第82話 地底に響く声
大神官が倒れ、神殿に静寂が戻った。
妃たちは長い支配から解放され、ゆっくりと目を開いた。
「……終わったのですね……?」
アーレンは頷いた。
「もう大丈夫だ。あんたらを苦しめていたものは、もういない。」
妃たちは互いに顔を見合わせ、震える声で言った。
「私たちの力……本来は人を守るためのもの。
これからは……良き方向に使いたいのです。」
アーレンは少し考え、そして静かに口を開いた。
「なら……地底の人たちに、ちょっと伝えてほしいことがある。」
妃たちは姿勢を正し、アーレンの言葉を待った。
「まず──地上人は、あんたらに危害を加えるためにここへ来たんじゃない。
地上と地底の和解を邪魔していた大神官を止めたかったんだ。
だから、これ以上の殺生なんてしない。
こっちから地底人にケンカを売るつもりはない。」
妃たちは静かに頷く。
アーレンは続けた。
「とにかく、もう、安心してくれ。
地底で足りなくて困ってるものがあれば相談してくれ。
出来る限りやってみる。
あと、地上で暮らしたい人がいるならその手伝いもする。
地上にはここよりも広い土地がある。」
妃たちの目に、初めて希望の光が宿った。
アーレンは少し照れたように笑った。
「それと……最後にひとつだけ頼みがある。
仲間の一人が……地下エビを食べたがってるんだ。
少し分けてもらえると助かるんだけど、どう?」
妃たちは思わず吹き出した。
「……そんなことでよろしいのですか?」
「いや、ずっと食べたがってて。」
妃たちは微笑み、胸に手を当てた。
「わかりました。
あなたの言葉……すべて地底の民に届けましょう。」
妃たちは手を取り合い、精神の波を地底全域へと放った。
その声は、地底の隅々まで静かに響いていった。
妃たちの声が届いたあと、地底にはしばらく沈黙が続いた。
大神官の支配が終わったなどとにわかには信じがたい。なかなか動こうとはしなかった。
しかし──
最初に動いたのは、最下層の貧民街に押し込められていた人々だった。
「……本当に、戦いは終わったのか?」
「妃様の声だった……確かに……」
「なら……行ってみようか……」
一人、また一人と、薄暗い通路を抜けて第一層へ向かい始めた。
足取りは重いが、その目には確かな希望が宿っていた。
神殿前の広場に、ぽつりぽつりと人が集まってくる。
やがて十人、二十人と増え、広場は静かなざわめきに包まれた。
そのとき──
人混みの中から、ひときわ強い視線がアーレンたちに向けられた。
「……あれは……息子ではないか?」
「まさか……生きていたのか……?」
「いや、でも……あの姿……」
アーレンはその視線に気づき、鬼丸の肩を叩いた。
「……おい、鬼丸。誰か、お前を見てるぞ。」
鬼丸は振り返り、息を呑んだ。
そこには──
年老いた男と、痩せた女性、そして二人の若者が立っていた。
「……父さん……?
母さん……?
弟…………?」
家族は震える声で鬼丸の名を呼んだ。
「1057……!」
「本当に……本当にお前なのか……!」
「兄さん……!」
「兄ちゃん……!」
鬼丸はその場に立ち尽くし、言葉を失った。
「……みんな、無事だったんだね!」
母が駆け寄り、鬼丸を抱きしめた。
「生きていてくれれば、それでいい……
どんな姿でも……どこにいても……
お前は私たちの子だよ……!」
鬼丸は涙をこぼした。
「……すまぬ……
わたしは……弱かった……
帰りたくても帰れなかった……
ただ……それだけで……」
父は鬼丸の肩を強く掴んだ。
「帰れなかったのではない。
帰れぬようにされたのだ。
お前のせいではない。」
弟と妹も鬼丸に抱きついた。
「兄者……!」
「兄ちゃん……!」
アーレンたちは静かにその光景を見守った。
地底人の言葉は分からない。
抱き合って喜ぶ家族の姿を見て、
白鬼は鼻をすすりながら言った。
「……よいのう、家族というものは……
地下エビも、きっと旨いぞ……」
地下エビへの興味があったらしい。ヘンリックが呆れたように言う。
「あなたは本当に……感動すると空腹を感じるのですか?」
鬼丸の再会を見た地底人たちは、互いに顔を見合わせた。
「……地上人は、本当に我らを傷つけに来たのではないのだな。」
「1057が……あれほど慕われている……」
「ならば、我らも……変われるのかもしれない……」
妃たちは微笑み、アーレンに向かって言った。
「あなたの言葉は……確かに届いています。」
アーレンは鬼丸の肩に手を置いた。
「……よかったな、鬼丸。」
鬼丸は涙を拭い、深く頭を下げた。
地底の広場には、戦いの終わりを告げるように、
小さな笑い声がいくつも生まれていた。
それは、地底と地上の未来が動き始めた証だった。




