12話 聖女は普通の女の子です。
「あ、フィリアちゃーん。この間はありがとうー! え、今日? 特にないよ?」
「クロイツェンは働き者だな。自ら仕事を探すとのは素晴らしい。また何かあったら頼むとするよ」
「頼みたいこと? じゃあ合唱部に」
「仕事? うーん、イベントは終わったから当分ないかなー」
「はぁ……何もありませんね」
今日の学校が終わろうとしているのに、誰のお役にも立てていません。
困っている人、大変な目に遭っている人、誰かの手を借りたい人、そんな人がいないに越したことはありません。ただ、それでも私は。
今日は朝から何も仕事をしていません。勇者様も「また後で」と肩を叩いて1人駆け足で帰られてしまいました。
仕方ありません。まだ足も背中も少し違和感が残っていて、見た目にも痕が残っていて家事もさせてもらえません。
「フィーリアちゃん」
帰ろうと鞄を持ったところで同級生の笹川様に呼び止められる。
「笹川様、なんでしょうか?」
「今日は高瀬帰ったの?」
「はい、今日はお夕飯の買い出しに行かれるようです」
「そんな、一緒に暮らしているみたいな」
苦笑いされてしまう。
事実一緒に暮らしていますが、学校では良美様と暮らしていることになっていることを思い出す。
訂正せずにこちらも笑って誤魔化した。
「じゃあさ、ちょっと遊びに行かない?」
「遊びですか。ですが……」
「良いから良いから、ちょっとくらい大丈夫大丈夫」
そのまま背を押されて学校を後にした。
今日は少し遠くのショッピングモールへ連れてきてくれて色んなお店を教えてくれた。彼女のお気に入りのお店を一周して一緒に新しい服や化粧品に声をあげる。それからお腹が空いた言い出す彼女に引かれてフードコートに辿り着いた。
「フィリアちゃんは何か食べる?」
「はい、クレープをいただこうかと」
「お、良いねー。私もそうしよっと」
それからクレープを買い、近くのテーブルに着いて一緒に食べる。
甘い果物は教会では滅多に食べられず、昔から大好きです。今日選んだ苺とバナナとホイップクリームのクレープは大正解でした。
「フィリアちゃん、本当に美味しそうだねー」
口いっぱいに頬張っているところを笑われてしまった。
反省です。
手で口元を隠して静かに口を動かした。
それでも口に広がる果物とホイップの甘さに口元が緩んでしまう。
「フィリアちゃんもだいぶこっちに馴染んできたねー」
「そうでしょうか?」
1ヶ月以上経っても私にはその自信はなかった。
「まだまだこれからだと思います」
「またまたー」
私は本心からだったけど、どうにも信じてくれない感じだった。
「来たすぐなんてさ、どこのお嬢様かと思ってたのよ? 口調はともかく私らと一緒で年頃女子じゃない?」
それは考えたことがなかった。
勇者様を召喚する前に聖女となった時から? いえ、聖女見習いに選ばれた時から、教会の代表として立場に生きてきた。
それが
「年頃の女子……」
「そう! 初日はごめんねー、なんか無理やり告白もさせちゃったし」
思い返すと顔から火が出そうになる。
流れで思わず伝えた思いは、聖女フィリアとして勇者アルトへの素直な気持ちだった。
「いえ、ちゃんと言葉にして伝えられましたので」
「あれからどうなった? 付き合ってんでしょ?」
付き合ってる、とは確か恋人同士になった。ということでしょうか。
「お付き合いは……まだしていません」
「ええ!? そうなの?」
笹川様は驚きのあまりクレープを落としそうになっていた。
「あんなに堂々と告白してさ! 高瀬ともいつも一緒にいるのに!?」
迫り来る笹川様のクレープを手で遮る。
「お、落ち着いてください。一緒にいるのも私が勝手にしていることですから」
「でもさ、高瀬だってあんなに」
そこで言葉を切り、落ち着いて椅子に座り直す。
「ははーん、高瀬もずいぶんとヘタレだねぇ」
「アルト様を悪く言わないでください。とても頼りになる方なのですよ」
「あ、ごめん。怒らないで」
軽口だと分かっていても少しだけムッとしてしまう。
「お詫びに一口食べる?」
そう言ってチョコバナナクレープを差し出してくる。
「いえ、チョコレートは少し苦手でして」
夜に寝れなくなってしまう。
「そう?」
あっさり引っ込めたクレープを食べ、彼女も美味しそうな顔になった。
「そう言えばフィリアちゃんてさ、なんでそんなに働くの?」
「働く?」
彼女の質問に質問で返してしまった。
私は働いているのでしょうか?
