4話 聖女はお留守番ができます。
「行ってくるけど、出かける時は鍵忘れないように」
学校に行かれる勇者様を玄関でお見送りしようとして、今朝から何度目かの注意を受ける。
「はい、わかっております」
心配だ、とわかりやすく顔に書いていた。
「出かける時は戸締りをしっかりと。ガスコンロは注意して使う。テレビで大きな音は鳴らさない」
「あと出かける時は」
「はい、魔法を使うところを見られてはいけない。ちゃんと覚えております」
心配からか、それ以外か、離れ難いと思ってくれているのは少し嬉しい。でも子供扱いのようにも感じて少し複雑だった。
「早く出ねば、遅刻してしまいますよ?」
そう言って背中を押すと渋々玄関を開けて出ていく。
「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃいませ」
出ていく勇者様を見送る。少し照れながら玄関を閉じる姿に、こちらも少しだけ満足する。
扉が閉まり切ってもしばらく消えた姿を見つめていた。
さて、やることがなくなってしまいました。
部屋の中に振り返っても、初日にほとんど片付けも掃除も済ませてしまい、家の中の用事は何も残っていなかった。
過ごし方が思いつかず、ベットに腰掛けテレビを点ける。
動く絵だけでなく、遠くの人の様子がそのまま映されていると知って驚いたけど、そういう魔道具だと知ってしまうと感動も少ない。
今はどこか知らない土地を歩いている人が、現地の美味しそうな食べ物を食べている。
「この食べ物、勇者様は食べたことあるのでしょうか」
しばらく眺めていたけど、集中できずにテレビを消した。
次に読んで良いと言われた棚の漫画を手に取る。紙にきれいな印刷が施され、絵と文章で物語をつづっている。
「勇者様はこのような本を小さい頃から読んでいたのでしょうか?」
少年が村を飛び出し、仲間とともに戦い続ける冒険譚だった。
勇者様と旅をしてからまだ一月ほどしか経っていないのに、すでになんとも懐かしい。
なんとなく数巻読み進めたところで、そっと閉じて本棚にしまう。
「勇者様、今何しているのでしょう」
時計に目をやると、もうすぐお昼といったところだった。
「今日は何を食べているのでしょうか」
どうしても勇者様のことを考えていた。
困りました。1人なのも、やることがないのも、久しぶりな気がします。
勇者様との旅を終えて1ヶ月、教会での暮らしは充実していた気がする。朝日と共に起き、下級巫女とともに清掃をする。朝は祈りを捧げて、お昼は訪問者の相談を聞き、夕方には勇者様の冒険譚を書き留める。
それでも、勇者アルトのおそばにいないと言うことが、寂しさが日々強くなっていた。またお会いしたいと思ったら、もう止められなかった。
毎日のお祈りで、私は神ではなく勇者アルトを思い続けていた。またおそばにいられるよう、また会えますようにと。
結果同じ世界に来たのに、勇者様は学校へ行き、私はベットに寝転がる。
「これでは、おそばにいられません」
どうにか過ごしていると、外を走る子供たちの声が聞こえてきた。ベランダに出て外を見下ろすと、先日のサナちゃんより少し大きな子たちがおそろいのランドセルを背負っている。
あんな立派で丈夫そうな鞄を子供用にあつらえている。国が豊かな証拠ですね。
「勇者様にもあのような頃があったのですね」
小さい頃を夢想する。きっと元気でかわいらしい姿だったかな。それともやんちゃだったのでしょうか。
聞いた話ではザリガニを釣ったとか、親の目を盗んで遊びに出たとか。あら、意外と悪い子だったのかしら。
「ふふ」
今の姿からは想像できないやんちゃな姿を想像して笑ってしまった。
子供たちがいなくなるまで見送って時計を見る。まだ勇者様が戻るまで1時間くらいあった。
