第25話 逃げて
——十六時二一分、位置不明
「かはっ……」
自分に襲いかかる寒気と共にグレイはすぐに目を覚ました。目の前には無数の鉄の柵があり、牢屋の中に囚われたことに気付く。
「水に落ちたはずなのになんでこんな所にいるんだよ……」
グレイはやる事がなくなり、不貞腐れて冷たい地面に寝転んだ。寒気のするような色をしている天井を見つめてグレイは考え込む。
どうすれば出られるのか。
魔法が使えないため牢屋の鉄の柵を破壊することは不可能に近い。鉄の柵の間をどうにか潜り抜けるのも無理がある。
「ウィリアム何を⁉︎ やめ、ウッ…グァッ……」
静かな牢屋の外から突然、そんな断末魔が耳に入った。グレイはすぐに起き上がるとゆっくりと鉄の柵に近づき外の様子を垣間見る。するといきなり。
「うあっ!」
黒いロングコートの男、すなわちクリストファーが目の前に飛んできた。ただ、飛んできたのではない。 全身は何かに掴まれたような痕が残り、至る箇所から赤い鮮血が飛ぶ。
目玉は両方とも出目金のように飛び出していた。先ほどまで普通に生きていたクリストファーがこんな恐ろしい姿になった事に恐怖心を抱き思わず後ろへと倒れてしまった。
「アァ……痛いよォォ…………」
どすどすと重々しい奇怪なリズムを奏でながらそんな声と共にウィリアムが現れた。否、それはもうウィリアムではない。
「嘘だろ……」
ウィリアムの特徴である白い白衣や白髪の髪は所々に確認できる。だが、そのほとんどが真っ赤な血に染まってウィリアムは恐ろしさを醸し出していた。
彼の身長は二倍以上にもなり、手は四本になっている。そんなウィリアムが俺の閉じ込められている牢屋を見た途端。
「グアァァァ!!」
雄叫びをあげて牢屋を破壊して突っ込んできた。タイミングよく右に飛びウィリアムの突進を上手く避けて牢屋の外へ逃げ出す。牢屋のある廊下を走り続け、ようやく出口らしきものを見つけた時。
ドゴンッ!
大きな音と共に曲がり角の壁をウィリアムが破壊して飛び込んできた。
「本当にどうなってるんだよ」
グレイが閉じ込められていた牢屋から真っ直ぐに全ての壁が破壊されている事に気が付く。予想以上のウィリアムの馬鹿力を見せつけられ驚いているとウィリアムが四本の腕を同時に大きく振り下げた。ウィリアムが腕を振り上げた時の僅かな時間にグレイは奥へと滑り込む。
「ギリギリか!」
コンマ一秒の差ウィリアムの脇の下を潜り抜けたグレイはすぐに階段を登って上へと逃げた。
——一六時九分、別棟裏森林にて
「いくら城の中を通るのが危険だからってこれはやり過ぎかしら」
あの男に地面に叩きつけられ、フィオナは五時間は気を失っていた。もう夕暮れは近くなっていたため城の二階に戻ろうと思ったが、あの男への恐怖心が勝り仕方なく迂回をしている。城を通らないように別ルートで迂回して歩いていると。
「何ここ?」
一見すればただの洞窟だ。なのに、フィオナはその洞窟で何かを感じ取っていた。不意に洞窟の中に誘い込まれるように歩いていくとその先に下へと続く階段があった。
「全く、クリストファーに回収を任せたが。
流石に簡単に切り捨て過ぎたか……」
階段を降り曲がり角の先。そこから男の声が聞こえてきた。気配を完全に消してその先の景色を確認しようとすると。
「誰だ……」
急に男が後ろを振り向いた。まるで男はフィオナのいる場所を知っているかのように真っ直ぐ歩いてきた。
「あなたこそ誰よ」
距離を詰められる前に自分から姿を現した。目の前にいる男は無理に笑いながら言う。
「ハハ…ハハハハハ! そうか、メランダの差し金か!」
「メランダ? 誰のことを言ってるのよ」
フィオナがそう聞いたが、男は応じる様子もなく真っ直ぐに奥の方へと歩いていった。奥にあるテーブルからガラスで出来た試験管の中に入っている青色の液体を取り出しフィオナに見せる。
試験管の先には鋭い針がついていることから察するにおそらく注射器だろう。
「これだろう、お前が欲しかったのはな! でも少し遅かったな」
右肩を大きくずらし、そこから見える肌に向かって思い切り男は注射器を刺す。みるみるうちに青色の液体は男の体の中へと入っていく。
「アアアアァァ……」
「ねぇ、大丈っ!?」
彼の体は先ほどとは比べ物にならない位に肥大化していた。
「グオッ…グァッ!!」
苦しそうな声を上げたと思えば背中から手が二本生える。
「うそっ」
