第51話 アーレン最前線へ
グレイフォードに戻ったのは、王都を発って三日後の夕方だった。
町の空気はどこか張り詰めており、砦建設のために集められた兵士や職人たちが慌ただしく動き回っている。ヘンリックと警護隊は館に戻ったが、アーレンとジュリアンは守備隊の詰め所に行くことにした。
アーレンはまず父フレドリックの執務室へ向かった。
扉を叩くと、すぐに低い声が返ってくる。
「入れ。」
中に入ると、フレドリックは地図の上に身を乗り出し、険しい表情で作業をしていた。
アーレンの姿を見ると、ようやく顔を上げた。
「戻ったか。……で、どうだった?」
アーレンは王都での出来事をすべて報告した。
大臣たちの混乱、騎士団長の暴走、捕虜の証言、そして国王の判断。
フレドリックは黙って聞き、最後に深く息を吐いた。
「……まぁ、上出来だ。王都が脅威を認めただけでも大きい。」
「でも、軍はすぐには動かない。」
「当たり前だ。王都の連中は腰が重い。
だが、援軍の準備を命じたというだけで十分だ。
あとは……俺たちが時間を稼ぐしかない。」
フレドリックは地図を指で叩いた。
「砦は二か所作る。
一つはこの町の北西すぐ近く、もう一つは南西だ。
こことここにちょっと小高い部分がある。
そこからなら町も見えるし、砦同士でも双方が見える。
これで町と砦の両方を監視できるってわけだ。
だが、俺は町の防衛が主な務め。
建設の監督を任せられる者が2人必要だ。」
アーレンは父の視線を感じた。
「……俺にやらせてくれ。」
フレドリックは頷いた。
「そのつもりだ。
お前はもう“ガキ”じゃない。
それに、地底人と直接戦った経験があるのはお前と仲間だけだ。
技師たちにお前なりの意見を言えば、参考になるだろう。」
アーレンの胸が熱くなる。
「もう一人はジュリアン殿にお願いしようと思う。
そうすればヘンリック様との連絡役も兼ねられる。
お前と違って書類仕事も得意だろう。」
「俺だって字ぐらい読めるぞ。とにかく、了解した。」
こうしてアーレンは、初めて“自分の判断で動く任務”を与えられた。
翌朝、アーレンとジュリアンはそれぞれの砦建設現場へ向かった。ジュリアンは貴族の出だが、それだけで職人たちを動かせるかどうかは分からない。
これは領主の子として絶対に必要な人の動かし方を学ぶ絶好のチャンスだ。ヘンリックもそれを期待して許可を出した。
ジュリアンは不安そうだったが、面倒なので肩を叩いて「お前ならできる」とだけ伝え、アーレンは森に向かった。
森の小高い丘に建設現場はあった。広い空き地に木材と石材が積まれ、職人たちが忙しく働いている。
「すごい……もうこんなに進んでるのか。」
アーレンは周囲を見渡した。
兵士たちは汗だくになりながら作業を手伝い、その背後の森に地底人が潜んでいる気がした。
(……見られている。)
透明化した地底人の偵察兵がいてもおかしくない。
だが、何かが襲ってくる気配はない。
(この程度の砦なら、いつでも突破できる……そう思うだろうな。)
アーレンは拳を握った。
(なら、突破できない砦を作ってやる。)
その日の夕方。
アーレンが図面を見ながら職人と話していると、酒臭い兵士がふらふらと近づいてきた。
「おい……アーレンとか言ったな。」
アーレンは眉をひそめた。
「なんだ?」
「フレドリック様は尊敬してる。
だが、そのガキが何を偉そうにしてやがるんだ?
お前が実戦で剣を振るってるところなんて、一度も見たことねぇ。」
周囲の兵士たちがざわつく。
(……だろうな)
アーレンは静かに言った。
「だったら、どうしたいんだ?」
兵士はニヤリと笑った。
「決まってる。俺と勝負しろ。
一本でも取れたら、お前を認めてやる。」
アーレンは即答した。
「いいだろう。ちょうど暇だったんだ。相手してやるよ。」
兵士たちが歓声を上げ、中庭に人だかりができた。
酔った兵士など敵ではない。当然、勝負は一瞬だった。
アーレンの剣が風のように走り、兵士の木剣を弾き飛ばす。
「なっ……!」
兵士は呆然とした。だが、すぐに別の屈強な兵士が前に出る。
「今度は俺だ!」
アーレンは頷いた。
「来いよ。」
二人目は一人目よりもはるかに強かった。力も技も一流で、アーレンは何度か押されかけた。
だが――
(地底人のスピードに比べれば……!)
アーレンは一気に踏み込み、相手の懐に入り込む。木剣が相手の喉元に止まった。
「……参った。」
兵士は潔く頭を下げた。アーレンは周囲を見渡し、大声で言った。
「他に文句のあるやつはいるか?」
沈黙。次の瞬間、兵士たちから歓声が上がった。
「すげぇ……!」「あれがフレドリック様の坊ちゃんか!」「いや、もう“坊ちゃん”じゃねぇな!」
勝負に負けた兵士たちも笑顔になった。
「いや、完敗です!フレドリック様の息子というのは伊達じゃなかった。参りました。」
「おい、そこ!坊ちゃんはやめろ。
それと、いちいち親父の名前を出すな。
親父はパワータイプだ。俺とは違うだろ。」
坊ちゃん呼ばわりした兵士がまずいと思った。
「失礼しました、アーレン様!」
アーレンは続けた。
「アーレンでいい。年上から様付けで呼ばれるのは好きじゃない。」
皆に聞こえるように大きな声で言った。
「俺はこの砦の建設を任されてるが、
正式に守備隊に入ったわけじゃない。
つまり、お前らは俺の部下じゃない。
でも――」
アーレンは森の向こうを指差した。
「この先には地底人がいる。
仲間割れしてる暇なんてない。
俺たちの目的はただ一つ、グレイフォードの町を守ることだ。
それが王国を守ることにもつながる。
そして、この砦はその最前線にある。
オレは命令する気は無い。
ただ、手伝ってくれとお願いしているだけだ。
お前たちにおれたちの町を守る気があるなら
協力してくれ。」
兵士たちはどよめいた。アーレンの気持ちは伝わったようだ。
「了解だ、アーレン!」「俺たちに任せろ!」
その瞬間、アーレンはこの最前線の屈強な戦士たちから仲間として認められたと感じた。
(……ここからだ。
俺の戦いは、ここから始まる。)