「そう、色んな人の悩み聞いて手伝って、困ってる人見つけて手助けして、先生たちの補助を買って出てさ。そんなの誰もやりたがらないじゃない?」
「そう、かもしれませんね。ですが、私は皆様にお世話になる立場ですので」
聖女として。
「少しでも皆様のお役に立てるよう、努めたいと思っています」
「頑張り屋だねえ。もっと普通の女の子で良いと思うけどなー」
「私は普通の女の子ですか」
思わず苦笑いをしてしまった。
それは少し難しい。勇者様の隣にいるのは聖女であるべきだと決まっています。
「そりゃそうだよー。誰かの役に立つフィリアちゃんは立派だけどさ。学校行って恋してさ。帰りに遊んで、美味しそうにクレープ食べて」
そこまで言って残りのクレープを口に詰め込む。
「私たちとおんなじ普通の女の子。誰かのためには良いとこだと思うけど、無理しなくて良いと思うけどな」
それからクレープを食べ終わり、少しおしゃべりをした後、笹川様とは別れて帰り道を辿る。
知らない道ではあったけど、笹川様から勇者様に連絡入れていただいたため、学校まで戻って迎えに来てもらうことになった。
私も普通の女の子、ですか。
今は少し苦しい。
魔力が減り続け、聖女の魔法を使えなくなっていく今は、本当にその通りになっている。
勇者様の傍でお仕えするのに、普通の女の子ではあまりに力不足です。役に立ててこそ、お仕えできる理由があると言うものです。
「今日は全然役に立てていません」
夕方のお日様のように、私の気持ちも暗い向こうに沈んでいく。
「フィリア」
学校が近づいてくると、勇者様は駆け寄ってきてくれた。
「ありがとうございます。勇者様」
「少し心配したぞ。背中と足、大丈夫?」
「はい。問題ありません」
「なら良かった」
それから2人並んで家路を歩く。
「笹川と仲良かったの?」
「はい。何度か一緒に寄り道しました。他の方も、皆様から良くして貰っています」
「そっか」
そう呟き、何かに納得するように微笑んでいる。
「勇者様? どうかしました?」
「いや、馴染んでくれてさ。嬉しいんだよ」
「少しでもお役に立てているのなら何よりです」
そこで少し息を飲む。今日、何度も思い返す言葉が詰まって吐き出す。
「ですが、今日は何のお役にも立てていません」
「フィリア……」
「私は代表を引き継いだ聖女です。皆様のお役に立ち、勇者様をお支えすることが役目です」
流れ始めた言葉が止まらなかった。
「それが魔法もロクに使えず、お役にも立てず……このままでは私がここにいる意味なんて、何も」
「なくならないよ」
言葉がさえぎられ、勇者様を見た。
「フィリアはここにいる。それだけで十分だよ」
私を見て、優しく笑っていた。
「前にも言ったよね? 俺はフィリアがこっちに来てくれて本当に嬉しかった」
顔を背け、独り言のように続けていた。
「あっちの世界じゃ聖女フィリアだった。でもこっちでは違う」
思いのこもった彼の言葉に、なぜか胸が熱くなる。
「勇者に仕える聖女じゃない。無理して役に立つ必要ない」
横から見えた彼の耳も少し赤くなっている気がした。
「俺を追いかけてきてくれた女の子、フィリアがそばにいてくれたら、俺はそれが嬉しい」
言葉を切ってこちらを向く。
「聖女のままじゃなくていい。魔法もなくていいんだ。俺は」
頬を赤く染め、勢い良く息を吸って胸を張った。
「聖女じゃなくて良いんだ」
「聖女じゃなくて良い?」
何か、肩が軽くなった気がして。
「ああ、そうだよ」
笹川様の言葉を思い出す。
皆様と同じように私も普通の女の子なんだ。
「俺はフィリアにいて欲しいんだ」
その言葉が胸の中で熱を持つ。
「はい、ありがとうございます」
涙が出るほど嬉しいのに、その意味がわからなかった。
ただ、胸の中の温もりだけは、私はいつまでも感じていた。
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