第38話 不気味だ
「それではみなさん、こちらに」
朝食を馬車の中で済ませると理事長は海底都市に入るために用意された結界の方へ案内してきた。先ほど大翔たちと話していた海岸を通り越して洞穴のような場所に入る。
「ここ……、私たちもここ来ました」
後ろにいたジェイミーが辺りをきょろきょろ見回しながら言った。
「その時はどうしたんだ?」
「あそこら辺にある扉から飛んだの」
洞穴のかなり奥の方を指さしてジェイミーは答える。奥とは言っても陽の光が差し込み、うっすらと目に見えるほどの距離だ。
「ジェイミーさんの言ったルートと同じ道で我々も海底都市に向かいます」
慣れた手つきで岩肌と同化した扉を奥側に開き、中へと入る。細い通路になっている階段を下った先には少し大きな空間があった。空間の奥にはただ一つ白く光る魔法陣が置かれているだけだ。その方向に向けて右手を差し出した理事長は全員に向けて話し始めた。
「ここから先は海底都市になっています。ですが、我々もまだ海底都市の結界修復のみしか行っていません。なので、日が沈むまでにはこの魔法陣の繋がる場所にまで戻ってきてください。あと、結界自体が外からの衝撃には強いのですが内側からの衝撃には弱いのでお気をつけ下さい」
今の時刻が大体九時ごろ。そして、今の時期の日の入りは一七時ごろ。となると海底都市で色々と探索することの出来る時間は九時間ほどか。
理事長の言葉を全員が聞き、頷くのを確認すると最初に理事長が魔法陣の上に乗った。その場にいる人が順番に魔法陣の上に乗って海底都市内へと入っていく。
「じゃあ、俺が行きますね」
何だろうか、この懐かしさと言うものは。海底都市に訪れてからまだ一週間ほどしか経っていないのにも関わらず胸の高まりが収まらない。目を刺すような鋭い光に目を瞑り、それが収まると目を再び開ける。
「マジかよ……」
海底都市内は以前グレイたちが訪れた時と同じような景色が広がっていた。海水に浸されたのにも関わらず建物が崩壊せずにほとんどが残っているのは奇跡としか言いようがない。
多少の損傷が見受けられるものの、大体の建物がそのままの形を保っている。この保存状況であれば歴史遺産として、登録されるのも時間の問題だろう。歴史遺産に登録されてしまえば、そこは後世に受け継ぐために立ち入りは一切禁じられる。
理事長は口から直接言ってくれなかったが、そうなる前にグレイたちを呼んでくれたことには感謝しかない。
「じゃあ、目白行きましょうか」
「そうね」
既にグレイが転移先に着いた時には、先に魔法陣に飛び込んだ五人はいなかった。
「まずどこに行きます?」
海底都市に入れたのは良かったものの、グレイ自身はどこに向かえばいいか分からない。日の出前に古代の先人から貰った能力について聞いたのはいいものの何せ時間がないのだ。出来る限り時間を節約して、必要な情報のみを仕入れたいところ。
グレイが今考えている必要な情報というのは、大きく分けて二つになる。一つ目は神の侵略について。二つ目はメランダたちのような天使のことについて。この二つを知ることが出来たら、もう海底都市に行く必要は無くなる。
「一日しかないものね。一番当てになりそうな場所と言えば、メランダがいたあの崖じゃない?」
やや左側に今も尚、そびえ立つ断崖絶壁の崖の上を指差す。あの時、崖から伸びていた黒い階段は跡形もなく消えているため登る方法は瞬間移動以外には無さそうだ。
「ここに来る前に瞬間移動を習得してて良かったわ」
流石にグレイたちの魔力を吸収して、散々苦しめてきた魔封石はもう起動してないようだった。息を吸うように自然と瞬間移動を使い、崖の上へと飛ぶ。
「私の能力はここじゃ全く意味を成さないから頼んだわよ」
日の出前にクレアに教えてもらったことを思い出しながらグレイは地面に魔力を微量に流し込む。目を閉じて手のひらから地面に魔力が流れるのを感じる。
