第37話 無印
「めっ、め、目白!? ……いやっ! これは、これは違うんです!」
「何が違うの? 年下の女の子を膝の上に置いて頭を撫でてるのに?」
これにはグレイも言葉が詰まってしまい、目白に対して何も言うことはできなかった。目白はすぐなら腰を曲げてその場にしゃがみクレアにすごく近づく。
「まぁ、海斗くんのことだからクレアに押し倒されたんでしょ? クレア、もう海斗は私のものなの」
「……? グレイはもう私の彼女じゃなくて友達だよ!」
「それにしては距離感が近いと思うんですけど! いいから、ちょっと離れてよ」
目白はクレアの肩と足のあたりに手を入れるとひょいと抱き上げた。
「何するのっ!」
クレアは自分を持ち上げている目白を睨みつけながら手足をバタバタさせる。その様子を見た目白はすぐに地面に下ろした。すぐにクレアは元々座っていたグレイの膝の上に戻ろうとするも。
「ここは私の座る場所なの」
先に目白がグレイの膝の上をポンポンと叩き上に座る。そんな目白を見たクレアは。
「海斗くんのいじわるっ!」
頬をぷくっと膨らまし、手をグーにして地面の方へと引っ張りながら言う。
「ごめんな、後で乗せてあげるから」
「うんっ」
「海斗君はやっぱり小さい子が好きなの?」
目白にそう聞かれるとグレイは胸を打たれたかのように心臓が大きく音を鳴らした。
「いや、あの……」
「まあ、後で聞くわ。それで誤解とは何か話してちょうだい」
グレイの言葉を遮るようにして目白は大翔に対して聞いた。大翔は二人の方へ向き直って説明をしだした。
「まずは、君たちに言い損ねていた分だ。僕とクレアが二人に分けた能力について話そう。僕の能力は神谷くんに、クレアの能力は目白に分けたんだけど、それぞれ何の能力かはもう気づいているかい?」
「私は分かっているわよ」
大翔の質問に対して目白はすぐに答える。しかし、グレイはこれといった記憶や経験が思いつかなかったため何も言うことはできなかった。
「じゃあ、目白だけ言ってくれるかい?」
「私は未来を見る能力ね。まず、能力を分け与えられる前にもうクレアから言われてたんだけど」
「それを聞いたら神谷くんも想像できるんじゃない?」
大翔の言葉にグレイは頭を捻らせて考えて見た。
「うーん。過去とか?」
グレイは未来と来たら過去しか思いつく事が出来なかった。返答を聞いた大翔は静かに首を縦に振る。
「お互いの能力を知れたところで次に使い方について話そうか。そっちの話は僕はあんまりよく分かってないからクレアから話してくれないか?」
「……うん。海斗に出会えたから」
ずっとグレイの横に立っていたクレアは大翔の立っている位置まで移動をした。グレイたちの前にまでたどり着くと身を翻して、手を組んで話し始める。
「海斗たちは、幻聴が聞こえたりしたことはない?」
「あるな……」
「私もよ」
確か幻聴が聞こえたのは海底都市の探索を始める前に地面にあった刀を触った時だったか。何か悲鳴のようなものが聞こえたのを今でもよく覚えている。
「それが二人の能力が使われた時」
「発動条件っていうのは?」
「記憶のある場所で魔力をちょっと流すだけ。でも、追うことのできる記憶はせいぜい一週間程度。でもそれだとまだ完璧じゃない。目を閉じて集中する。そうすると真っ暗な景色が鮮明な画像に変わるの」
グレイはクレアの言った通りに地面に魔力を流してみた。目を閉じて意識を集中させる。
「海斗くん、今やっても何も映らないよ」
え、と言ってすぐに瞑想状態に陥っていた頭を起こした。膝の上に乗る目白が体勢を変えてこちらを見る。
「記憶のある場所でやるのよ?クレアが言ってたでしょ。一週間くらいまでしか会えないのよ。この崖に一週間以内に人が来てると思ったの?」
「あぁ、そうか」
きょとんとした顔をして何かを思い出したかのようにグレイは目白に返す。
