11話 聖女の魔力は不足しています。
路地裏でフィリアを抱き上げ、彼女の鞄を拾って家に向かって走った。異世界転移のチートが身体強化だったおかげで、こういう時は疲れ知らずだった。揺らさないように注意して走っても自転車より早く走れる。
マンションの周りに人がいないのを確認し、外から部屋の階まで飛び上がる。
手早く玄関を潜ってベットに座らせる。傷口を消毒して大きさを確認する。深くは切れておらず、大きめの絆創膏で手当てした。
「これで良し、かな」
「はい、ありがとうございます」
「それで、どうして1人で戦ったの?」
「えっと……」
多分聞くまでもなく、見過ごせなかったんだろう。自分でできると言う思いもあったはず、前の旅の途中であれば簡単に倒せる相手だったし。
「いつからだ?」
言い淀むフィリアに質問を変えた。
「いつから、とは」
「魔法、使えなかったんじゃないか?」
フィリアは目を見開いて固まる。
「図星かな?」
「どうして」
問い返してくる彼女の指先を見た。まだ絆創膏が残っている。
「最近魔法を使わない。怪我を魔法で治さない。あと、少し戦った後があったから、ただやられたわけじゃない」
「最近、魔法を使っていなかった。怪我を魔法で治さない。使えたなら、いくら不意を突かれてもフィリアが追い詰められるとは思わない」
となると、と少しためてフィリアをまっすぐ見た。
「魔力、使わなくしてるのかと思ってたよ」
「それは……」
フィリアは押し黙り、うつむいてしまう。
責めてるつもりはなかった。でも怒っていることは伝えないといけない。しかし思ったように言葉は出てこない。
「申し訳ありませんでした」
「責めてるつもりはないけど」
言葉にしても口調からトゲが出てしまう。
「とりあえず、近くに他はいなかったかな?」
「はい、それは確認できました」
できました、か。
「探知魔法は使えたのか」
「はい。今も、全く使えないわけではないのです」
旅の途中に護衛騎士が言ってた言葉が思い出される。
『聖女の魔力は、信仰の力だ。信じる人たちの祈りの多さで魔力を得る。無尽蔵に思えても、あまり無駄にして良いものじゃない』
と、俺を無知だと罵っては、フィリアに頼るのを止めろと口酸っぱく言われていた。
「ひょっとして、こっちに来てから少しずつ?」
「……はい。私も、すぐには気付きませんでした」
つまり、いつからと言うよりいつの間にか、と言うことなのかな。
「申し訳ありませんでした。ですが、全くないわけでも、回復しないわけでもないです」
立ち上がろうとして痛みに顔を歪める。
「フィリア! 大丈夫か?」
思わずこっちが立ち上がっていた。
「大丈夫です。少し、背中を痛めてまして……」
そう言ってベットの上で背中を向けてくる。
「見てもらえますか?」
制服のまま、両脇の裾を持ち上げて背中を見せてくる。
気持ちはささくれていたはずが、フィリアの白い肌に思わず息を呑む。
頭を振って邪念を払う。
「ちょっと失礼するよ」
真っ白な肌の背中は見た限り何もなさそうだった。背骨に沿って軽く押しても痛がるそぶりはなかった。
「勇者様、少しくすぐったいです」
ドキッと心臓が跳ね上がった。思わず触れていた手を離す。
見るとフィリアも向こうを向いたまま、耳が赤くなっていた。
「ああ! ごめん! 変な触り方した!?」
「いえ……痛いのはもう少し上です」
「わ、わかった」
今度はゆっくりと背中の服をまくり上げる。隠れていたブラ紐が見えたけど、そこに広がる青あざに頭が冷えた。
「かなり強くぶつけたな」
「はい、ひどいですか?」
「内出血かな? 打ち身の湿布とかが良いかな」
救急箱の中を見るが、そんなものは無かった。
「少しお手伝い願えますか?」
後ろ向きのまま手を差し出してきた。
「私の手を患部に添えてもらえますか?」
「うん? わかった」
よくわからなかったけど、わかったつもりでフィリアの手を取り、青あざにかぶさるように支えた。
