第70話 ダルガの目覚め
アーレンは、ダルガの様子が明らかに変わったことに気づいた。
「おい、おっさん。前にあんたの部下を捕まえたんだけどな……今はこっちで楽しくやってるぞ。」
エイリンに手伝ってもらい、ダルガに意志を伝える。ダルガの眉がわずかに動く。
アーレンは続けた。
「俺たちだって無駄に殺すつもりはない。
あいつは敵だと思ってた俺たちより、味方が殺しに来ることばかり気にしてた。
家に帰してやろうと思ったが……大神官に殺されるって言ってたな。
本当に気の毒だった。」
ダルガの胸に、暗い記憶がよみがえった。
未帰還の者は数人いた。
本来なら死体を回収し、痕跡を残さないようにする。
だが死体が戻らなければ“行方不明”扱いにするしかない。
そして行方不明者は──大神官の命により処分の対象。
生きている限り命は狙われる。
冷酷な掟だった。
ダルガも好きではなかったが、
地上人を信用していない地底社会では、それが“当たり前”だった。
(……だが、本当に地上人は我らを滅ぼそうとしていたのか?
こちらから仕掛けたので対応しているだけ……?)
地上には広大な土地があり、
地底人が暮らせる場所があってもおかしくない。
なぜ話し合いから始めなかったのか──
その疑問が胸に刺さった。
その時、東の街道から新たな援軍が駆けつけた。
イオリとシオリが、足の速い兵を率いて先行してきたのだ。
シオリはエイリンから状況を聞き、
一瞬で全てを理解した。
そして、ダルガに歩み寄る。
「私は白雲のシオリと申します。将軍とはお初にお目にかかります。」
ダルガは警戒しつつも耳を傾けた。
「以前にお預かりした将軍の部下ですが、現在は白雲の民に保護されています。
祖先を同じくする者たちの手助けを受け、だいぶ暮らしにも慣れました。今では、私たちに協力してくれています。」
シオリは静かに言葉を続けた。
「将軍、もう剣をお納めください。
これ以上の戦いは無益です。」
ダルガの心が大きく揺れた。
無能な味方のせいで、
大切な部下たちが次々と死んでいく。
将軍として部下の命を預かっている。
ならば、一人でも多く生かすのが務めだ。
(降伏か……死か……
私が死んで部下が逃げ帰っても、処罰されるだろう……
だが、このまま戦っても全滅だ……)
ダルガは問うた。
「シオリと言ったな……
その部下は本当に無事に暮らしているのだな?」
「はい。もしお疑いなら──お会いになりますか?」
「……会いたい。
そして、敵中に置き去りにしたことを詫びたい。
そんな機会があるのなら……だが。」
「わかりました。では──ここで。」
「……ここで?」
ダルガが戸惑う中、
兵士たちをかき分けて一人の青年が歩み出てきた。
地底の偵察部隊の鎧とフードをかぶっている。
「将軍、お久しぶりです。
1057です。ご無事で何よりでした。」
ダルガは目を見開いた。
「お前……生きていたのか!
行方不明と聞いていたが……よくぞ無事であった!」
1057──いや、鬼丸は深く頭を下げた。
「はい。アーレン殿たちを襲撃して捕まりましたが、
最後まで客人として扱っていただきました。」
「客人……?」
「そして、シオリ様から白雲という場所の話を聞き、
そこへ連れて行っていただきました。」
鬼丸は続けた。
「白雲には、地底人の子孫が暮らす町や村があります。
神殿もありますが、こちらの神官は慈愛の方でした。
白雲での暮らし、人々の習慣、地底人の力の活かし方……
あらゆることを教わりました。」
そして、胸を張った。
「今は1057という番号ではなく──
鬼丸という名前をいただきました。
そして、志願して小島家を守る鬼影衆の末席に加えていただきました。
島の人たちは私にとても親切にしてくれます。
ようやく“居場所”を見つけた気分です。」
鬼丸はダルガをまっすぐ見つめた。
「将軍……どうかお考えください。
ここで戦いをやめても良いのです。
そもそもこの戦は、大神官の誤解と権力欲が生んだもの。
元凶は彼であり、巻き込まれたのは──
ここにいる全員です。」
鬼丸の言葉と、
心に流れ込んでくる白雲での彼の生活の記憶。
それは嘘でも偽りでもなかった。
(……本当に……そんな世界が……?
地底人が地上で……平和に暮らせる世界が……?)
目の前にいる鬼丸は幸せそうにニッコリしている。
(……やはり、戦う必要など……最初から無かったのか……?
我らの苦しみは……無意味だった……)
ダルガの胸の奥で、
長年積み上げてきた信念が音を立てて崩れ始めた。