「クレアありがとう。とまあ、僕たちが話したいことはこれで全部なんだが、何かきいたいことはあるかい?」
「じゃあ、俺から聞いてもいいか?」
役目を終えたクレアは再びグレイの肩のあたりに手を置いた。グレイはというと、手を小さく上げて大翔にそう喋りかける。グレイの方を見ると、どうぞと手を前に差し出して言った。
「メランダたちの体にあった鎖の紋様について教えてくれないか」
「あれのことか。あの紋様は女神、この世界で言うところの大天使に逆らった天使に与えられた束縛だ」
「何があったらそんな束縛なんて起きるんだよ」
「君も知っているだろう。ホッ・カイドウが消滅した理由。そして、暴走した神を止めるために現れた四人の天使」
ここまで言われればこの世界での常識を組み合わせれば自分が問うた質問に答えることができる。自分の頭の中でぐるぐると回り続ける大量の単語を組み合わせて文を作った。
「神の暴走を止めようとした天使につけられたのが鎖の紋様で、その天使がメランダたち四人ってことか」
「だいたいは合ってるね。詳しいことを言うと、あの鎖の紋様の束縛力というのは人智を超えたものだ。しかも、あれは記憶の改ざんも出来てしまう」
「じゃあ、ウィリアムは何なんだ?」
「彼は天使じゃなくてただの人間だ。ただ、人間でありながらも天使になろうとした。それを暴走した神に見つかり海底都市に放り込まれたんだ」
「そうだったのか……」
「君たちも天使にはなれるぞ。今は無理だけど」
グレイと目白二人して驚きを隠せずに声を発してしまった。けれど目白はいち早く平常心を取り戻して大翔に聞き返す。
「それはウィリアムの二の舞になるから?」
「いや、単純に欠けているものがあるんだ。
それは魔力だ」
「なるほどな。後は何で中学年進級試験の会場に禁忌魔法陣があったんだ? それとフィオナたちが入った禁忌魔法陣の違いと俺たちが入った禁忌魔法陣の違いを教えてくれ」
大翔はこの質問に顔色ひとつ変えることなく答えた。
「まずは後者から答えるよ。君たちが入った魔法陣はいわば、玄関。つまり転生者が入るために用意されたもの。一方でフィオナたちが見つけたのは客用口。僕たちが神を止めるために外部の人を呼ぶために用意したものだ。ただ、この客用口は神が古代の先人を全員殺した時に完全に自滅するようにしていたんだが運良く残っていたみたいだな」
そんな背景があったのか。色々と謎が多かったあの魔法陣も少しだけ紐解けたな。
「次に前者だ。古代の先人は何千年も前に便利な器具を生み出したと言ったがあれは真っ赤な嘘なんだ。実際のところは生み出した器具を過去に送っていただけ」
グレイは自分の質問に対して全く意図しない方向の回答をし出した大翔に戸惑いを見せてしまった。ただここはグッと堪えて大翔の話を黙って聞く。
「過去に物を送れるというのはその逆も然り。この世界を記憶だけになっても監視し続けていた僕たちにとっては君たちを飛ばすための魔法陣を設置するのなんてお手のものなんだよ」
「そんな技術まで開発していたの……!?」
グレイがうっかり聞き流していた内容に対して目白が大きく反応した。本当にすらすらと話をされていたためにグレイは大翔の話した内容はあまり覚えていない。グレイ一人が置いていかれたまま二人で会話が進んでいく。
「過去を見たり未来も見れるんだから不思議なことじゃあないだろう? もっと詳しい話をすると長くなるから今回は割愛しよう」
大翔は一度、地平線を眺めてそこから登ってくるオレンジ色に光る太陽を見た。
「もうすぐ日の出か。最後に言うべきことがあるよ——」
最後の最後に短く告げると同時に太陽の刺すような眩しい光が目の中に飛び込んできた。あまりの眩しさに目を瞑った直後、肩に乗っていたクレアの重みが消えた。
「そろそろ、馬車に戻ろうか」
自分の足の上に乗っている目白にそう語りかけて退いてもらう。その後は二人でやや早足で近くに泊まる馬車に戻った。




