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17話 聖女の天敵は護衛騎士です。

 夕焼け空の中をフィリアと2人、並んで帰っていた。

 何故か、フィリアとの距離を感じる。

 あの後……



 階段から落ちかけたフィリアを抱き上げたまま、ナメアを睨み付けた。

「どういうことだ」

「いや、えっと……これは」

 バツが悪そうに目線をそらしている。

「俺に何かするのはともかく」

 ゆっくりとフィリアを立たせ、背後にかばう。

 その間もナメアをずっと睨み付けた。

「フィリアが危なかったぞ」

 遅れて来たクーネがナメアの後ろから裾を引っ張る。

「ナメア様、これは良くないかと」

「わかってる」

 引っ張られつつ少しずつ距離が開く。

「こんなつもりじゃなかった」

「ナメア様、言い訳は」

「わかってるって!」

 ナメアとクーネはお互いを支え合うようになり、さらに離れていく。

「こんなつもりはなかった。ホントにごめん」

 落ち込んだ様子で頭を下げる。

「参りましょう」

「……またね」

 申し訳なさそうに小さくなった背中が並んで立ち去って行った。



 ナメアもクーネも何もせず学校を立ち去った。残っていた蜘蛛の糸もいつの間にかなくなっていた。

 一応の脅威だった彼女たちは引き下がってくれたように思えた。

 しかしフィリアの表情は優れなかった。

 何か気になることがあるんだろうか。

「フィリア」

「はひぃ!」

 名前を呼ぶだけど全身で飛び上がる。

「やっぱり、何かあったのか?」

「い、いえ。何も……」

 声と一緒に肩まで小さく萎んでいく。少し顔も赤くなっている気がする。

「何かされたとか、何か言われたとか」

「ナメアさんは何もしていません。先ほどのも事故ですので」

 そうは言っても明らかに様子がおかしい。

 いつもなら背筋を伸ばしてまっすぐ相手を見るのに、今は肩を落として背を丸め、チラチラ見てきては目線を落とす。

 まるで何かを意識してるように……

 寝癖?

 背中に張り紙?

 それとなくチェックしてもどちらでもなく、それに彼女が指摘しないはずもなかった。

 もっと別の、何か?