フィオナは一瞬の後に男に体を捕まえられた。そのままフィオナを掴んだまま男は天井を突き破り空高く飛ぶ。天井の結界間際の高度に達し、フィオナはまるで丸めた紙くずを捨てるかのようにポイと森の中へ投げられた。
「キャァァ!」
体を丸め込み森の木々で落下スピードを軽減する。地面に落ちる際には体の体制を変更し、上手く受け身を取った。
「フィオナ!?」
服についた汚れを手で払っていると前からローズの声が聞こえてきた。
——一六時九分、別棟裏森林にて
「ローズ。そろそろ帰ろうよ」
結局、集落には何かがあるわけでもなく誰か人と会う事もなかった。少し早いがテントへと帰ったローズとジェイミーの二人はノアとマロンが夕食を作るまでの間城の近くを散策する事になった。
「ちょっと待って、なんかこの辺すごいことがが見つかりそうなの……」
ローズは先ほどからずっとこうで、かれこれ三十分も森の中を彷徨っている。ジェイミーはやめておいた方がいいというがローズは聞く耳を持つことなく、ずかずかと森の中へとさらに進む。
「辺りも暗くなってきてるし、そろそろ帰ろうよ」
「そうね……私としたことが何かを見落としたのかしら?」
もう何度目かも分からない注意にようやくローズが答える。先ほど来た道を折り返しノアさんとマロンさんの待っているテントは戻ろうとする途中。
「キャァァ!!」
どこからかそんな叫び声が聞こえてくる。辺りを見回すが何かがあるわけではない、そう思った時、
「フィオナ!?」
目の前の木の上からフィオナが落ちてきた。
——一六時三七分、別棟裏森林地下にて
「あいつ、どうやって倒すんだよっ!」
上層階へ来て、ウィリアムから逃げ回ること数分。グレイはウィリアムを撒いたのは良かったものの、逆にウィリアムの位置が分からなくなり動けなくなっていた。
「グァァ! ウアアァァァ……」
「ああ、来やがったか……」
少し面倒くさそうにため息を吐いてからその場を立ってウィリアムとは逆の方へと走る。
「変電室か……」
先にあった部屋を見てグレイはあることを思いつく。変電室の前で身構えてグレイは大声を出す。
「おぉーーい!!」
ドスドスっ、と慌ただしい音を立ててウィリアムは走ってきた。そのまま部屋の中へと誘導して変電室の機械をどんどんと破壊してもらう。
重要そうな機械だってお構いなしにどんどんとグレイを殺すために両手を大きく振って壊す。
「そろそろか……」
変電室を一周して、二周目に入った時。ウィリアムの体は痙攣して激しく震えた。
「ヴァァァァァ!!」
ウィリアムはグレイを攻撃するために変電室のケーブルを切りながら進む。そのケーブルはやがて放電をし始めて二周目に入った時がケーブルを踏みウィリアムの体に高圧電気が流れたのだ。
そのせいで他の線もすべてウィリアムに向かって電気が流れた。やがてウィリアムはJ◯WSサメのように真っ黒になり倒れた。
「なんで奴だ……」
変電室近くにあった扉を開けるとそこには念願の上層階へと繋がる階段があった。少し長めの階段を登り扉を思い切り開けた先には。
「地上……」
部屋の天井に大きな穴が空いてそこから少し暗い海面を見る。室内には瓦礫が大量に散っており奥のテーブルにはアタッシュケースが置いてあった。
「身体の大幅強化、か。ウィリアム本人が実験体になったのか」
机の上にあった紙を元に戻し、近くの椅子に座って天井を見て言う。
「あんな風にはなりたくないな……」
そう思い視線をまっすぐ落とすと、グレイは壁に何かを見つけた。目を細くしてその正体を見ようとするが小さくて見えない。
「仕方ないな」
手すりを持って腕に力を入れてグッと体を起こす。壁に近づいてよく見てみると、そこには壁と同褐色のボタンが設置されていた。
「押してもいい、よな……?」
興味本位にボタンを押してしまう。
『マヨルダ城、及び海底都市内魔封石の魔力吸収機能を停止させるため爆破を開始します』
押すと同時にそんなアナウンスが一度だけ流れた。アナウンスで言われていた魔力吸収、という言葉が胸に引っかかる。この海底都市で魔力が使えない原因が魔封石なのだとすれば、地上との技術が天と地ほどの差があるな。
「マズい!」
そんなことを考えているうちに一目散に出口へ向かってグレイは走りだした。場所は城の近くに設置されているテント。あの城がおそらくマヨルダ城だろう。最悪の場合、爆破や瓦礫に巻き込まれることだってある。
「急げ……」
徐々に暗くなっていく海底都市をグレイは全力で走っていった。




