第55話 新兵器
アーレンは守備隊の執務室を出ると、しばらく会っていない友人のレムが何をしているかすごく気になっていた。
(レムが透明化対策になる道具を……?
半年の間に何を作っていたんだ?)
砦建設の半年は長かった。
だが、レムにとっても同じだけの時間があった。
あの好奇心の塊のような少年が、何もしていないはずがない。
アーレンたちは足早にレムの作業小屋へ向かった。
小屋の扉を開けると、
中から金属を叩く音が聞こえてきた。
「レム、いるか?」
「アーレンさん!?ひさしぶりですね!」
振り返ったレムは、あいかわらず元気そうだったが、
目の下には薄いクマができていた。
「寝てるか?」
「寝てますよ! たぶん! いや、ちょっとだけ!」
アーレンは苦笑した。
「ジュリアンから聞いた。
透明化対策になる道具を作ってるって。」
レムは胸を張った。
「そう! まだ名前は決めてないです。
でも、すごいんですよ。見てください、これ!」
レムが布をめくると、
そこには金属の筒と木製の持ち手を組み合わせた奇妙な装置が置かれていた。
アーレンは眉を上げた。
「……なんだこれは?」
レムは嬉しそうに語り始めた。
「最初はね、蒸気で粉を飛ばそうとしたんだ。
でも、蒸気って仕掛けが大きくなるし、粉が湿ってうまくいかないし……」
アーレンはいまひとつ理解できなかった。
「まあ、確かに持ち運ぶのも大変そうだ。」
「でしょ? だから次は空気を圧縮してみたんだ。
でも、ポンプでの作業が時間がかかりすぎるし……空気漏れもすごい。
バネで飛ばすのも試したけど、イマイチ……」
アーレンは思わず笑った。
「お前、半年間ずっとそれを?」
「そう! でも、どうしてもうまくいかなくて。
それで、イオリに相談してみたんです。」
アーレンは目を細めた。
「イオリに?」
「うん。そうしたらですね――」
レムは声を潜めた。
「白雲諸島で“火薬”っていう新しいものができていたらしいんだ。」
アーレンは息を呑んだ。
「火薬……?」
「そう! まだ最近できたばかりで、用途も限られているんですけど……
例えば鬼影たちが煙玉に使ってるんだって。驚かせたり、逃げる時に使うらしいです。」
アーレンは納得した。
(鬼影の煙玉……面白そうだな。)
レムは続けた。
「イオリさんが実験用にとその火薬を送ってくれました。
それを使って粉を飛ばしてみたら……
これがすごい威力で!」
アーレンは装置を持ち上げた。
「……へぇ、そんなにすごいのか。」
「そう! ただ、まだ問題がありまして……」
レムは苦笑した。
「火薬の量を間違えると、下手をすると筒が破裂してしまうんですよ。
僕、何回も真っ赤になりました。」
アーレンは吹き出しそうになった。
「お前らしいな。」
レムは小屋の裏手に案内した。
そこには粉まみれの木の板が立てかけられていた。
「じゃあ、アーレン。
この試作品、実際に撃ってみて!」
アーレンは深呼吸し、装置を構えた。
「火薬は少なめにしてあるから、大丈夫ですよ!」
「……その言葉が一番危ないんだが。」
レムが合図を送る。
「それではいきましょう! 三、二、一――!」
アーレンが引き金を引いた瞬間、
「パンッ!」という軽い破裂音とともに、
前方に大量の赤い粉が噴き出した。
「おお……!」
粉は的として地面に突き立ててある、複数の人型の木の板にべったりと付着し、
残りは風に乗って広がっていく。
レムが胸を張った。
「どうですか!?粉まみれになったら、透明化していても姿が浮き出るでしょう!」
アーレンは驚いた。
「確かに……でもこれ、準備に時間がかかるだろ?」
レムはちょっとうつむいた。
「そうなんです。その場で次を準備している間に敵が接近してきてしまうでしょうね。」
