第63話 地底軍の決死隊
日が沈み、森の奥が再び闇に沈むと、地底軍の陣営に動きがあった。
木を切り倒す音が響き続けている。
アーレンは外壁の上からその音を聞き取り、眉をひそめた。
「……木を切っている? 何をする気だ……?」
ジュリアンも耳を澄ませる。
「はしごでも作ってるのか?
透明化が通用しないから、強行突破を狙ってくる可能性がある。」
フレドリックが低く呟いた。
「なぜ最初からそうしなかったのだろうか……透明化は奇襲してこそ意味があるということか。攻城戦は難しいものよ。」
森の奥では、バルグが怒号を上げていた。
「透明化できない者は前に出ろ!
お前たちはもう隠れる必要はない!
はしごを担いで突撃するんだ!!」
兵士たちは顔を青ざめさせながらも、逆らえなかった。
「将軍……はしごは透明化できません……」
「外壁の上から丸見えになります……!」
バルグは怒りで顔を歪め、兵士の胸ぐらを掴む。
「黙れ!
どうせ透明化できないなら同じだ!
お前たちは“決死隊”だ!
地上人を引きずり下ろしてやれ!!」
兵士たちは震えながら、森で切り出した粗末なはしごを担ぎ上げた。生木は重い。
太陽光の残光で視界がまだぼやけている者も多い。はしごを守るため、気休め程度かもしれないが、盾と弓を装備させた。
その様子を見て、ダルガは深く息を吐いた。
「……無謀すぎる。
はしごを運びながら走ったところで、外壁の上から丸見えだ。」
副官が小声で言う。
「止めますか?」
「止めても無駄だ。
バルグは聞かん。
……せめて、我々の部隊だけは無駄死にさせるな。」
ダルガは偵察部隊に指示を出し、決死隊の後方支援に回ることにした。連射式のクロスボウは脅威だが、射程が短いことは気付いていた。その射程外に留まって、より射程の長いこちらの弓で狙うしかなさそうだ。
やがて、森の闇から複数のはしごが現れた。
透明化できない兵たちが、震える足で外壁へ向かって走り出す。そのまわりを盾をかついだ他の兵が囲っている。
アーレンはその光景を見て、息を呑んだ。
「……本気でやる気か。」
ジュリアンが叫ぶ。
「全員、構え!
はしごをかけさせるな!!」
外壁の上に緊張が走る。
決死隊は叫びながら突撃した。
「うおおおおおっ!!」
「登れ! 登れぇ!!」
城壁にたどり着く前に次々と打ち倒される地底兵。だが、半数ほどは何とか外壁にたどり着くことに成功した。
はしごだけでなく、丸太をかついで城門を粉砕しようとしている部隊もいる。ただ、進軍速度が遅いため、良い的になるだけだった。
必死な地底兵によって粗末なはしごが外壁に立てかけられようとした、その瞬間──
アーレンが叫ぶ。
「レム、今だ!!」
「了解!!」
レムが火縄を落とし、ハンドキャノンが轟音とともに火を噴いた。
着色粉が夜風に乗って広がり、はしご周辺の地底兵を一気に染め上げる。
「うわっ……!」
「まずい……! 隠れられない……!」
透明化していた兵も、していない兵も、全員が丸見えになった。
ジュリアンが号令をかける。
「撃てぇ!!」
連射式クロスボウが一斉に火を噴き、
はしごに殺到する地底兵を次々と撃ち抜いた。
矢が雨のように降り注ぎ、
はしごを支える兵が倒れ、はしごが横倒しになる。
「ぎゃあああっ!」
「はしごが……倒れる……!」
「やめろ! やめてくれ!!」
次々と倒れるはしご。
次々と倒れる兵士。
外壁の上からは、地底軍の動きが手に取るように見えた。
射程外から弓で攻撃してくる地底兵もいるが、全身鎧を装備した騎士団の兵が多数の盾を並べて防御した。何人か倒れたが、軽傷レベルだった。
それでもバルグは叫び続けた。
「怯むな!!
登れ! 登れと言っている!!
死んでも構わん!!」
しかし、兵士たちはもう動けなかった。
「む、無理だ……!」
「外壁の上から丸見えだ……!」
「死ぬ……死ぬだけだ……!」
バルグは怒り狂い、はしごを自ら担いで前に出ようとした。
「ならば俺が行く!!
見ていろ、地上人ども!!」
だが、ダルガがその腕を掴んだ。
「やめろ、バルグ。
これ以上は無駄死にだ。」
「離せ!!
俺は本隊の指揮官だぞ!!」
「だからこそ、死ぬな。
……兵がついてこなくなる。」
バルグは歯を食いしばり、拳を震わせた。
外壁の下には、倒れたはしごと、動かなくなった兵士たちが散乱していた。
ミルダはその光景を見て、静かに呟いた。
「……もう、精神操作ではどうにもならないわ。
恐怖が強すぎる……」
ダルガは森の奥を見つめた。
(……この戦いは、勝てない。
兵を殺すだけだ。)
アーレンは外壁の上で深く息を吐いた。
「……なんとか、守り切ったな。」
必死でハンドキャノンの再装填作業を担当していたレムが立ち上がってあたりを見た。
「はしご突撃は……正直、驚きました。
でも、もう同じ手はやらないでしょう。」
ジュリアンもさすがに疲れたのかへたり込んでいた。
「いくら連射式クロスボウがあったって、もう腕の感覚が無い…限界だな」
フレドリックが静かに言う。
「地底軍は焦っている。
だが、追い詰められているのは我々も同じだ。
……夜はまだ続くぞ。」
アーレンは森の闇を見つめた。
(……これが二日目。
あと何日、持ちこたえられる……?)
夜風が吹き抜け、外壁の上に冷たい緊張が残った。




