第61話 グレイフォード防衛戦
グレイフォードの外壁には、守備兵二百五十名と、ヘンリックの館から駆けつけた親衛隊三十名が集結していた。
ヘンリック配下の騎士団はまだ領地各地からの移動中で、到着まで数時間はかかる。
夜の冷気が張りつめ、兵士たちの息が白く揺れる。
アーレンはレムの“ハンドキャノン”を抱え火縄を準備し、ジュリアンは連射式クロスボウ部隊五十名を整列させていた。
フレドリック隊長は外壁の中央で、兵士たちに短く声をかける。
「……砦は落ちた。だが、町はまだ無事だ。
ここが踏ん張りどころだ。全員、覚悟を決めろ。
町の人たちの避難にも時間がかかる。おれ達でその時間を稼ぐんだ。」
兵士たちに緊張が走る。
地鳴りが近づく。
松明の列が揺れ、地底軍八千の影が森の闇から現れた。
先頭には、ダルガの偵察部隊。
その後ろに、一般兵が続く。
バルグの怒号が響く。
「行くぞォォォ! 地上人を踏み潰せ!!」
しかし、ドロガの魔道砲部隊は前線にはいない。
彼らは第2砦にとどまり、そこから外壁を狙っていた。
ドロガが砦の上で叫ぶ。
「兄者、見てろよ……!
ここからでも町なんて狙い放題だ!!」
巨大なハンマーが振り下ろされ、魔道砲が火を噴いた。
青白い閃光が夜空を裂き、外壁の一角に直撃する。
轟音。
石が砕け、外壁の一部が崩れ落ちた。
兵士たちが悲鳴を上げる。
「伏せろ!!」
アーレンが叫び、ジュリアンが部下を押し倒す。
砕けた石片が雨のように降り注ぎ、外壁の上は一瞬で混乱に包まれた。
フレドリックが歯を食いしばる。
「……なんだ、この威力は……!」
誰も答えられなかった。
地底軍は外壁の破損部分に集結しようとしていた。そこから城壁に上って、壁の上の通路にいる地上軍を殲滅しようとしている。
ダルガの偵察部隊が先頭に立ち、静かに、正確に動く。
一方、一般兵は実戦経験が浅いため動きが鈍い。
足音を感じたアーレンがその方向に向けてハンドキャノンを構える。
「レム、いよいよ実戦テストだ」
「了解です!こっちもどんどん用意します。」
カチッという音と共に火花が散り、ハンドキャノンが火を噴いた。
着色料の粉末が城壁が崩れた部分に向けてばらまかれた。そして、それを浴びて透明化していた地底兵の姿があらわになった。
「今だ、撃て!!」
ジュリアンの号令とともに、連射式クロスボウが一斉に火を噴く。
矢が雨のように降り注ぎ、地底兵の前衛がバタバタと倒れていく。
バルグが怒号を上げる。
「怯むな! 突撃だ!!」
外壁の一部は破壊したものの、地底軍の大軍は思うように動けない。はしごすら準備していなかった。ドロガの魔道砲で城壁を粉砕し、そこから中になだれ込む作戦だったのだ。
第二砦では、ドロガが狂ったように叫んでいた。
「次だ! 次を撃つぞ!!」
しかし、砲身はすでに赤熱し、歪み始めていた。
部下が叫ぶ。
「ドロガ様! これ以上は危険です!!」
「うるさい! さっさと砲弾を装填しろ!!」
巨大なハンマーが振り下ろされ──
魔道砲が破裂した。
轟音と爆風が砦を揺らし、ドロガは吹き飛ばされる。
「うわああああっ!!」
砲身の破片が周囲にばらまかれ、その場にいた魔道砲部隊は壊滅した。
地底軍の切り札は、結局3発しか使えなかった。ドロガは負傷した腕を抱えていた。その眼には焦りの色が浮かんでいる。試作品を無理やり戦場に持ち込んだが、耐久性に問題があったのを見落としていたことを後悔した。
「まずい、まずい、まずいぞ!帰ったら処刑される!」
そんなドロガをよそに、戦いは夜明けまで続いた。レムの作ったハンドキャノンは透明化を完全に無力化している。しかも高いところから撃てば、良い感じに着色粉が拡散するのだ。
「いやぁ、結構使えますね、我ながらいい道具ができましたよ。」
時折飛んでくる矢を背中の盾で防ぎながらレムは必死にハンドキャノンの装填をしていた。再装填はどうしても時間がかかるが、それを踏まえてかなりの数を用意しておいたので、どんどん撃てる。
そして──
東の空が白み始めた瞬間、地底軍の動きが急激に鈍った。
一般兵たちが顔を覆い、呻き声を上げる。
「光が……! 目が……!」
一般兵が装備している簡易遮光布では太陽光を防ぎきれない。
視界が白く飛び、距離感が狂い、足元が見えなくなる。
ダルガは即座に判断した。
「全軍、森へ撤退!
これ以上は危険だ!」
だが、バルグは怒り狂って叫ぶ。
「逃げるな! まだ戦える!
太陽ごときに怯むな!!」
しかし、兵士たちは動けなかった。そして、頼みの透明化もすでに使える状態の兵士は少なかった。
フレドリックが叫ぶ。
「もう透明化はできんようだな。今だ! 撃て!!」
ジュリアンの部隊が一斉に矢を放つ。
太陽光で動けない地底兵に、矢が次々と突き刺さる。
バルグ隊の前衛が崩れ、悲鳴が上がる。
「ぐああああっ!」
「目が……見えない……!」
「退け! 退けぇ!!」
バルグ自身も腕を射抜かれ、怒りと痛みで吠えた。
「地上人め……卑怯な……!ひるむな!一気に押せ!」
だが、誰も彼に従わなかった。
ダルガの偵察部隊が一般兵を引きずるようにして森へ退却させる。
バルグは怒り狂いながらも、部下に押し戻されるようにして森へ下がった。
ミルダは静かに呟いた。
「……太陽の下では、かなり不利みたいだね……」
こうして、地底軍は森の奥へと後退した。
外壁の上で、アーレンは息をついた。
「……なんとか、持ちこたえたな……」
レムは汗を拭いながら頷く。
「でも……これからが本番です。
夜になれば、また来ます。」
フレドリックは外壁の破損部分を見つめながら言った。
「昼のうちに修復しろ。
補給も急げ。
……この戦いは長くなるぞ。」
アーレンは遠くの森を見つめた。
(……味方の損害は多くは無い。だがいつまで持ちこたえられるか)
こうして、グレイフォードの長い二週間の死闘が幕を開けた。