「まぁ、何本か持ち歩いて新しいのと撃ち終わったのを取り換えながら使うしかないな。あと、風向き次第では撃った側に飛んできそうだ。」
レムはすぐに目を輝かせた。
「確かに、たくさん用意しないといけないけど、実際に使うならそういう感じでしょうね。アーレンさんの意見、すっごく参考になります!」
「急いでいるときに使うものだろうから、引き金を引くだけで使えるというのは良いと思う。これをいくつか用意して親父に見せよう。」
レムもそこは考えていたようで、操作が簡単なら訓練も時間がかからないので、短期間で射手を育成できるだろう。
「問題は、この町の鍛冶屋だけではそれほどたくさんの数を作れないことですね。あと、火薬もどんどん買わないといけないのですが…値段は安くはありませんね、恐らく。」
「代用品があればいいんだが、そうもいかないだろうな。」
「火薬に火をつけるための縄はここでも作れそうですけどね。」
「地道に解決していくしかないな。」
「ええ、でも、これで一応使える形にはなりました。」
「そうだな、ところで作っているのはこれだけか?」
アーレンにそう聞かれてレムはにやっとした。
「フフフ、まだありますよ、もちろん…」
一瞬、この小さな体の技術者の背後に、ものすごく大きな気の塊ようなものが見えた。
「そうそう、実は私も協力して新兵器を作ったのだ。」
ジュリアンが後ろからドヤ顔で近づいてきた。手には何やら武器を持っている。
「敵が姿を現したら、次はどうする?そう、殲滅しないといかん。これはその時に使うものである!」
アーレンは少したじろいだ。ジュリアンもレムに影響されているのかもしれない。
「聞け、アーレン。弓は便利な武器だ。しかし、訓練に時間がかかるうえ、疲れる。私も幼少期から鍛錬している。狩りはするが、弓はあまり好きではなかった。そこで、開発したのがこのクロスボウ。一度弦を引けば、その状態を引き金を引くまでずっと続けられる。」
そういいながら武器をアーレンに見せた。弓を横にして木の棒のようなものに取り付け、発射装置や弓を載せるレールなどが付けられている。
「射程は弓の方が大型の分、長くなるのだが、こいつは弓よりも素早く撃てる。また、狙いをつけるのも楽だ。馬上からでも簡単に使えるだろう。」
確かに便利そうだとアーレンは思った。とはいえ、彼は飛び道具よりも剣を持って戦うほうが好きなので、どれだけ画期的なことかあまり理解はできなかった。
ジュリアンは続ける。
「しかも、この状態では一回しか撃てない。次の矢を用意するのに、それなりに時間がかかる。これが簡単な操作で短時間で次々と撃てるとしたら…」
レムが横でニンマリしている。
「…ど、どうなるんだ?」
アーレンがごくりと唾をのむ。
「それができたんだよ。これを見てくれ。」
ジュリアンが取り出したのは先ほどのクロスボウのレールの上に箱がのっているものだった。
「ここに5本の矢を入れて、このレバーをガチャっと操作すると・・・」
ジュリアンがレバーを操作するたびに矢が飛び出す。アーレンは驚いた。
「すごいな、連射できるのか!」
「レムが考えてくれたんだ。威力は弓より弱くなるし、射程も短くなる。だが、透明化を破った後、これでどんどん制圧するという仕組みが完成する。」
「そう、ジュリアンさんがアイデアのヒントをくれました。僕は形にしただけです。」
弓と比べた場合、弱点もあるが、数倍の兵力を相手にするとき、これは頼もしい武器となるだろうということはアーレンにも想像できた。
「ふぅ、俺みたいな剣だけの人間には辛い時代が来るかもな…」
レムがそれを聞いて慌てる。
「アーレンさん、そんなことは絶対に無いです。僕の発明はあくまでも防御のためのもので、これだけで何となるなんて思っていません。使いどころが難しい側面もありますので、アーレンさんみたいに突出した力で様々状況に対処できるとは到底思えません。」
