第72話 星空の進軍、揺れる地底
地底神殿の奥深く。
巨大な石柱に囲まれた謁見の間で、バルグは跪いていた。
大神官の声が冷たく響く。
「……簡単に征服できるはずの辺境の一地方に、なぜ苦戦している?」
バルグは歯を食いしばったまま、黙っている。
「兵力の半数を失い、砦を落として戦いに勝利したのは最初だけ。
その後は敗走続き……挙げ句の果てに──」
大神官の目が細くなる。
「ミルダは行方不明。さらにダルガを戦場に置き去りにした、だと?」
バルグの肩がわずかに震えた。
「四将軍のうち、残るはお前とドロガのみ。
このままでは地上軍がここまで攻め込んでくる」
大神官は杖を突き、床を強く叩いた。
「ここに至っては致し方あるまい。
バルグ。ドロガと協力し、全力で入口を防衛せよ。
……次は無いと思え」
処刑されなかったことに、バルグは胸をなでおろした。
「は、ははっ……!」
すぐさま兵士を集め、地上付近の洞窟に待機させる。
偵察部隊を派遣し、地上軍の動向を探らせた。
一方その頃、ドロガは少数の警護兵と技術兵に囲まれ、
日よけの天幕の下で魔道砲の試作品の準備を進めていた。
さらに、兄ダルガが未帰還であるという知らせも耳に入ってきた。
「兄者が殿を務めた……?
……生還は絶望的か……」
ドロガは唇を噛みしめた。
「兄者の弔いだ!
この魔道砲で奴らを……!」
しかし、周囲の兵士たちは悲観的だった。
「……また失敗するのでは……」
「試作品の耐久性はまだわかりません……」
「暴発したら……」
ドロガは耳を塞ぎ、怒鳴った。
「黙れ! 兄者の敵討ちのためだ!!」
だが、その声には焦りが滲んでいた。
一方その頃、地上軍はダルガと彼の兵の一部を加え、
ゆっくりと地底軍の本拠へ向けて進軍していた。
総大将となったヘンリックが全軍に通達する。
「我々の目的は大神官なるものを倒すことである。
そのために今一度、皆の力を一つにして事にあたろうぞ!」
ダルガの加入により、地底軍の陣容は明らかになった。
「注意すべきは弟ドロガの魔道砲だ。」
ダルガが解説する。
「先の戦いで判明したことがある。魔道砲は耐久性は無いが、一撃で甚大な被害を出す可能性がある。よって、最優先は、この魔道砲の無力化だ。密集体型を避けることで犠牲を軽くすることもできるが、あれをまともに食らいたい兵士などおるまい。」
アーレン、レム、フレドリック、ヘンリックは対策を考えようとしたが、正直なところ開かれた荒地では身を隠す手段も乏しい。そこが悩みどころであった。
「射程外から攻撃して無力化するのが一番だと思う。でも、この世界にあれより長い射程をもつ武器などないからなぁ…」
アーレンがぼやく。誰も明確な答えが出ないまま、ゆっくりと前進を続ける。
その馬上会議の後方で、ジュリアンがシオリに歩み寄った。
「……戻ってきてくれて、本当に良かった。」
シオリは微笑んだ。
「ジュリアンさまこそ……無事でいてくれて、嬉しいです。」
二人の距離が、ほんの少しだけ近づいた。
アーレンが後ろを振り返って、ニヤリとする。
エイリンは鬼影衆を集めた。
「これより先行し、地底軍の動きを探る。
夕暮れが近い。闇は我らの味方だ。」
仮面の影たちが、音もなく森へ消えていく。
空は徐々に赤く染まり、
戦いの終わりと、次の嵐の予兆が混ざり合っていた。
夜の進軍は危険なので、裂け目の手前で野営をすることにした。総兵力三千に満たない軍勢であるが、士気の落ちた地底軍なら互角以上に戦えるとアーレン感じた。それに、今はイオリとシオリが来てくれていて、明日になれば本隊も来るという。
イオリがアーレンの元にやってきた。
「アーレン殿、大変でござったな。ともかく、間に合ってよかった。」
「おお、イオリ、本当に助かったよ。お前のところの戦士たちが合流すれば、恐いものなしだ。」
「いえいえ、足を引っ張らぬよう気を付けさせまする。
……ところで、先ほどの地底の将の話でござるが、魔道砲とはいかなるものか?」
「原理は分からないが、ものすごい威力の大砲だ。
光の束を撃ち出す感じで、一発で砦が破壊された。
ただ、三発撃ったあとに爆発したみたいだな。」
イオリは想像しただけで恐ろしくなった。
「ともかく、明日になれば白雲の援軍本隊が参りますゆえ、
合流したのちに再度進軍ということでよろしいですな。」
「ああ、そのほうが安全だ。
うまくいけば、明日でこのバカげた戦いは終わると思う。」
「そう願いたいものですな。」
イオリは荒地の星空を見上げた。
月明かりが静かに輝いていた。




