第68話 地底軍の苦境
白雲の弓兵による一斉射撃で前進を止められたバルグは、
さすがにこれ以上の突撃は無理だと悟った。
「……いったん退くぞ……!」
怒りと屈辱を噛みしめながらも、
バルグは後退を命じた。
兵たちは散り散りになりながら森へと戻っていく。
この日の戦いは、こうして終息した。
東の空が白み始めると、
外壁の上で見張りをしていた兵士たちから歓声が上がった。
「勝ったぞ!」
「夜を越えた……!」
アーレンはその声を聞きながら、
その場に腰を下ろした。
「……ふぅ……」
そのまま、コトンと頭を壁に預けると、
すぐに寝息を立て始めた。
レムが隣に来て、肩をすくめる。
「今回は接近戦が無かったから、僕たちの出番はありませんでしたね……」
そう言うと、レムもアーレンの隣に座り、
同じように寝息を立て始めた。
フレドリックは全軍に休息を命じ、
白雲の傭兵隊長と改めて会談を行った。
「改めて礼を言う。
あなた方が来てくれなければ、今夜は危なかった。」
隊長は笑いながら言った。
「なあに、これも給料のうちでござるよ。」
その背後で、空気がふっと揺れた。
二つの影が、いつの間にか姿を現していた。
「ん? 鬼影か?」
フレドリックは驚き、思わず身構えた。
仮面の女性が、わずかに目を細める。
「……我々のことをご存じで?」
「ついこの間、あなた方の仲間に世話になった。
今回も陰で助けてくれたのだろう?」
エイリンは軽く頭を下げた。
「鬼影の長、エイリン。
小島家当主の命により、この戦に参じた。」
隣の仮面の男──エイムも静かに一礼する。
エイリンは続けた。
「今回の援軍は、たまたま大陸にいた傭兵たちを集めた先遣隊。
だが、本隊も白雲よりこちらへ向かっており、
まもなく到着する手はずになっている。」
フレドリックは息を呑んだ。
「白雲の本隊が……!」
エイリンは淡々と告げる。
「敵の位置は、鬼影がほぼ把握している。
まだ多くの兵が残っているが……
もはや以前のような総力戦にはならぬだろう。」
「なぜそう言い切れる?」
フレドリックは思わず問うたが、
エイリンはそれ以上語らなかった。
影は多くを語らない──
フレドリックはそう聞いていたので、それ以上追及しなかった。
「昼間の攻撃は無いはずだ。
しばし休息してくれ。」
フレドリックは白雲の隊長にそう伝え、
自分も少し休むことにした。
一方その頃、
ミルダは町外れの小屋に監禁されていた。
呼吸はしているが、意識はない。
鬼影の見張りが周囲を警戒している。
エイリンが現れ、状態を確認した。
「……今、目覚めれば、また能力を使われて面倒だ。このままにしておこう。」
見張りの鬼影の方を向いて命令をした。
「時々、水を与えよ。
食事は……携行食を砕いて口に押し込めばよい。
ケガも無い。すぐに死ぬようなことはなかろう。」
鬼影らしい、容赦のない処置だった。
森へ退却した地底軍は、
負傷者が多く、士気は著しく低下していた。
脱走者が出ないのは、
太陽の下で生き残る術がないからだ。
荒地に戻るにしても、夜を待つしかない。
天幕の下では、バルグが大の字になって寝息を立てていた。
ダルガは簡易テントの中で横になり、
天井を見つめながら深く息を吐いた。
裂け目を出て一週間。
最初は砦を二つ粉砕し、勢いに乗っていた。
だが今は──大苦戦。
地上軍は日々増強され、
こちらは日々戦力が削られていく。
頼みの綱だったミルダも連れ去られた。
(……これは、もう撤退するしかない。)
兵力差はまだある。
そして、地上軍も攻勢に出る余裕はない。
今は休息し、体力を回復するしかない。
だが──
(撤退すれば、大神官は……)
ダルガの苦悩は、
まだ終わりそうになかった。