 わからないけど、ナメアが何か言ったに違いない。

 悩みながら歩いているとフィリアが急に立ち止まる。

 うつむきながら少しモジモジしていた。

「どうかした?」

「勇者様……」

 よく見ると頬が赤く、息も少し乱れている。

「やっぱり、体調悪そうだ。寒気とか」

「違います!」

 力強い言葉の通り、まっすぐ見つめ返してくる。

 思わず怯んだ俺を、夕日を映す潤んだ瞳でとらえていた。

「私、気付いてしまったのです」

「何に?」

「ずっと、聖女だからだと思っていました」

 よくわからなかったけど、真剣な表情につられて耳を傾ける。

「でも、それだけではありませんでした。

 共に長い旅を続け、目的を果たしました。

 本来なら、そこで終わりだったかもしれません。

 ですが、私は終わりたくなかった。

 私は……」

 フィリアの言葉が急に詰まる。

 視線もいつの間にか合わず、俺の後ろを見て固まっていた。

「探しましたよ。フィリア様」

 背後から声がかかり、とっさに振り返る。

 振り返りつつもフィリアを背中に隠し、かばうようにして後ろに向き直る。

 懐かしい女性がそこに居た。

「貴方の護衛騎士が参りました」

「リビア……」

 旅をしていた時と変わらず、詰襟の軍服に身を包んだ女性、護衛騎士のリビアが少し先に立っていた。

「あなたに呼び捨てにされる覚えはありませんよ、勇者」

 姿だけでなく、トゲのある態度も変わっていなかった。

 正直、良い思い出はない。

「だが転移してしまったフィリア様を、こちらの世界で保護していてくれた事は感謝しよう」

 感謝、と口にしつつも目を細めて見下してくる。

 フンと鼻を鳴らし、目線をフィリアに移すとすぐに笑顔になった。

「さあ、フィリア様。帰りましょう」

「リビア、私ね」

 言いかけるフィリアに首振って答える。

「ダメですよ。フィリア様、あなたは当代の聖女ですよ? みなも帰りを待っています」

 そう言って手を差し伸べてくる。

「待ってくれ。そんな急に」

「黙りなさい。勇者、これは私たちの世界の事です」

 ピシャリとキツい言葉で叩いてくる。

 ため息を吐きフィリアが前に出てくる。

「リビア。まずは勇者様への態度を改めなさい」

「しかしフィリア様」

「しかしも何もありません。魔王討伐の恩を忘れて礼儀を欠くことは認めません」

 今度はフィリアがリビアに対して、まるで諭すように強い態度で言い放つ。

「うう……はい、失礼しました」

 歯噛みして悔しそうにうなっている。

「勇者アルト。失礼な態度は詫びましょう。

 だが意見は変えない。

 あなたの功績は、国では誰もが認めるものだ。

 しかし聖女のことは我らの問題。

 どうか口出し無用に願おう」

 少し態度は改められても、やはり俺の口を出す余地は認められなかった。

「さあ、私は謝罪しました。次はフィリア様です」

「でも私は」

「どうやって道を繋いでしまったかわかりませんが、あなたはあちらの世界になくてはならない立場です」

 立場、と言う言葉にフィリアはうつむいてしまった。

 俺を庇った時は強気なのに、自分のことには急に弱気になっている。

「さあ、帰りましょう」

 リビアは再び手を差し伸べ、先ほどとは逆にフィリアが後ろへ下がる。

「それは」

 前はもっと言い合っていた印象だけど、フィリアは口ごもっているように見える。

「さあ」

 近付いてくるリビアの前に、今度は俺が立ち塞がった。

「勇者、まだ何か?」

「口出し無用はわかったんだけど」

 にらんでくるリビアに思わず怯む。

 しかし、このままフィリアが何も言わず、連れて行かれるのは放って置けなかった。

「折角来てくれたのに、急いで帰る事はないんじゃないか?」

「邪魔しないでいただけますか?」

「まあまあ、フィリアも急で驚いてるみたいだし」

 なんとかなだめようとする。しかし覚えているより当たりがキツく、さらに険しくにらんできた。

「お前も……フィリア様も気付いておられると思いますが、聖女の魔力が減ってるのではありませんか?」

 胸がドキッと音を立てる。

「気付いて」

 問い掛ける俺にため息が返ってくる。

「当たり前だ。説明しただろう? 聖女の魔力は信仰心に支えられている」

 表情からも呆れたと読み取れた。

「ああ、わかってるよ」

 それは俺も思い出していた。

 だから、元の世界の信者がいない以上、魔力は減る一方だった。

 そして、そこからでもフィリアは魔法なしで頑張っていたんだ。

「フィリア様が去られて一月以上経って、もはや魔力は残っていないのでしょう?」

 フィリアは押し黙り、目線をそらしていた。

「知らぬ土地でご不便なされたでしょう? さあ、帰りましょう」

 改めて差し出された手を見て、フィリアは後ずさる。

「フィリア様。何をお考えか存じませんが、居なくなられて皆が困っています」

 フィリアが下がった分だけ、リビアが詰め寄る。

「今なら戻れます。聖女であることこそ、あなたの使命だったでしょう?」

 リビアは優しく問い掛ける。

 それでもフィリアの表情は固い。リビアの手と顔を交互に見ては、自身の手を引っ込めて胸の前で固く握る。

「何を迷われているかわかりませんが、これはあなたのためなのですよ?」

「……私は」

 何かを言いかけて、フィリアはまた押し黙った。

 リビアはため息を付いて差し出した手を引っ込める。そして反対の手で俺たちの後ろを指差した。

「あの建物の1番高い場所。明日の夜にそこで帰還魔法を使います」

 リビアの指差す方に学校があった。他に高い建物もなく、学校の屋上のことだろう。

「お世話になった方への挨拶くらいは待ちます」

 手を引っ込めて一歩下がる。

「ではまた明日、改めて」

 そう言って背を向けてどこかへと歩いていく。

 リビアの背中が道の向こうに消えるのを待ち、フィリアの顔を見る。

 彼女に見つかるまで艶やかだった顔色も、今は色を失って沈んでいた。

「引いてくれたけど、前より厳しい感じだったね」

「そう、ですね……」

 反応も歯切れが悪い。

「とりあえず、帰ろう」

 頼りなさすら感じるほどに肩を落とすフィリアに思わず手を伸ばす。

「……はい」

 フィリアは伸ばした手を握ってくれた。

 手を繋いで帰る途中も、力は弱くまるで消えてしまいそうだった。

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