第26話
——一六時三七分、テント内にて
「フィオナ様、大丈夫ですか⁉︎」
ローズとジェイミーの二人がかりで肩を持ちながらフィオナをテントまで運ばれてきた。その様子を見たノアはすぐに椅子へ座らせ、フィオナに聞く。
「えぇ、でもかなり体が痛むわ……」
フィオナは腰の部分をさすりながら答える。
「おーい、フィオナちゃん……遊びましょう!」
「ひっ」
テントの外から背筋が凍るような不快な声が聞こえた。フィオナはそう声を上げて心の底から怯え、顔を真っ青にした。
「どうして、どうしてここにあいつが……」
「フィオナ様はここで休んでいてください。
私たちで見てきます」
ノアとマロンがそう言うとテントの外へと出て行く。そこには人というにはあまりに小さい男がいた。
「あの女に分体を付けておいてよかったな。
ウィリアムのことも知れたし、其方らがいる場所まで特定できた」
「「……っ!」」
男は不気味に呟くと体がむくむくと腫れ上がり大きくなる。そして男の体はある程度まで大きくなると腕を思い切り振り下ろしてきた。
「何なのよあいつ!」
「ノアはとりあえず魔法を……撃てないのか」
なぜかは分からないがこの海底都市では魔法を撃つことは出来ない。マロンがノアに指示を出そうとしていた時、男の死角からの横なぶりを喰らった。
「ガッ……」
地面に倒れたところを男は見逃さず、大きく太い腕でマロンを捕まえた。
「マロン!」
ノアがそう叫ぶも、男に掴まれてもがき苦しんでマロンを助ける手段がない。
ドンッッッ!!!!!
そんな時に大きな爆鳴音と共に大きな地響きが起こった。大きな炎が目の前にある城から上がったかと思えば内側から大きく爆発を起こす。
「なっ……」
男はその光景を見て思わず手の力を抜いたおかげでマロンが地上に落ちた。それを見てノアはすぐにマロンの元へ寄って肩を貸す。城の瓦礫が飛んで来る中、ゆっくりと男から離れようと背を向けた時。
「待てえぇぇぇ」
雄叫びを聞き、上から思い切り腕を叩きつけられそうになったことに気づく。
「間に合わっ……」
二人は自らの死を覚悟して目を閉じた。
「獄炎球っ」
力強い声がノアとマロンの耳に入ってきた。魔法は男に直撃し。
「アァァァ! 焼ける、体がぁ……」
全身から炎を上げて地面に倒れ込んだ。
「獄炎球」
倒れ込む男に向かって更に追撃をしていく。こんな連続で獄炎球を撃つことはできるのは一人だけだ。
「「グレイ様‼︎」」
「よく頑張ったな」
地面に座り込む二人に寄り添い頭を撫でる。後ろに鋭い視線を炎に体を覆われている男に向ける。
「お前ぇぇ! よくも、よくもこの私の体を……」
「黙れ」
その場を圧倒するようなグレイ低音の声が男の話を打ち切った。先ほどの威勢はどこかは消え去り男はグレイに何かを感じたのか後ろへのけぞって逃げようとした。
「お前もここで終わりだ。獄雷球」
バアァァン、と鋭い音と激しい光が同時に起こる。男は元の小さいサイズに戻りその場に黒く焦げて倒れていた。
「グレイ様、どうして魔法を?」
グレイが奥の安全な場所に座らせておいたマロンたちの方へ着くとそんなことを聞かれる。
「魔力を吸収する魔封石を破壊したんだよ」
と微笑みながら言った。
——一六時四五分、テント内にて
「メジロ、遅いな」
「もしかしたら、城の二階で私たちを待ってるんじゃないですか?」
テーブルに肘をつきグレイは辺りが真っ暗になってもメジロが帰ってきていないのを心配していた。あの城は想像以上に危ないため流石に見通しの良い二階で待つと言うことはしないだろう。
「ちょっと俺、行ってきます」
もしかすると危険でマロンたちのように助けが必要なのかも知れない。
「なら私も行きます」
朧げに笑みを浮かべたグレイは、フィオナのお願いを承諾する。
「何かあったら魔封石を使ってくれ」
「「はい」」
マロンとノアの二人に短くそう告げるとテントから出た。真っ直ぐに城まで歩いて行く。
「ひどい有様ですね」
「そうだな」
この海底都市を象徴するかのように佇んでいた大きな城はそこには無い。立派だった城門も城内部の破壊によって、あちこちに破片が散らばっている。城の屋根を担っていた黒い瓦礫が辺りに散乱しており、メジロを探しにいくどころの話ではなかった。
「もしかしたら入れ違いになったのかも知れないな」
城の爆発に巻き込まれたと考えたくなかったグレイはそう考える。フィオナもこくんと頷き、城を後にした。
