18話 聖女の力は戻せます。
リビアが立ち去った後、俺たちはまっすぐ家まで帰った。
その間、フィリアに何度か話しかけても反応が薄く、リビアの言葉に悩んでいるみたいだった。
部屋に帰り着いて明かりをつけた時、フィリアが玄関で立ち止まっていることに気がついた。
「フィリア……」
「勇者様……」
鞄を玄関に置いて、力なくこちらを見てくる。
「私はどうするべきでしょう?」
「どうするべき……」
リビアの言葉を思い出す。
聖女の問題は、あっちの世界の問題だと。俺には口出し無用だと。そして、それはフィリアの立場であり、彼女のためなのだと。
それでも、俺はフィリアに帰って欲しくない。
帰って欲しくはないのだけど、それをフィリアに言って良いのだろうか……
「フィリアはどうしたい?」
「私は……」
「とりあえず、座ろう? 少し落ち着いて考えれば良い」
自分は床に座りながら手招きする。
肩を落としたままトボトボと言った感じに入ってきて、隣にゆっくりと座る。
悩み過ぎてか。心ここに在らずのようだった。
「お茶入れるよ」
冷蔵庫の麦茶をコップに入れて出すが、フィリアはそれを目で追うだけで受け取ろうとはしなかった。仕方なく2人分のコップをテーブルに並べて置く。
俺とフィリアのコップ。
彼女が来てからせっかくだからと、セットで買った物だ。
漠然とした不安が頭をよぎる。
「フィリア、あの」
声をかけようとした時、
コンコンコン
控えめな音で部屋のドアがノックされる。
「なんでノック……」
インターホンは鳴るはずなのに。
出ようとするフィリアを静止して俺が動く。
のぞき窓から見ると、さっき別れたばかりの軍服を着た女性がいた。
ドアを少し開けて顔を出す。
「何しに来たんだよ……」
リビアは見慣れない笑顔で少し離れ、外へと手招きしている。
「勇者様、何か」
中からフィリアが声をかけてくる。リビアは見えないように死角に移動していく。
「あーなんでもない。ちょっと待ってて」
フィリアの方を見て、まだ部屋の中で座っているのを確認する。それからドアの隙間を滑るように外に出る。
ドアを閉めて、中で動く気配がないかそば耳を立てる。しばらくそのまま待ち、安心して耳を離す。
「ほんとに、何しに来たんだよ」
リビアは少し離れた場所で廊下の手すりにもたれ掛かる。
「まあまあ、そう邪険にしないでくれ」
フィリアがいない場所だと口調も砕ける。
こちらを見ず、外に向かって話しかける失礼さも相変わらずだ。
「あなたとは打ち解けなかったけど、旅で苦楽を共にした間ではないか」
「どの口が言うんだ」
いつも俺の意見は聞かないし、無視するし。
「最後まで人間扱いしてなかっただろ?」
旅の中でも一切仲良くなれた気がしない。
今もこっちに目を合わせない。
「王国の人間として、勇者は対魔王の最終手段だ。甘く見てこっちを攻撃されてはたまらない」
それなら仲良くするもんじゃないのか。
言いたかった文句を飲み込み、目を細めてにらみ付ける。ただ、こっちを見ないリビアは全く気にしてなさそうだった。
剣呑な空気を抑えるためか、重く息を吐くとリビア落ち着いた口調になった。
「こっちの世界はずいぶんと栄えているんだな。来た日は目を回したぞ?」
「その割には落ち着いてるな?」
「来る前に少しだけこっちを遠見の魔法でのぞいたからな。フィリア様の無事も、それで確認した」
横顔でも少し微笑んでいるのがわかった。
リビアはいつだってフィリアのことを案じていたんだ。
「それなら安心しただろう?」
「貴様がそばにいて不安がないわけないだろう?」
相変わらず俺をなんだと思ってるんだ。
「私も腹芸が苦手なのでな。手短に伝える」
そう言うとこちらに向き直る。たが相変わらず視線は外を見たままこちらを見ない。
「勇者アルト、フィリア様に帰るよう言ってくれないか?」
「そんなこと」
俺が言うことじゃない。
「フィリアが決めることだろ」
「それではダメなんだ」
食い気味に否定してくる。
「フィリア様には必ず帰っていただく」
「そりゃ元いた世界で暮らすのは当然だろうけど」
「それだけではない。フィリア様は聖女だ。私たちの国は聖女の祈りに支えられている」
「どう言うことだ?」
「聖女が祈ることで王国内の防御結界や、田畑への豊穣の加護が繋がれている。それを失えばどうなると思う?」
これは初耳だった。
「すぐではないが、聖女が居なくては国が傾く」
聖女にそんな重い役目があったのか。
「だが、あの子はそんな祈りの最中に消えた。噂はすぐに広がり、国中で危機に怯えている。
お前も勇者として、我らの国を救ってくれただろう?
