16話 聖女と魔族の恋愛戦争です。
「アルたーん、お昼いこー」
「アルたん見て見て、新しいネイル」
「アルたん、フィーりゃん、一緒に帰ろ!」
「アルたん、ちょっと2人きりでさ」
教室で2人が火花を散らした翌日から、ナメアは更にグイグイ接触してくるようになった。その度にフィリアがやってきた。
「ナメアさん、アルト様が困っております」
そう言って、廊下で抱き付かれていた俺からナメアを引き剥がしてくれた。
「フィーりゃん、ひどーい」
「ひどくありません。出くわすたびに絡まないでください」
ナメアから逃げるようにフィリアの影に隠れる。
「今は急いでますのでお引き取りを」
「えー仕方ないなあ。まったねー」
教室の移動中すら見かけるとドンドンやってくるナメアに少し疲れてきていた。
「ありがとう、フィリア」
「アルト様は優し過ぎます」
そう言うフィリアの顔はやはりいつもより険しかった。
「ごめん。でも」
以前、彼女に危害を加えるつもりがないなら良いって言ってしまったことを思い出す。そして、こちらからも手は出さないと言ったことも。
「でも、ではありません。そんな調子ではナメアさんも離れませんよ」
確かにフィリアの言う通りだった。
それでもナメアが夢に出てくる夢も初日しか見ていないし、現実で引っ付いてくるだけの相手を強く追い払うこともできなかった。
「……」
「フィリア?」
何か考えるように少し上を見上げて首を傾げていた。しばらくそうしてから、思いついたようにパッと笑顔になる。
「では、私がアルト様をお守りしますね」
「いや、さすがに」
それはカッコ悪いと思った。でもさっきはフィリアに隠れたことを思い出し、断る言葉が続かなかった。
それから放課後になり、いつもの様にナメアが教室にやってくる。
「アルたん! 一緒にかえ」
近づいて来ようとするナメアをフィリアがサッと遮った。
「お、フィーりゃんも一緒に帰る?」
「はい、私はアルト様と一緒に帰ります」
フィリアはいつもの笑顔なのに、なぜか凄みを感じる。
「あれ? うちは?」
「私とアルト様は同じ方向ですので一緒に帰りますよ? ナメアさんは別方向でしょう?」
「だから、寄り道して」
「アルト様は寄り道しません」
フィリアはずっと笑顔のままで、ナメアとの間に火花を散らしていた。
「アルたんはどうしたいー?」
不意にナメアがフィリアを避けてこちらを見る。
「アルト様は帰ってから私の用事がありますので。今日のところはお引き取りください」
フィリアは譲らず、避けた先へと回り込む。
あれ、用事なんてあったっけ……
「ええーアルたん、そうなの?」
「あ、えーっと」
「そうですよね、アルト様?」
やばい。フィリアの笑顔に影が差している気がした。
「はい、用事あります」
フィリアの笑顔が明るくなり、ナメアは明確に不満顔になる。
「ええー、本当に?」
「お引き取りを」
笑顔のままナメアを押しどけ、俺の道を開ける。
「さあ、アルト様。参りましょう」
改めて、フィリアがこちらに向き直り、進む様に促してくる。
「はい、行きます」
「ねーアルたん」
通り抜けようとしたところ、ナメアが左手に絡み付いてきた。柔らかな感触を腕に感じて飛び上がりそうになる。しかし指先までしっかり絡め取られ、振り解けなかった。
「うちも付いて行ってもいい?」
「へ?」
「いけません。アルト様は私と帰るんです」
今度はフィリアが右手に抱き付いてくる。
ナメアとは違い、こちらは離さないという力強さで引っ張られる。
両手の腕に感じる柔らかな感触と、左右からの違う良い匂いに頭が真っ白になった。
「私と用事があるのですから、ナメアさんはお引き取りを」
「いーじゃん、うちが付いてっても!」
耳元で言い合う2人に左右から揺さぶられる。
しばらくの間、いがみ合う姿を眺めていた後、不意に2人の手が離れた隙を見て俺は1人で逃げ出していた。
いつの間にか教室とは反対側の校舎にまで逃げてきていた。
「情けないなあ……」
異世界で勇者だった頃は魔王にも逃げ出さなかったのに……
「フィーりゃんのせいでアルたんがどっか行ったー」