「ここが海の中とは信じられませんね」
天井に広がる大きな大結界を見ながらフィオナがぽつりと呟く。グレイもフィオナに釣られて、夕暮れ時になり橙色に輝く大結界を見る。
「そして、お前たちはここで死ぬ」
そんな時に後ろから聞き覚えのある声がどこからともなく聞こえてきた。すぐに身を翻し後ろを見る。マヨルダと先ほどグレイの腹を刺した背の高い女の二人が佇んでいた。
「なぜここにいるんだ?」
「もちろん、私の城をぶっ壊して分体をも全て奪ったお前たちを、殺すためだよッ!!」
喉から搾り出した声を出し叫んだ瞬間、マヨルダが消えた。
「どこに?」
「よそ見をしている場合か?」
シャキンと鋭い金属音と共に真後ろからマヨルダの声が聞こえた。それを聞いたグレイは咄嗟に地面に火球を撃ち込んでその場を離れる。
「魔法?なぜ使えるんだ……?」
手についた地面の土を両手で払いながらマヨルダはそう呟き、続けて奥の女にも言う。
「メランダ様は儀式の準備を」
こくりと頷いた女は城の方へと歩いて行き、やがて姿が見えなくなってしまった。マヨルダの言動から察するに、マヨルダよりも権力の高い人間になる。
それほどまでにマヨルダが尊敬する人なんているのだろうか。いや、今は目の前にいるマヨルダを倒すことだけに集中しよう。
「二体一なんて勝てると思いましたか?」
挑発をするような声でフィオナがマヨルダに対して言い放つ。対するマヨルダは眉毛ひとつ動かさずに冷静に答えた。
「どこを見たら二体一なんだ?」
手をパンと叩いた瞬間、マヨルダの背後から白い何か残像が見えた。と思えばすぐに目の前に現れグレイの体を蹴った。
「ッぐ……フィオナ! マヨルダを!」
短く告げ、白い服の人間と間合いを取る。白い服に黒いスカート、頭には黒いローブを被せられ顔を見ることはできない。
「獄水球!」
白服が動いたと思った瞬間に魔力探知を使い居場所を割り出す。自分の周りを高速でクルクルと回る白服が攻撃を仕掛けてきた瞬間。
「ここっ!」
すかさず獄水球を撃ち込んだ。グレイの攻撃は完璧に白服に直撃したと思ったが、それは嘘であった。あろうことか腰に携える剣を取り出し、グレイの撃ち込んだ魔法を斬ったのである。
「遂に本気を出したってか?」
何も答えない。聞こえていないのか。思考を巡らせて油断している間に白服はグレイの目の前まで迫ってきた。
「んなっ⁉︎」
明らかに剣を抜いた後の方が動きが速くなっているのをしみじみ感じた。コンマ一秒のところで身を翻し、白い服の人間の一撃を回避する。
だがそんなもので攻撃が終わることはなく、どんどんと間合いを詰められながら攻撃され続けた。マズい。相手のペースに完全に飲み込まれている。
「水弾」
魔力探知をフルに使い、的確に白い服の人間に向かって撃ち込む。キンっ、という鋭い金属音を響かせながら白い服の人間はこちらに近づいてくる。
「遅い」
ただただ冷酷で冷めた声を言って白い服の人間は真後ろに現れた。全身に鳥肌が立つ。剣を持って速くなったと思っていたが、それとは比にならない速さで後ろに現れた。もしかすると、今までの戦いは白服からすればお遊びだったのかも知れない。
「獄炎球!」
咄嗟に繰り出した魔法は白い服の人間も想定出来なかったのか後ろへと下がった。魔法の爆風によって今まで隠されていたフードが飛び顔があらわになった。
「メジロ……? どうして?」
「………」
グレイが目を見てメジロに話しかけても、彼女の口はピクリと動かない。
「うっ……」
倒すしか無いのかと諦めかけたその時、メジロは頭を抱えてその場に倒れ込んだ。
「ん?」
目を細くしてメジロの首元、正確には頸を見る。黒と赤の混じり合った人差し指ほどの長さの生き物のようなものがメジロの頸に埋め込まれるように入っていた。それを見てグレイは今、自分が何をすべきかを理解する。
「一か八かだけどやるしか無いよな」
全力でメジロの方へと走り寄る。
「失礼しますよ!」
頭に手を置いて固定して、頸にある生き物のようなのものを根っこからちぎり取る。
「ぎゃああっっ」
今までで聞いたことのないほどの叫び声をメジロは上がる。しかし、メジロは痛みのせいか気を失ってしまった。
すぐに魔封石をズボンのポケットから取り出しノアとマロンに信号を送る。数秒もしないうちに二人はグレイのいる場所まで飛んできた。
「メジロを頼む。俺はフィオナの所に行くから」
二人に短く告げてグレイはフィオナのいる方へと向かった。