「早く帰ってこないかな……」
その時、胸の奥がざわついた。次いで嫌な映像が脳裏を走る。旅の途中何度も感じた危険予知だ。
誰かが大きな怪我をする姿が見えた。場所はわからない。けど近くで起きることはわかった。急いで玄関から飛び出す。
「きゃあ!」
玄関の近くで女性とすれ違い、軽くのけ反らせてしまった。
「ごめんなさい! 急いでますので」
女性の無事を確認して走り出す。階段を滑り降り、マンションを飛び出した。道は分からなかったけど、方角の直感に従って駆けるとすぐに大きめの通りへ出た。車という鋼鉄の塊が馬のような速さで走り抜けていく。
一台が減速して反対側の路地へ曲がろうとしていた。
あれだ。
運転手からは死角になっているけど、私からは路地の向こうから速度を落とさず車が出てくるのが見えた。
途端、耳を塞ぎたくなる轟音に金属が歪んで潰れる音が弾ける。
間一髪、両方の運転手と同乗者に防御魔法を貼るのが間に合ったことに胸を撫で下ろす。
「はぁ……はぁ……」
息が切れていたことに今更気付く。膝に手を突いて呼吸を整える。
そう言えば体力がないと、教会でも言われましたね。
息が落ち着いた頃に顔を上げる。ぶつかった車の人たちはそばを走っていた車から人が降りてきて確認を始めてくれていた。私は少し離れたところで辺りを見渡し、他に巻き込まれた人がいないか確認する。
「良かった。他は大丈夫そう」
安心して振り返ると1人の女性が私を見ていた。
少し顔が青ざめている。
あれ、この方はどこかで?
「あなた、さっき何したの?」
喉奥で息が詰まるのを感じた。
学校からの帰り道、大通りを歩いているとパトカーが数台止まっていた。よく見るとパトカーの向こうの曲がり角で車2台が前からぶつかったまま停車していた。
2台とも斜めにぶつかったからか、車体がかなり潰れていた。しかし怪我人はいないし、血の跡もないようだった。
フィリアが巻き込まれていないか心配したが、彼女なら予知があるし、車くらいだと怪我もしないと思う。現場を横目に足を進めた。
マンションの前にフィリアがいた。そしてもう1人、大家である叔母さんが待っていた。
なんとも嫌な予感がした。
こちらが気付いて警戒していると、叔母さんに気付かれてしまった。
「こら、或斗!」
早速怒られる。
渋々と近付くが、遅いと言わんばかりにつま先で地面を叩いていた。
「ただいま、フィリア。叔母さん、どうかした?」
「どうかしたの?じゃないわよ! この子!」
やはり何かをやらかしたようだ。興奮してフィリアを指差す。指されたフィリアも何か居心地の悪そうにうつむいている。
でもこのままじゃ場所が悪い。
「と、とりあえず話をするなら叔母さんの部屋でやらない? マンションの前で大きい声は、ね?」
「……仕方ない」
そう言って、マンションの中に入って行った。俺がついて行くと、フィリアも黙って付いてきた。
1階に叔母さんの部屋はあった。
単身者向け1Kがメインのマンションながら1階のオーナー部屋はレイアウトが違い、入ってすぐが客間になっていた。
深いソファに座らされて、ジュースが出された。
「叔母さん、オレンジジュースって子供じゃないんだから」
「未成年は子供よ」
「これ、すごく美味しいです」
勧められるままにフィリアは飲んでいた。
果物関係は目がないよねー……
「それで或斗。この子は何?」
「それは私が先ほどから」
フィリアが喋り始めるのを手で遮る。
「私は或斗に聞いてるの。フィリアちゃんは黙ってて」
すでに何か話したみたいだった……
これなら先に対処を話し合っておけばよかった。
「フィリアは恩人だよ。困ってた時に助けてくれた。だから今、困ってると思ったから助けてる」
すごくぼかして説明した。
でも何一つ嘘はついていない。
「誤魔化すんじゃない」