するといきなり自分の流した魔力そのものが逆流して戻ってくるような感覚を覚えた。驚いて後ろに大きく下がるところだったが、それを止めるほどのものが目の前に広がっていた。
「んなっ……これが記憶?」
大きく体の変形したあの時のメランダ。ボロボロになるまでに殴られたグレイ。それを助けるべく参上した目白。三人が戦っていたあの時の風景が目に入り込んできた。
「うおっ……」
状況を理解した瞬間、視界がぐにゃりと曲がりいきなり自分の見ている世界が変わった。
「誰かの目線?」
マヨルダ城の瓦礫を踏みながらグレイの見ている誰かは奥にある崖の手前側にまで行く。崖の前に辿り着くと手を伸ばし岩肌に露出する岩を少し押す。まるで、アニメのように目の前の崖が横にスライドしていき道が開かれた。
「マヨルダまでやられたか……」
グレイはその声を聞いてようやく今見ている人物が誰だか理解する。
「メランダの目線か……でも、これはいつの目線なんだ? 城が崩れているから氷竜を倒してからそんなに時間は経ってない気がするけど」
メランダは崖の中から出てきた細い通路を通り、奥にある四角く切り取られた部屋に移動した。部屋の真ん中にあったのは街や村に置いてあるものとは比べ物にならないくらい大きな魔封石だった。
だが、魔封石の最大の特徴とも言っていい石の青色がどこを見ても見当たらない。それもそのはず。魔封石の頂点から半分ほどの位置にまでヒビが入っているからだ。
「やはり先の爆発でやられていたか……ウィリアムとクリストファーも最後に良いものを用意してくれた」
ぶつぶつ喋るメランダは手を魔封石にぺたりとつけると、魔封石に入っていたヒビは内側から何か埋め込まれたかのように徐々に消えていった。そうして、魔封石が青色に戻り効力を取り戻したところで——
グレイの意識は元々いた崖の上へと戻った。
「海斗くん、大丈夫?」
「え? どうかしましたか……?」
冷静になって今の状況を客観的に見てみる。後頭部に触れている柔らかい感覚、目の前にある目白の膨らんだ胸、その奥から垣間見える目白の顔。つまり、膝枕である。
「グレイが能力を使い出してからすぐに地面に倒れて一瞬、すごい熱だったんだよ」
「でも、行くべき場所が分かりました」
自分の手と足を使い目白の膝の上からグレイは退いた。
「もう大丈夫なの?」
はい、と目白に向かって言うと安心したのか大きく安堵のため息をついた。
「俺についてきてくれ」
「本当にこんな所なの?」
「そうです」
グレイは崖の上で見た過去の光景の通りにマヨルダ城の奥にある崖まで来た。そこに不自然に飛び出た岩を見つけたグレイは人差し指で押してみる。メランダの視界で見た通りに崖の表面にある岩は横に動き、奥から細い通路をあらわにした。
「この先にあるの?」
「そうです」
真っ暗で不気味な奥に続く道をグレイは指差した。恐る恐る、グレイはゆっくりと前を照らしながら進む。すると、四角い空間に大きな石が置かれていた。
「これはすごい大きさね……」
メランダの真似をしてグレイは冗談半分に魔封石に触れて魔力を流してみた。
「あれ、こんな赤かったっけ……?」
「グアアアッッッ……ア゛アアァァァ!!!」
耳を穿つような鋭い叫び声がその場に轟く。ビュービューと激しい風が吹き荒れ、ついにはその空間自体も吹き飛んでしまった。グレイと目白はそれをみた瞬間、魔力障壁を展開していたため無事ではあった。が、気づいた時にはもう遅い。
「おいおい、そんなの聞いてないって……」
目の前のマヨルダ城跡には大きなライオンの姿をした怪物が立っていたのだ。大きな体を支える四本の足の爪は鋭く尖り、頭から生える角の下側には赤く光る魔封石がある。
背中から生える青と黒を基調とした不気味な色の羽。立て髪は煉獄に燃え盛り尻尾は九尾の狐のように九本に分かれている。それはまさに百獣の王というのに相応しい姿をしていた。




