第35話 不気味な警告
荒地に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
さっきまで吹いていた風が止み、音が消える。
乾いた大地が広がるだけなのに、
どこか“見られている”ような圧迫感があった。
シオリがぴたりと足を止め、眉を寄せる。
「……兄さま。何か……おります」
イオリは静かに刀へ手を添えた。
「うむ。シオリ、下がっておれ」
その瞬間――
ヒュッ、と空気を引き裂く音。
「うおっ、来た!」
アーレンがシオリの前に飛び込み、盾を構えた。
一本の矢が盾に突き刺さる。
ガンッ!
衝撃が盾ごしに腕をしびれさせる。
続けざまに、二本、三本と矢が飛んでくる。
「前方より矢! 距離不明!」
兵士の一人が叫び、即座に盾を構えて前列に並ぶ。
「散開せよ! 左右を確認!」
副隊長が怒鳴り、兵士たちは訓練された動きで散開した。
ジュリアンはシオリの前に立ち、剣を構える。
「シオリさん、こちらへ! アーレン、無茶をするな!」
「のんびりしてられるか!ほら来るぞ!」
アーレンは飛んでくる矢をすべて弾き返し、
ジュリアンも剣と盾で矢を叩き落とした。
矢はそこで止んだ。
しかし、荒地のどこにも敵の姿はない。
兵士たちは息を荒げながらも、盾を前に出し周囲を警戒する。
「……敵影なし!」
「どこから撃ってきたんだ……?」
アーレンは盾を下ろし、周囲を睨む。
「……終わりか?」
イオリは首を横に振る。
「いや、アーレン殿。まだ油断できぬ。
シオリ、何か感じるか?」
シオリは目を閉じ、集中したが、
やがて不安げに首を振った。
「……もう、どこかへ行ってしまいました。
気配が……消えました」
ジュリアンが息を整えながら言う。
「逃げた……ということか?」
アーレンは矢の刺さった盾を見つめ、眉をひそめた。
「いや、これ……“警告”だろ。
本気で殺す気なら、もっと撃ってくるはずだ」
兵士の一人が震える声で言う。
「た、確かに……」
イオリが険しい顔で言う。
「今頃、侵入者の報告に戻っておるやもしれぬ。
この場に留まれば、本隊が来るであろう」
兵士たちの顔が青ざめた。
「ど、どういたしますか……? 撤退を……?」
アーレンはしばらく考え、荒地の先を見つめた。
「……敵に遭ったってことは、裂け目が近いってことだ。
ここで帰ったら、何の成果もねぇ」
ジュリアンも唇を噛みしめる。
「……まだ入り口、手ぶらで戻るわけにはいかない」
イオリが静かに言った。
「しかし、敵の規模が分からぬ以上、長居は危険。
迅速に動くほうが良い」
アーレンは剣を握り直し、決意を込めて言った。
「周囲に気をつけながら、先に進むぞ。
裂け目さえ見つけたらすぐ町に戻る。いいな?」
兵士たちは不安げに顔を見合わせたが、
やがて一人が小さく頷いた。
「……了解しました! 前列、盾を上げろ!
後列、弓を用意!」
士気は下がっていた。
だが、誰も“帰ろう”とは言わなかった。




