20話 私はあなたのそばにいます。
学校から電気が消えるのを待ち、敷地内に忍び込む。
校庭にも、校舎にも人影はない。
見上げた校舎の屋上、夜の空の中に探し人がいた。
「リビア……」
家に来た時とは違って笑顔はなく、眉を寄せて睨んでくる。口をキツく曲げて、俺に対する怒りがあふれていた。
ただ、いくら何でもそこまで嫌われる覚えはないのだけど。
ふう、と小さく息を吐き、足に力をためて壁を駆け上がって屋上に出る。リビアと少し距離を置いて立つ。
「タカセアルト……」
「あれ、勇者とは呼んでくれないのかな?」
何かを堪えるように必死な顔に、思わず軽口を叩く。
屋上を見渡すと、陰になる場所にフィリアがいた。手を縛られ、半円状の小さな結界の中に座らされている。
「フィリア!」
呼びかけ、向こうもこちらに気づいて口を動かしているのに何も聞こえなかった。
「お仕置き? それにしては厳しいんじゃないか?」
「貴様が誑かすからだ」
「俺が?」
身に覚えはない……と思うけど、リビアもフィリア以上に思い込みが強い。
視線をリビアから外してフィリアの方を見る。
結界のそばに小さなクリスタルが浮いていた。
あれかな……
リビアがさっと間に割り込む。
「これ以上邪魔はしないでもらいたいな」
「別に邪魔……するかもしれない」
「貴様!」
睨む目つきがさらに鋭さを増した。いつの間にか手には短い剣が握られている。
「ただ、フィリアと話がしたいんだ」
「それが誑かしていると言うのだ」
静かに剣を水平に構え、切先をこちらに向ける。今にも突き殺してやると言わんばかりだ。
「今すぐ立ち去れ。そして2度と私たちに関わるな」
「相変わらず勝手なことばかり」
素手のまま半歩下がって身構える。
すぐにリビアが突っ込んでくる。刃先が頬を掠めて前髪が散る。
「おい、本気か!?」
さらに迫り来る刃を避けつつ怒鳴りつける。
「当たり前だ!」
怯まずリビアも怒鳴り、剣の勢いが更に増す。
「お前が来なければ! フィリアは私の聖女だった!」
「はあ?」
呆気に取られて変な声が出る。
剣を避けたところで動きが止まり、ひるがえったリビアの踵が脇腹をえぐる。
横に転がって受け身を取る。
転移ギフトのおかげで痛みは少ない。
だがバランスを崩して床に手をつく。
「何言ってるんだよ?」
「お前が私の場所を奪ったんだ!」
一気に駆け寄って来る。
端に追い込まれないよう広い方へと回り込む。
「私は聖女の護衛騎士だ。聖女フィリアは、私の」
前に回り込まれ、大きく剣を振りかぶる。
「聖女だったんだ」
振り下ろされた剣を拳で防ぐ。
激しい金属のぶつかり合う音が弾ける。
痛みに受けた手の甲から先が切り落とされたかと錯覚した。
「いっつー……」
思わず声が漏れる。
強化されてても何度もは無理だ。
「それがお前を呼んでからは、勇者の聖女だ!」
何度も振り下ろされる剣を避け続ける。
リビアの必死な表情に気を取られ、いつの間にか屋上の角に立っていた。
「私だけのフィリア様が、貴様のフィリア様になった……その屈辱はわかるまい」
怒りより悲壮なまでの強い顔で切先を向けて来る。
「ようやく魔王を倒し、貴様が帰還して、やっと私のフィリア様が戻ってきたのに……」
左右は牽制され、後ろは虚空。
リビアの顔が微かに笑う。
「ずっとこうしたかった」
そして剣を振りかぶり、
「終わりだ!」
迫りくる刃の下を潜るように横に避け、体を外に投げ出した。
「何」
屋上の縁に手を引っ掛け、外をくぐってリビアの背後に回る。
振り抜いた背中を強く叩き、今度はリビアを外に投げ出した。
リビアは剣を落としつつも、ギリギリ縁にぶら下がる。
「少しそこで反省してろ」
どうせ強化された俺たちは地上4〜5階から落ちても大した怪我にならない。
リビアに背を向けてフィリアに近づく。
近くのクリスタルを蹴り飛ばすとあっさり結界は解けた。
「勇者様!」
すぐにフィリアが抱きついて来る。
「ありがとうございます。ごめんなさい」
耳元で聞こえるフィリアの声に安心した。
もう何のお礼でなんの謝罪かわからない。
「大丈夫だった?」
フィリアを引き剥がして手を縛る縄を千切る。
「はい、本当にごめんなさい」
「良いんだもう。また会えて良かった」
顔が見れて胸を撫で下ろす。
フィリアが目線をそらし、そちらを見るとリビアが登って来ていた。
「リビア」
「フィリア様……」
リビアはバツが悪そうにうつむいていた。
フィリアはそっと近づいていく。
「あなたが私に、聖女のあるべき姿を教えてくれたのは覚えています」
「それ……はい。そうです」
リビアの顔が少し晴れていく。
「しかし、私はもう聖女じゃない」
「そんなことはありません!」
大きな声で否定するリビアに、フィリアは静かに首を振った。