「これで良い?」
「はい、ではこのまま」
スゥーッと長く息を吸い、背筋を伸ばす。
「ヒール」
短く呟くと背中に添えた手のひらが光る。しばらくして手のひらを退けると、青あざは消えてわずかに赤くなっているだけとなった。
やはり旅の時のように跡形もなく治る、と言うわけにはいかないようだった。
服を整えて立ち上がる。
足の切り傷はなんともないように振る舞っている。
「これで、もう大丈夫です」
微笑んで見せるも少し表情が固い。フィリアの両肩を掴んでベットに座り戻させる。
「あ、え、勇者様?」
「いいから、今日は家事禁止だ。大人しくするように」
人差し指を顔の前に立て、厳しく言いつける。
次にフィリアの学校後の行動を思い返して行動に移した。
風呂を洗い、湯を張れる状態にする。次に米を洗って炊飯器にスイッチを入れる。
おかずは作れないから惣菜かな。あと打ち身用の湿布と絆創膏の替えかな。
買い物先の順番をシュミレートして財布だけ持って玄関に向かう。
「フィリア、ちゃんと家事禁止だからね。制服着替えるのは良いけど、他はダメだからな?」
「勇者様」
何やら抗議の声を上げようとしていたが、さっさと玄関を出て扉を閉める。
それからドラッグストアで湿布、傷テープと絆創膏の予備を、スーパーで惣菜を買って帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、勇者様」
出た時と同じようにベットに座っていたが、部屋着のジャージに着替え、百科事典を開いていた。
「ちゃんと良い子にしてたか?」
「そんな子供ではありませんよ?」
軽口に答えてくれたが、表情は固く苦笑いをしていた。
そんなフィリアをよそに、晩御飯の用意を進める。炊飯は完了していたので、インスタントの味噌汁を用意する。買ってきた惣菜を2人分に分けて盛り付けて完成した。
座卓の上に1人で並べてフィリアも座らせる。
「「いただきます」」
そうして口数少なく食事を始める。
お互いの食事の音だけが聞こえてきて、なんとも静かな食事になってしまった。
「フィリア」
耐えきれずに口を開く。
「俺はこうして、ご飯も用意できるし、風呂も掃除できる。買い物にも行ける」
「? はい、そうですね?」
不思議そうに首を傾げられてしまう。
「旅をして知ってると思うけど、だいたいの魔物は一撃だし、こっちの世界じゃ俺が教えられることがたくさんある」
フィリアは静かに聞いていた。
「だからさ、何か困ったら頼って欲しい。1人でなんとかしようとしないで」
「ですが」
「俺は頼りないかな?」
「そんなことはありません!」
フィリアが急に大きな声を上げ、自身も驚いたように口を手で塞ぐ。
「勇者様は今も昔も頼りにしています。だからこそ、あの程度の魔物で手をわずらわせるわけには」
続けようとするフィリアに向けて首を振った。
「次は上手くやるとか、魔力減ってるならなおさら、自分にできるかを考えて欲しい。無理なら、遠慮せずに頼ってほしい」
「ですが……」
まだ納得いかないと言った感じだった。
「フィリアは、俺が1人で魔物退治に向かって、怪我をして帰ってきたらどう思う?」
「それは、心配しますし、なぜ連れて行ってくれなかったのかと……」
そこまで言ってハッとしていた。
「俺もそうだよ。力の少なくなったフィリアが、知らない場所で怪我してるなんて、怖くて仕方ないんだよ」
「はい、わかりました」
「心配したんだからね?」
「……申し訳ありませんでした」
反省したようにうつむいてしまう。
「謝って欲しいんじゃないんだ」
どうすればわかってもらえるのだろう。
「なんでも自分でやろうとせずにさ、俺は」
できるだけの笑顔を作る。
「聖女様の、頼れる勇者なんだぜ?」
フィリアも何か言おうとする。
だが口を少し動かしただけで閉じてしまった。
まだ頼ってくれるか怪しいけど、あとは俺が示すだけだ。