どうか、また国を救うと思って」
そう言って深く頭を下げる。
「あの子は迷っている。
勇者のための役目を果たそうと、勇者の役に立ちに来たはずだ。
だが旅の間も毎日忘れず祈ってんだ。
国のために祈る役目を忘れたわけじゃない。
あの子が正しく役目を果たせるようにどうか帰らせてくれないか」
「なんで、それを俺に言うんだ」
「悔しいが、私が言うより貴様の言うことのほうが、フィリア様にとっては大事だ」
頭を下げたまま答える。
「でも、フィリアはもう魔法使えないぞ? 戻ったところで」
「力は戻るんだ」
力強く言い切った。
頭を上げて、今度はまっすぐ見つめてくる。
「信仰心なんだ。こっちに届かなくても、戻ればまた聖女の元に届き、力を取り戻す。
今は普通の少女だとしても、また魔法を使えるようになるんだ。そうすれば」
興奮気味にまくし立ててくる。
「フィリア様は力ある聖女に戻れるんだ」
リビアの目は希望を見つめているようだった。
聖女に戻れる……それは必要なのだろうか。
「フィリアは、魔法を使わなくてもなんでもできる」
「それは当然だ。みんなと一緒に下働きをなんでもやった。勉強も料理も人一倍できる。どこにいても苦労しない能力を持っている」
「なら戻らなくても」
「それはダメなんだ。国の支えを失うだけじゃない。あの子のためだ」
「帰ったら国のために祈り続けるんだろ? それのどこが」
フィリアのためなのか。
俺を呼んで勇者として戦わせて、魔王を倒したら即送り返した。
そんな世界に恩は感じていない。
「聖女は名誉ある立場だ。
本来下働きなんてしなくていい。
生活の不安もない。
祈るだけで、彼女には明るい未来が待ってるんだ」
自分の言ってることが絶対だと信じている。
疑いが顔に出たのか、リビアはまだ続けるようだ。
「それにあの子は、責任感が強い。
与えられた役目を途中で放棄したら、それはいつかあの子を苦しめる。
そうなる前に帰るべきだ」
「そんなことはない。フィリアは望む場所で生きて良いはずだ」
「いや、お前もわかってるじゃないか」
「何を?」
「フィリア様は望んでいるはずだ。帰りたいと、聖女に戻りたいと」
思わず絶句した。
そんなはずはない……と言い切りたかった。
俺はフィリアに言ったんだ。聖女じゃなくて良いって。その言葉はフィリアに届いたはずだ。
だけど……
「思い出せ? フィリア様はずっと言ってるだろ? 役に立ちたいと」
確かに言っている。
「それはあの子の心からの願いだ。今のままじゃ役に立つどころか、役目を果たせない」
「そんなことはないだろ」
まるで聖女じゃないフィリアではダメだと言われているようで腹が立つ。
「フィリアに魔法がなくても」
「力を使える人間は、その力に責任を持つべきだ」
リビアの言うことは理解できた。
俺も転移した時に力を手に入れたから、魔王討伐を手伝うことにしたんだ。
「その責任を果たすには、残念だがお前の言葉が必要なんだ。フィリア様も、お前が言ってくれるのを待っている」
疑いのない目で見てくる。
本当にそうなのか?
「フィリアは帰りたいと思っているのか?」
「当然だろう? 聖女は国を支えているが、優先すべきは召喚した勇者だ」
優先すべきは勇者か。
確かに、これも言っていた気がする。
「帰るべきだと思っていても、勇者の許しもなしに勝手に帰ることはできないんだ」
そう言って、また深く頭を下げる。
「頼む。お前もフィリア様は戻るべきだと思うだろう?」
「それは」
考えるように頭を掻く。
俺はフィリアに居て欲しい。それは間違いない。それと口には出さないが、今となっては向こうの世界がどうなっても知ったことではない。
でもフィリアの気持ちや、フィリアが聖女という立場にどう向き合っているかについても、口に出して良いことじゃないと思う。
「フィリアが望んでるなら、そうだと思うが」
「というと?」
なんだよ。急に察しの悪い。
「フィリアが聖女に戻りたいとか、帰ることを望んでいるなら」
自分の口から出る言葉がひどく重い。
言いたくなくて表情が歪む。
「帰った方がいいとは思う」
リビアの顔が急に持ち上がる。
「そうか!」
見たことのない満面の笑みだった。
「いや、わかってくれると思ったぞ。さすがは異界の勇者だな!」
俺の手を取って強引に握手をし、肩をバンバン叩いてくる。
そしてしばらく叩いて満足したのか。急に手を離して距離を取る。
「時間を取らせてすまなかったな。ではフィリア様によろしく伝えてくれ」
バッと手すりを乗り越える。
さすが異世界人の身体能力だ。何事もないように着地してどこかに走り去っていった。
「あれはフィリアには無理だな」
姿が見えなくなるまで見送り、部屋に戻った。
部屋の中では出た時と同じようにフィリアは座っていた。
「何かありましたか?」
ただ、その表情は先ほどと違って微笑んでいた。
「いや……」
聞かれても答えることはできず、言葉を濁してしまう。フィリアの微笑みに何故か怖さを感じ、余計に言葉に詰まる。
「夕ご飯の準備しますね」
フィリアはそう言って、制服のままエプロンを付ける。
「ああ……あれ」
テーブルに残された手付かずのコップ2つに気がつく。
「お茶飲まなかったのか」
「はい。のど、乾いてませんでしたので」
その後は気にも止めず、2人でいつもの夜を過ごした。
そのまま大した会話もないまま眠りに着く。
そして目が覚めると、フィリアの姿はなかった。




