番外編 3.5話 聖女はクレープを食べる。
布団と着替えを家に置いて、改めてクレープ屋の前まで来た。
フィリアは子どものように目を輝かせて、ディスプレイされたサンプルを見つめていた。
しばらく眺めた後、メニュー表の絵の綺麗さを褒める。数多く並ぶフルーツ盛りクレープを比べて悩んでは答えを決めれずにいる。
「勇者様、どれか1つなんて決めれません」
「はは、それは難敵だね」
少し興奮気味にメニューを選ぶ姿に微笑ましくなった。
「いちごもバナナも美味しそうですし、クリームもカスタードも……アイスのせも捨てがたく、この黄色いマンゴーもとっても美味しそうです!」
「とりあえず今日は1つね。他のはまた来た時に頼めば良いよ」
俺の提案に更に苦しそうな顔になる。
「今は、その1つを選ばねばならないのですね……」
店員のお姉さんが頑張って笑顔を維持しているのが申し訳なかった。
しかし、そこから更に10分かかってようやく結論を出す。
注文したいちごバナナカスタードが作られるところをじっと真剣に見つめている。
受け取るまで目を離さず、店員から受け取る姿は何かの授与式を彷彿とさせた。
「まるでクレープのトロフィーだね」
聖女の凛とした佇まいと違い、ジャージ姿でクレープをかかげる彼女はかなりコミカルに思える。
「だって勇者様! いちごとバナナですよ!」
「うん、そうだね」
「こんなにみずみずしい果物はいつ振りでしょう」
とても嬉しそうにクレープを眺めていた。
いつまでもそのままになりそうだったと思い、近くのテーブルに座らせる。
「召し上がれ?」
座ってもなお、クレープを眺めるフィリアを促す。
「よろしいのですか?」
「ああ、そのために買ったんだし」
「ですが……」
「それにせっかくお姉さんが作ってくれたのに、食べないと勿体無いよ」
「確かに……」
フィリアが真剣な眼差しを見せる。それは生唾を飲み込む音が聞こえて来そうなほどだった。
「では、いただきます」
ゆっくりと口を開いてカスタードとイチゴの部分にかぶりつく。
口に含んで少しした後、目を見開いてのけぞった。
「んんー!」
何か言いたげに音を出すも、口を開けずに変な声を出す。そして僕を見てクレープを指差す。
「まあ、落ち着いて」
彼女が口の中を飲み込むのをゆっくり待つ。
「勇者様、これすごいです! やわらかくて甘くて酸っぱくてなめらかで!」
もう何を言ってるかわからない。
「気に入ってもらえた?」
「はい! もうすごく」
元気よく言い切った。聞くまでもなかったかな。
目を輝かせてまたクレープを掲げている。頬にもカスタードクリームが付いている。
そんなフィリアの姿に笑っていると、スッとクレープを差し出して来た。
「どうぞ」
「ん?」
さらにズイッと寄せてくる。
「さあ、勇者様も」
「いや、フィリアのだよ?」
「ですが、こんなに美味しいものを独り占めしてはいけません」
目の前にはフィリアが口を付けたクリームに、しっかりと彼女の後が残っている。
「さあ」
「ええ……」
思わず彼女の唇とクリームの後を見比べる。
「いや」
「遠慮なさらずに」
なぜ食べないのですか?と言わんばかりに小首を傾げている。
いや、食べたいけどこれは……
欲求と理性で口がむずむずする。
「勇者様?」
避けきれない。
覚悟を決めてクレープにかじりつく。
フィリアの口が当たったところを避けて。
「うん、美味しい」
「そうですよね。良かったです」
嬉しそうに続きを食べ始める。
俺の葛藤など知らんとばかりに、こっちが口を付けたところも気にせずパクパク食べていた。
「ハハハ……」
なんとも乾いた笑いが出る。
その後も彼女が美味しそうに食べている姿を眺めてこっちも嬉しくなる。
食べ終わって次の買い物があると席を立つ。
「さあ、行こうか」
「あ、待ってください」
フィリアはそう言って包みをゴミ箱に捨てる。
その足でクレープ屋のお姉さんのところへ行く。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
お姉さんと手を振り合い、こちらに戻ってくる。
「ありがとうございます。勇者様」
「大したことないよ」
「いえ、とても良い経験でした」
並んで歩き始めてからも、しばらくフィリアはどんなに美味しかったかを語り続けていた。
そして……
「これからも色んなことを教えてくださいね」
「ああ、これからも色んなもの食べて、色んなものを見よう」
「はい」
フィリアが明るく笑っている。
「勇者様も一緒ですよ?」
「ああ、もちろん」
これからもずっと、そう願う。