「人のせいにしないでください。あなたが付きまとうからです」
遠くの開いた窓からまだ彼女たちの口論が聞こえてきた。
もう少し隠れて、なんとかフィリアだけに声かけて帰るしかないかな……
そう考えながら植え込みに隠れていると手に蜘蛛の巣を引っ掛ける。
「うわ、ついてない」
思わずボヤけ手を振るって糸を払う。だが糸は外れず、むしろ余計に手に引っ付いた。
反対の手で鷲掴みにして剥がして取る。よく見ると蜘蛛糸にしては太く、しっかりとした糸は剥がされてなお指に張り付いてくる。
不思議に思って持ち上げると糸は地面を張って伸びていた。視線で追いかけるとその向こうに1人の生徒がこちらを見ていた。
「こんにちは、勇者アルト」
ナメアと一緒に現れた魔族。黒髪でナメアとは対照的に口数少なく大人しい印象の彼女は、その印象のままに静かに立っていた。
「クーネ、だっけ?」
その足元に張り巡らされた無数の蜘蛛の糸を見逃さず、俺は立ち上がって警戒する。
「はい、ナメア様の側仕え。アラクネ族のクーネです」
スカートの裾を小さく持ち上げ、優雅にお辞儀する。その柔らかな動きとは裏腹に、視線だけは鋭くこちらを捉えていた。
「少し、お時間頂きますね?」
「何のつもりだ。危害を加えるつもりはないんじゃなかったか?」
「もちろんです。それは今も変わりません」
そう言って植え込みから出て広い場所に誘ってくる。こっちももう隠れている意味はない気がして、立ち上がって近づいた。
「それじゃ、その大量の糸は?」
目を凝らすと色んなところに糸があった。
「これは私の目と耳です。これを使って色んなことが分かるんですよ」
指先に糸を引っ掛ける。あんなに張り付いた糸が、彼女の手からは柔らかく離れて地面に落ちた。
「例えば、勇者アルトは聖女フィリアに恋してるとか」
「な、何を言い出すんだ!」
思わずうろたえる。
そんな俺とは対照的にクーネは口元を押さえて楽しそうに笑っていた。
「微笑ましいですね。幼子のようにお互い一緒にいるだけで幸せそうで。こちら風に言えば、尊いとでも申しますか」
何か残念そうに目を伏せて首を傾け、頬に手を当てる。
「できるなら、そばで見ていたいとさえ思います」
「じゃあ、ナメアを止めてくれると助かるんだが」
「それはできません」
キッパリと断られる。
「ナメア様が楽しそうなのは久々ですので」
「遊んでるのかよ……」
「いいえ。気持ちのほどはわかりませんが、本気で取り組んでると思いますよ」
「本気で……それは俺を取り込みたいってことか」
魔王になって欲しいと、最初に彼女は言っていた。
「強い人に惹かれるのは魔族のサガです。魔王は関係なく、惹かれる気持ちはあると思います」
そう言って俺の後ろの方を見上げていた。
視線を追いかけるとフィリアとナメアが階段の踊り場で言い合っているのが見えた。
「だから今は勝負の邪魔はさせません」
いつの間にか、足に糸が絡んでいた。
「何をする」
「お時間もらいます、と。今しばらくは行かせません」
「フィーりゃんさぁ」
勇者様を探して校内を歩いていると、階段の踊り場に差し掛かったところでナメアさんが話しかけてきた。
「アルたんとどこまで行ってんの?」
「どこまで、とはなんですか?」
「えー?」
からかう様な顔で下からのぞき込んで来る。
「聖女様は初心かなー?」
「だから、なんの話ですか」
さらに問い返す私に、彼女は1人納得した様に腕組みをしてうなずいている。
「うんうん、一緒に住んでて2人とも手ぇ出してないんだもんねー」
彼女が何を言ってるのか分からなかったけど、それが間違いなく私たちの関係を見くびる言葉なのはわかった。
「あなたに何がわかるのですか」
「わかるし。何気にクーネがずっと見てるし」
クーネ。もう1人の魔族。
「のぞき見とは、趣味が悪いですよ?」
「だって、好きピのことはいっぱい知りたいじゃん?」
好きピを強調し、照れる様な仕草でクネクネしていた。
「何を言いたいのか知りませんが、私とアルト様の間に割ってこないでくれますか?」
「私とアルト様の間!」
