まだよくわかってないだけだ。勇者としての俺を慕っているのは聞いていたし、魔王を倒したら一緒に暮らそうって言ってたじゃないか。

 だから、自惚れちゃいけないって言い聞かせてたのに。

   ……お慕いしております……

 思い出すだけで鼓動が早くなる。

「期待しちゃうじゃんか」

 1人残された教室に、小さく呟いた。



 気持ちが落ち着くのを待って下駄箱に向かうと、ちょうどフィリアも来たところだった。

「フィリア、迷わなかった?」

「はい、この建物くらいならマッピングできますので」

「探索魔法?」

「はい。ダンジョン探索と同じです」

 自信満々に胸を張る。

「はは、そっか。じゃあ帰ろっか」

 そうして2人並んで学校を出る。

「そう言えば、授業とかわかった?」

「はい、知らないことばかりで楽しいです」

「でも日本語は?」

「解析魔法をずっとつけてますから、言葉だけでなく数学だって理解できますよ?」

「え、それはズルくない?」

「ふふふ、聖女教育では解析魔法で見て、ちゃんと理解できるかが大事なんですよ?」

 そう言って楽しそうにコロコロ笑っていた。

「これで一緒に学べて、おそばにいられます」

 それは本心か、本当に嬉しそうだった。

 そして思い至った。こっちに来てから学校に行くと1人にしてしまっていたんだ。

 勇者のそばにいたくてこっちに来たんだ。

「学校に通えて良かったな」

「はい、良美さんに感謝です」

 何をやったか知らないけど、やはり良美さんが手を回したのか……まあ、結果としてセーラー服のフィリアを見れたし、嬉しそうだし良かったのかな。

「帰ったらお礼言わないとな」

「はい。心配してくれてましたので、クラスの人たちも優しいですってお伝えしませんと」

「優しい? 本当かな」

「はい。本当ですよ」

 本当に楽しそうに語るフィリアを見て、本当に良かったんだと思った。

「勇者様」

 いつの間にか呼び方が元に戻っていた。

 少しだけ残念だったけど、2人きりでは耐えられない。また学校で名前を呼ばれた時、果たして俺は耐えられるか。

 心臓が保つことを祈りつつ、同じ帰り道を進んで行った。

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