第67話 白雲の援軍
ミルダが消えた影響は、想像以上に大きかった。
地底軍の前線は、じわじわと、しかし確実に崩れ始めていた。
恐怖を抑える術を失った兵士たちは、
隣の者が倒れるたびに動揺し、
透明化していても震えが止まらない。
「ええい、何をしている!! 前へ進め!!」
バルグは怒りに任せて突撃命令を出した。
だが、まともに動いたのはほんの一部の兵だけだった。
残りの兵は恐怖に足をすくませ、
命令を聞いても身体が動かない。
「貴様ら、臆病者め!!」
バルグは苛立ち、
自ら兵の背後に立ってプレッシャーをかけながら前進を強要した。
ダルガは慌てて止めようとした。
「バルグ! 今は無理だ、兵が持たん!!」
しかし、その声は届かない。
(……最悪の事態だ。
このままでは前線が崩壊する。)
ダルガは、動ける兵をできるだけまとめ、
いつでも救援に動けるよう備えた。
その頃、町の反対側では、
まったく別の空気が流れていた。
「東の街道を見ろ!!」
見張り台の兵が叫ぶ。
闇の向こうに、見慣れない旗印が揺れていた。
山の周りに白い雲が浮かぶ紋──
「白雲……! 白雲諸島の旗だ!!」
歓声が一気に広がった。
その数、およそ八百。
東の港町セイランにいた傭兵団が、
小島家の船員たちと共に駆けつけたのだ。
「援軍だ!!」
「助かった……!」
「これで戦える!!」
疲れ切っていた兵士たちの士気が、一気に跳ね上がった。
すぐに門が開かれ、
白雲の戦士たちが整然と入城する。
小島家の船員たちは、
荷馬車から補給物資を次々と運び入れた。
フレドリックが陣頭から降りてきて、
白雲の隊長に深く頭を下げる。
「遠路はるばる、よく来てくれた。
戦況は厳しい。すぐに配置についてほしい。」
隊長は静かに頷いた。
「承知した。
我ら白雲の武、存分に振るわせてもらおう。」
見慣れぬ鎧、
異国の意匠を持つ長弓。
地上軍のほとんどの兵士たちは、東国の戦士を見るのは初めてだった。
しかし、その動きは迷いがなく、
準備は驚くほど迅速だった。
城壁に集結した白雲の弓兵たちが、
隊長の号令とともに一斉に弓を構える。
「放て!!」
夜空を切り裂くように、
無数の矢が放たれた。
その矢は、
前進していたバルグの周囲に集中して降り注いだ。
「なっ……!?」
バルグは一瞬で冷静さを取り戻した。
「盾を構えろ!! 私を守れ!!」
周囲の兵を集め、
必死に盾で身を守らせる。
このころになると透明化が維持できない兵士が続出していた。
バルグが止まったので、他の兵たちの前進は止まり、
後退もままならない。
矢は容赦なく降り注ぎ、
一人、また一人と地底兵が倒れていく。
逃げ出す者もいたが、
背を向けた瞬間に矢が刺さった。
逃げ切れた者はいなかった。
バルグは冷や汗を流し、
完全に動けなくなっていた。
その様子を見ていたダルガは舌打ちした。
「……仕方ない。
あいつを見捨てれば、軍は完全に崩壊する。」
ダルガは兵を引き連れ、
バルグの救援に向かった。
幸いなことに、ダルガの配下の多くは大神官への恐怖ではなく、
ダルガへの信頼と忠誠によって結ばれていた。
元よりミルダの恐怖のイメージなど気にしていなかったのである。
すぐに命令を理解し実行する。
激しい矢の雨の中、
何とかバルグを引き戻すことに成功したが、
犠牲は少なくなかった。
「なぜもっと早く来ない!!」
バルグは怒鳴った。
ダルガは心の中で吐き捨てた。
(助けてもらっておいて……
だが、こいつがいなければ、
俺一人では全軍をまとめきれん。)
バルグは大軍の指令官としては無能だが、
“楽天的な象徴”としての役割がある。
兵士たちは、彼の存在があってこそ辛うじて戦場に立っていられる。
もちろん、普段、兵士たちを怒鳴りつけたり、殴りつけたりして、
バルグ自身のの恐怖を植え付けている部分も多少ある。
(さて……次はどうする……)
ダルガの苦悩は、
さらに深まっていった。