「力を無くし、聖女の引継ぎも終わった。すでに私の役は終わっている」
「嫌です。そんなことは……」
リビアは弱々しくうろたえる。
そこにフィリアは毅然と突きつけていく。
「護衛騎士の任は解かれている。私はあなたと戻れません」
「フィリア様……」
リビアは静かに涙を流す。
「今までありがとう。私はアルト様と一緒に生きます」
涙で濡れた顔がどんどん色を失っていき、力もなくしたようにうつむいてしまう。
フィリアはリビアに背を向けてこっちを見る。その顔に少しだけ申し訳なさそうさを感じた。
「いいのか?」
「はい、彼女も役目を下すべきです」
リビアから少し離れたところでフィリアがまっすぐこちらを見て来る。
「それで、その」
「何?」
伺うようにこちらを見た後、視線を泳がせるている。
「アルト様はよろしいでしょうか?」
「??」
フィリアが何を聞いてるのかわからなかった。
何か喉に詰まったようにうなり、頬を赤く染めている。
「ですから、私はアルト様と一緒にいたいんです」
さっきも言っていた言葉だ。
改めて聞くと、え、あれ。
そうだ、帰るのを止めに来たのに。
「ここに残るってこと?」
「はい、そうしたいと申しています」
「それは良かった! 帰ると思って心配してたんだ」
安心して、顔が緩むのがわかった。
それとは違い、フィリアの顔は更に耳まで赤くなり、歯噛みしている。
「だから!」
珍しくフィリアから大きな声が出る。
「アルト様はどうですか?」
「へ……」
アルト様は……
あれ、いつの間にか学校じゃないのに呼び方が、
いやそうじゃない。
「俺の、気持ちってこと?」
「はい」
顔が急に熱くなる。
熱を帯びた目で見つめる瞳に俺が写っている。
「俺は……」
「ダメだー!」
リビアが割って来て、突き飛ばされる。
隠し持っている呪文書を開くと魔法陣が床に広がり、陣の外まで弾かれる。
「アルト様!」
「フィリア!」
屋上の縁になんとか踏ん張るが、魔法陣が強くて飛ばされそうになる。
「帰りますよ、フィリア様!」
リビアはフィリアに抱き付き動けなくしていた。
陣の光は空へと伸び、どんどん高くなっていく。
「帰れば頭も冷えます。だから今は!」
もがくフィリアを必死に引き留めている。俺は陣の中に入れず、光の壁を叩いた。
「フィリア!」
いくら叩いても光は俺を阻む。
「アルト様! 待っていてください!」
フィリアの声が耳に届く。姿は光に飲まれて見えない。
「必ず! 必ず!」
フィリアが何かを言おうとして、何も聞こえなくなる。光は陣を連れて空へ登って消えていった。
静かに暗い夜が辺りをに拡がる。
「フィリア……」
そこにフィリアの姿は無くなっていた。
フィリアが帰って数日が経ち、家で寛いでいると、部屋の外から爆発音が聞こえて来た。
玄関のドアが揺れ、そばの窓からもうもうと立ち込める煙が見えていた。
何事かと中から様子を伺っていると、ドアの鍵が差し込まれ、開錠の音が響いた。
恐る恐るドアに近づくと、力いっぱい開かれ外から人が飛び込んできた。
「アルト様!」
抱き止めた勢いが殺せず、受け止めたまま倒れ込む。
「フィリア?」
相手を引き剥がして顔を確認する。間違いなくフィリアだった。
「はい、また参りました」
「ああ、良かった」
思わず抱き返す。
「来てくれると思ったよ」
「はい、私も会いたかったです」
フィリアは体を起こし、まっすぐ見下ろして来た。長い髪の毛が顔を撫でる。
「アルト様、私はこの先もアルト様と共にいたいです」
まっすぐな言葉が胸に飛び込んでくる。
「俺も、フィリアにいて欲しい」
あの時言えなかった言葉を伝える。
「これからも俺と一緒にいてくれるか?」
「はい!」
不意にフィリアの顔を近づけて来た。
「フィ、リア?」
どんどん唇が近付いてくる。
キレイな顔が、灰色の瞳が、目の前にいっぱい広がる。思わず目を閉じる。
チュっと音が鳴る。
「へ」
思わず変な声が出た。
柔らかな感触のあったおでこを押さえる。
「祝福のキスです」
フィリアが身体を起こし、引っ張られるまま身体を起こし、手を取り合って見つめ合う。
「アルト様」
赤い顔で微笑んでいる。
「これからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
そして2人で笑い合った。
今も、これからも。
「ずっと一緒です。アルト様」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作はひとまずここで一区切りとなります。
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お付き合いいただき、ありがとうございました。
この先もう少しだけ続きます。




