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番外編 0.5話 勇者様が消えてから。

 魔王を討ち倒した。

 その姿は勇者様の一撃で灰へと還り、崩れていく。

「勇者様!」

 駆け寄って勇者様に抱き着こうとすると、身体をすり抜けて倒れそうになる。

「え?」

「フィリア、俺……」

 勇者様の体が光輝き、色が薄れていく。

「勇者様!」

「こんな、急に……」

「ありがとうございました。成し遂げました!」

 急いで旅のお礼を言う。

 でもまだ言葉が足りない。

「もっと、もっとお礼を、話を」

 考えがまとまらず、言葉が涙に変わる。

「こっちこそ、ありがとう。俺も」

 勇者様が何かを言いかけ、完全に光に消える。その光も徐々に空へと溶け、何もなかったように消えてしまった。

 魔王城で行われた勇者と魔王の戦いは、その両名の消滅によって終了した。



 魔王討伐の知らせを王都に出した後、旅の途中の宿に停留していた。

 勇者様が消えてしまった。

 それだけで足が重たく、旅を続けるのが難しかった。今はリビアが馬を手配できないかと探しに出て行ったため、部屋に1人で寝転がっていた。

 何をするにも身が入らない。

 魔王が消えたのだから、それはとても喜ばしいことのはずです。人々の脅威は減り、魔族との戦争もきっとすぐ終わってくれる。

 だけど、勇者様も消えてしまった。

 私は彼と役目が終わった後、もう少し旅ができると思っていた。

 旅の途中に見た深い谷、高い山、大きな森、そのどれもが初めてだった。出身の田舎と王都以外は知らない私は、異世界の彼と一緒に目を丸くして驚いていた。

 目的のある旅でしたが、それはとても楽しかった。

「できるなら、帰りもご一緒したかったのに」

 きっと他にも見たことない景色を一緒に見られると思っていた。

 物足りなさが重たく、帰りの足を重くする。

 私が疲れたと言うと、リビアはすぐにおんぶしようとするのは暑苦しいのでやめて欲しい。

 カツカツと固い足音に、金属の装備が擦れ合う音が聞こえてくる。

「フィリア様、馬が見つかりましたよ」

 近づいて来た音は遠慮なくドアを開けて声をかけて来た。

「ノックくらいして」

 身体を起こして文句を言う。

 リビアは姿勢を正して小さく頭を下げる。

「これは失礼しました。ですが、これで王都まで早く帰れますね」

 なんとも嬉しそうだった。

 勇者様が消えてからずっと上機嫌なのが少し気になる。

「長い旅の終わりもようやく見えてきましたね」

 ニコニコと嬉しさを隠さず、広げていた荷物をテキパキと片付けていく。

「無事に役目を終えたこと、きっと誰もが大手を振って迎え入れますよ」

 片付けた荷物を背負い、私に手を差し出してくる。

「さあ、参りましょう」

 リビアの手を取って立ち上がる。

「王都で皆が待ってます」

 先に部屋を出ていくリビアの背中に付いて歩く。

「きっと今頃、フィリア様を讃える話で持ちきりですよ! 魔王討伐を為した聖女様と」

 本来、それは勇者様に送られるべき賞賛なのに。

 そう思いつつも、口は挟まなかった。

 どうしたって、彼がそれを受けることはないのだから。



 宿を出てリビアが手配した馬に乗り、リビアは手綱を取って前を歩く。

 まだ長い帰路の中、私はどうすれば魔王討伐の恩に報いることができるのかを考えた。

 しかし、何も思いつかなかった。

 そう言えば。

「リビアは王都に戻ったらどうするの?」

「どうされたのですか、いきなり」

 不思議そうに聞き返してくる。

「魔王討伐は達成したのだし、帰ってやりたいことはないの?」

「やりたいことですか……」

 悩むように宙を見つめ、すぐに朗らかに微笑んだ。

「いえ、ないですね」

「何も?」

「はい」

 あっさりと言い切られてしまった。

「あ、食べに行きたいお店はあります。できればフィリア様も行きませんか?」

「それは、前に連れて行ってくれた食堂?」

「そうです! 覚えていてくれましたか」

 味の濃いお店だったことは覚えている。

 そういえば勇者様も美味しいと言ってました。

「覚えていたけど、そう言うことじゃなくて。もっと先々の話よ」

「と言いますと?」

「将来とか」

 私の抽象的な言葉に、リビアは驚いたように目をぱちくりしていた。

「それこそ、ありません」

「そんなにないの?」

「はい。私は聖女の護衛騎士になりたくて剣を学びました」

 そう言って腰の鞘に手を当てる。

「私の聖女はフィリア様です。いつまでもお守りいたしますよ」

 そう言って胸を叩いて笑いかけてくる。

 彼女の言葉にため息を付いて空を見上げた。

 良くも悪くも、彼女は聖女の護衛騎士なのだ。聖女を守るために命を捧げ、聖女と苦楽を共にする。

 では私はどうだろう?

 勇者様の消えた空の先に問いかける。

 私はこれからどうすれば良いのでしょう。

 せめてあなたの日々が、健やかなることを祈らせてください。



 王都に帰ってからはもう目まぐるしく日々が過ぎていた。

 王様への謁見に、大臣への報告。

 貴族議会では、旅の使用資金について説明。

 果ては戦勝祝賀会で何十人もの人と挨拶を交わして……


 聖女の役目である礼拝の時間すら削られ、勇者様を祈るのは就寝前のわずかな時間となってしまった。

 寝室で床にひざまづき、明かり取り窓の月明かりに向かって手を合わせる。

 気にかかるのは勇者様のことばかりだった。


 勇者様は無事に帰れましたでしょうか。


 いきなり元の世界へ帰って大変ではありませんでしたか。


 寂しい思いをしてはいませんか。

 私は、少し寂しいです。


 ご飯を抜いたり、休息を怠ることがあったので、心配です。


 どうか、お身体を大事に、平穏で健やかに過ごされていますよう。


 祈りの中で勇者様を思う。

 内容はいつも変わらない。

 私が異世界の勇者召喚で転移させ、旅の中でずっと隣にいた人への健やかであれという願いを込める。



 王都での忙しい日々にようやく終わりが見えてきて、帰ってから始めて午前の礼拝に参加できることになった。残念ながら少し遅れてしまい、礼拝堂の後ろからこっそりと入ることになる。

 部屋の奥に佇む女神像に向かって、多くの信者たちがお祈りをしている。中央で祈りの言葉を読み上げているのは聖女見習い第一位、私の後輩だった。

 年は一つ下なので、私が聖女になった年から4つも上になっている。

 明かり取り窓から差す灯だけではなく、彼女の周りには魔力の光がただよっていた。それも彼女だけでなく、他の見習いの周りにも見つけられた。

「すごい……」

 聖女の魔力だった。

 これだけ聖女の魔力を扱える見習いがいるなら、守護と豊穣の祈りも十分ですね。

 私もすでに聖女になって5年。歴代より早く継承したとは言え、3年で代替わりが通例なのだから勤め過ぎた。

 魔王討伐で延期されたとは言え、そろそろ考えなくてはいけません。

 司祭となり、教会の政に関わるか。

 それとも、貴族に嫁入りするか。

 どちらもしっくりきません。

 私の役目……

「フィリア様?」

「あ、ごめんなさい」

 後ろから来ていたリビアに声をかけられ、立ち止まっていたと気づく。急いで1番後ろに座り、他の信者とともにお祈りを始める。


 私はもう、ここに役目はないのかもしれない。


 私の役目……どこで見つけられるのでしょうか。

 勇者様はどうですか?

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