ジュリアンも武器を構えて言う。
「そう、これは力なきもののための道具だ。お前ぐらいの使い手なら不要だろう。でも、私も普通の兵士たちと接して分かったのだが、集団戦では個人の力が突出したところで、負け戦をひっくり返すのは難しい。一人で百人を相手にするのは不可能。だから、多人数で使用した時に効果を発揮するもののほうが結果的に強くなる気がしている。」
アーレンは砦で兵士たちと剣の訓練をしたときのことを思い出していた。強すぎる個というのは少人数の時には有効かもしれないが、多数と多数がぶつかる戦場ではどうなるかわからない。
「まぁ、そうだろうな。いくら強くても多数に囲まれたらだんだんと潰されるのは間違いない。いいじゃないか、この連射式クロスボウとか粉をぶちまける道具とか、効果的に組み合わせると面白いことになりそうだ。」
以前のアーレンだったら顔を真っ赤にして否定しているところだったが、集団戦というものを意識しだしてからというもの、考え方がだいぶ変わったようだった。
「とにかく、この粉をぶちまける道具、名前ぐらいつけないとな。」
アーレンはしばし考えた。レムは少し黙って考えた。
「そうですね、火薬を使った手持ちの火器ということで、ハンドキャノンと呼びましょうか?」
アーレンは意外と普通だと感じたが、とりあえず、ぞれが一番わかりやすいと感じた。
「まぁ、とりあえずそれでいいんじゃないか。」
とだけ答えた。
「で、そっちの連射式のクロスボウはどうすんだ?」
ジュリアンがドヤ顔で答えた。
「それについては私が考えた。「影狩りの牙」というものだ。透明化した敵を殲滅する武器にふさわしいだろう。」
「か、かげがりの…なんだそれ?」
「なんだ、気に入らないのか?レムは、「終焉連弩」とか言ってたぞ。そっちのほうがいいか?」
アーレンは頭を抱えた。大げさすぎるだろうと思った。
「いや、わかりやすい名前でいいだろう。連射式クロスボウとかでいいんじゃないか?」
「アーレンさん、普通すぎませんか?」
「そうだそうだ、まったく美が感じられないぞ。」
アーレンは頭を抱えた、報告するときに武器の名前を聞いて相手が首をかしげる姿が目に浮かぶ。
「まぁ、あれだ、王族とか貴族とかそういう連中は、自分で勝手に武器に名前を付けるだろうから、こっちから紹介するときは普通でいいんじゃないか?ジュリアンが自分専用の一丁を手に入れたら、それに好きな名前を付ければいいだけだろ…」
それもそうだと、レムとジュリアンが顔を見合わせた。どうやら、アーレンの案が採択されたらしい。
「いずれにせよ、正式に採用されたら大量に作らないといけないから、レムはそっちのルートも確保しておいてくれよ。」
「そうですね、ブランドルの鍛冶屋ギルドにも話をしておきましょう。あとは火薬ですね…」
ジュリアンが思い出したように言った。
「そうだ、この前ブランドルに行ったとき、イオリ殿が父上と通商条約を正式に結びたいと言っていてな、火薬もそのリストに載せて、優先的に回してもらうことにしよう」
アーレンたちが同意した。
「それだ、とにかく、量が必要になる前に話を一応、まとめておこう」
少しだけ地底人との戦いに希望が出てきた。この2つの武器だけで勝てるほど甘くはないが、一つでも対抗手段が持てれば、全体の士気は上がるだろう。
試作品をいくつか用意して、フレドリックとヘンリックにも披露しないと話が進まないので、アーレンはレムに準備を頼んだ。数日のうちに用意できそうだった。
(完璧かどうかは分からないが、とにかく片っ端から使えそうなものを試していくしかない…)
アーレンは荒地の方向を見た。地底人たちが何かよからぬことをこの瞬間たくらんでいるかもしれない。そんな風に感じていた。