驚いたように私の言葉を繰り返す。それからまたからかうような笑顔に戻り、楽しそうに目を細めた。
「そう言う割に、その間はガバい気がするなあ」
「なんですか」
言い回しはよく分からなかったけど、勇者様との関係をからかわれているのはわかった。
さすがに少しムッとする。
「役目で一緒にいて、ちゃんと絆はあるのかなー?」
「当たり前です。私たちは長い旅を乗り越えて」
「ただ一緒にいただけでしょー?」
「違います」
長い間、私たちは協力して旅をやり遂げだ。それは一緒にいただけなんて言葉では語りきれない。
「魔王様も倒してくれちゃってさ。役目は終わったでしょー? なんでまだ一緒にいるの?」
「それは、私は勇者様の聖女です」
胸を張って言い切る。
それでもナメアはニヤニヤ顔で見下ろしてくる。
「男を追いかけてきた聖女様なんて、めちゃ面白いんですけど」
「アルト様をただの殿方と一緒にしないでください」
「そりゃわかってるよ? 魔王を倒した男だし、その辺のとは比べ物にならない」
笑っていた目が一瞬だけキツくなる。
「でもさ、教会で祈りを捧げるはずの聖女様が、寂しくなって追いかけて来たんなら、相手が誰でも関係ないよね?」
ナメアさんは斜に構えながら私の胸を指先で刺す。
「勇者を終えたはずのアルたん追っかけるフィーりゃんは、本当にまだ聖女なのかなー?」
「揺るぎませんよ? 私は魔族に騙されたりしません」
「お固いなあ……じゃあ聞くけどさ、フィーりゃんは本当に、男としてのアルたんや、アルたん自身に興味ないの?」
「男として、アルト様自身」
質問を飲み込むため、要点を復唱する。
「アルト様は勇者様です」
「じゃあ勇者じゃないアルたんに興味はないんだね?」
「え」
勇者様ではないアルト様……
「聖女だから、勇者のそばにいるんだよね?」
いつの間にか、彼女は私の肩に手を置いて耳元でささやく。
「こっちの世界で勇者じゃないアルたんのそばに、フィーりゃんこそ居場所ないんじゃない?」
「そんなことは」
ないと言い切れなかった。
言葉に追い詰められて、階段の手すりに追い込まれる。後ろは下り階段で後がない。
私は勇者様のそばに居たかった。それは間違いなく私の思いで、聖女としてあるべき姿だと思った。
でも勇者じゃないアルト様や、聖女じゃない私はなんで一緒にいるのでしょうか?
「うちは強いアルたんが好き。強い男って大好き。本気で狙ってるの」
「フィーりゃんのことは嫌いじゃないよ? でも隣にいる理由がないならさ」
ナメアさんは肩に乗せた手を重くして、目をのぞき込んでくる。
私の勇者様の隣にいる理由……
「うちの邪魔はしないでほしいな?」
彼女がなんと言おうと、私は勇者様の聖女なのだから。隣でいる理由はそれだけで十分……なのでしょうか。
勇者じゃないアルト様。
聖女じゃない私。
心の中で繰り返す。
聖女じゃなくて良いんだ。
以前、勇者様が言った言葉を思い出す。
フィリアにいて欲しいんだ。
そうだ。
勇者様は言ってくれていた。
勇者じゃないアルト様として。
聖女じゃない私に向けて。
そして私も。
「黙ってないで答えてよ」
「それは」
答えようと顔を上げた表紙に、肩を掴む彼女の手にグッと力がかかる。
後ろでに手すりで支えていた手が滑る。
「あ」
体が支えを失った。
よろけて体をかばおうとした足はナメアさんの足に引っかかる。支えを失ったまま、頭から階下に向けて落ちていく。
階段の足場が迫って来てとっさに目を閉じる。全身がこわばって痛みに備えていた。
目を閉じたままいくら待っても痛みは来なかった。落ちているはずが、身体は何かにしっかりと支えられている。
「勇者様」
目を開けると勇者様が目の前にいた。
私を抱き止めてくれている。
「フィリア、大丈夫だった?」
「はい、勇者様」
彼はいつもそうだった。
私の危機に駆け付けて、いつも私を助けてくれる。
そうだ。
私が。
聖女じゃない私自身が。
あなたの隣に居たかったんだ。
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