「叔母さん、待って」
「良美さんと呼びなさい」
ギロリと凄みを付けて睨んでくる。
「良美さん、待って欲しい。誤魔化してるわけじゃ」
「もうフィリアちゃんから聞いてるの!」
「え……何を」
頭がサッと冷えて背筋まで震えそうだった。
「はあーー……」
叔母さんはこれでもかと大きなため息をついた。
「魔法使ってるところも見ちゃったし。疑いたい気持ちもあるけど」
「え、見せたの?」
「申し訳ありません。見られてしまいました」
そんなしまいましたって。
「あれほど見られないようにって」
「こら或斗。フィリアちゃんを責めるんじゃない」
少し怒った口調になりかけたのを叔母さんが止めてくれた。
「さっき事故があってさ。見た?」
「……ぶつかってへこんだ車がいた。パトカーも並んでたよ」
俺は見てきた通り伝える。
「あれ、怪我人なし。フィリアちゃんが魔法使って車に乗ってる人たちを守ってるのを見たわ」
そういうことか。
「あれほど使わないようにと」
「ですが、放っておけば誰かが怪我を負ってしまいます」
放ってはおけない。それは聖女としても勇者としても当然だった。
「それはそうだけど、この世界には魔法がないんだ。目立つとどうなるか」
「でも、それを気にしては私は人々を守れません」
「隠しておかないといけないんだよ。そうしないと」
「はいはい、そこまで」
熱くなってきた2人に叔母さんが割り込んでくる。
「或斗、フィリアちゃんのために言ってるのもわかる。でもフィリアちゃんは怪我する人を見過ごせない」
「良美さんは、どこまで聞きましたか?」
「或斗が勇者で、フィリアちゃんが聖女。他の魔法も無理やり見せてもらったわ。事情もわかったつもり」
「親に、言いますか?」
「言うわけないじゃない。フィリアちゃんを目の前にしないと、私が姉さんに頭を疑われる。誰にも言わないわ」
呆れたように大袈裟に両手を挙げていた。
「あと、大人の協力者は持っておきなさい。どうせあんたじゃ手に負えないんだから」
言い訳もできない。今はなんとかなった。でもこれからどうするか、いつまで続けられるかを考えないようにしていた。
「まずお金どうしてるの?」
「仕送りと、貯金」
「それお年玉とかでしょ? 今後は援助したげるから、貯めときなさい」
言いながら頭を乱暴に撫でてくる。
「あんたは立派にフィリアちゃんを守ろうとしたんだね。すごいじゃん」
手を離すと今度はフィリアの肩に手を回した。
「こんなかわいい子だもんねえー守りたくなるのはわかる。フィリアちゃん、うちの子にならない?」
「いいえ、私は勇者様のそばにいたいですから」
微笑みながらきっぱりと断った。
「ああん、ツレない」
おどけたと思うとこっちを睨んできた。
「ちゃんとこっちの常識教えてあげな。無制限に助けてたら一緒になんて暮らせないよ?」
「わかってる」
そしてようやく解放してくれた。
帰り道も、晩御飯の時も、何も話す気にならなかった。
秘密が2人でなくなったことが悔しかった。自身の無力を突き付けられ、かなり惨めな思いをした。でもそれをフィリアに伝えることもできず、不機嫌を態度に出すしかできなかった。
次の日になっても、勇者様の口数は少なかった。良美さんと一緒にいる時も、旅では見たことないような横柄な態度と不機嫌な物言いに驚いた。
何が不機嫌にさせてしまったのだろう。わかりません。
「これでは、本当におそばにいられません」
学校へ向かう勇者様を見送り、1人で良美さんの部屋を訪ねた。
「あれ、フィリアちゃん、或斗は?」
「良美さん、お願いがあります」
服の裾をぎゅっと握り、まっすぐ良美さんに見つめた。
「私、学校に行きたいです」
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