第3話 少年たちの最初の一歩
ジュリアンはついにアーレンへ礼を伝え、二人の関係に小さな変化が生まれます。
一方、森での襲撃の痕跡が跡形もなく消えていたことから、
“ただの魔物ではない何か”の存在が浮かび上がり、世界は静かに不穏さを増していきます。
そして、武器調査のためにレムが一行へ加入。
三人の旅がようやく本格的に動き出す回です。
ジュリアンは父の部屋を後にした。
その背中には、昼間とは違う“覚悟”が宿っていた。
父の部屋を出たジュリアンは、胸の奥がざわついていた。
(……謝らなければならない。
だが、どう言えばいい?
あいつは庶民だぞ。
なのに……父上はあれほどまでに気にかけている)
自分の中にある“貴族としての誇り”と、
今日アーレンに助けられた“事実”がぶつかり合い、
足取りは重く、落ち着かない。
アーレンがいるのは、町外れの詰め所。
フレドリックの隊が集まる場所だ。
ジュリアンは深呼吸し、扉をノックした。
「お、ジュリアン坊ちゃんじゃねぇか」
アーレンは椅子に座り、剣の手入れをしていた。
昼間の戦いの疲れなど微塵も感じさせない笑顔だ。
「どうした?また森に行きたいのか?」
軽口を叩くアーレンに、ジュリアンは言葉を詰まらせた。
「……その……今日は……」
アーレンは首をかしげる。
「ん? 聞こえねぇぞ」
「……礼を……言いに来たのだ!」
ようやく絞り出した声は、妙に大きく響いた。
アーレンは目を丸くし、次の瞬間、破顔した。
「なんだ、そんなことか。
気にすんなよ。無事でよかったじゃねぇか」
その軽さが、ジュリアンには逆に胸に刺さった。
(……なぜだ。
なぜ、こんなに自然に笑える?
なぜ、私を見下さない?
なぜ、こんなに強いのに偉ぶらない?)
ジュリアンは悔しさと戸惑いで顔を赤くした。
「き、貴様……!
庶民の分際で、私にそんな態度を……!」
アーレンは肩をすくめた。
「おいおい、せっかく謝りに来たんだろ?
そんなに怒鳴ったら台無しじゃねぇか」
「~~~~っ!」
ジュリアンは言葉を失った。
怒りではない。
恥ずかしさでもない。
胸の奥に、
“尊敬”と“嫉妬”が同時に芽生えた
その感覚に戸惑っていた。
アーレンは立ち上がり、ジュリアンの肩を軽く叩いた。
「まぁ、これからもよろしくな。
坊ちゃんとは長い付き合いになりそうだし」
「…坊ちゃんと呼ぶな!」
「じゃあ、ジュリアンでいいか?」
「…好きにするがいい!」
ジュリアンはそっぽを向いたまま、
しかしその耳は真っ赤だった。
アーレンは笑いながら手を振った。
「まぁ何日かここにいるんだろ?また遊ぼうぜ、ジュリアン」
ジュリアンは返事をしなかった。
だが、帰り際にほんの一瞬だけ振り返り、
アーレンの背中を見つめた。
(…あいつ…確かに強い。
そして…父上が惹かれた理由が…少しだけわかった気がする)
その胸の奥に芽生えた感情は、
まだ本人にもはっきりしない。
だが、それは確かに
“友情”の始まりだったのかもしれない。
ジュリアンが去ったあと、詰め所の扉がギィと開いた。
「おう、アーレン。ちょいといいかの」
低い声とともに入ってきたのは、
背は低いが岩のように頑丈な体つきの男――鍛冶職人ガルドだった。
長い髭を指で撫でる癖は、彼が何か考えている時の合図だ。
「どうしたんだ、ガルド親父。そんなに慌てて」
「慌てとらん、興奮しとるんじゃ」
ガルドはアーレンが持ち帰った“あの武器”を抱えていた。
刃の部分にはまだ乾ききらない黒い血がこびりついている。
「お前さんが持ち帰ったこの武器だがの……」
ガルドは髭を撫でながら、目を細めた。
「この大陸ではまず見かけん。
オレの記憶が正しければ……東の最果ての国で、似たような刃物を見たことがある」
「最果ての国で?」
アーレンは眉を上げた。
「ただし、あっちのは農民が刈り入れに使う道具じゃ。
戦士の武器じゃねぇ。
だが、こいつは……その数倍の大きさだ。
しかも、この波状の刃で切られたら……肉が裂けるどころじゃ済まん」
ガルドは刃を指で軽く叩いた。
金属とは思えない、乾いた澄んだ音が響く。
「それにな……こんな金属、見たことがない。
鉄でも鋼でもねぇ。
軽いのに、異様に硬い。
鍛え方も、地上のどの技法とも違う」
アーレンは思わず息を呑んだ。
「じゃあ…やっぱり、森で襲ってきた連中は…」
「噂の“魔物”じゃろうな」
ガルドは断言した。
「ただし、こいつらの武器が最果ての国の農具に似とるってのが気になる。
あっちの連中に見せたら、何かわかるかもしれん」
「そうか……ありがとう、ガルド親父」
アーレンは武器を受け取り、腰に差した。
「おそらく、噂の魔物ってやつらなんだろうな。
少なくとも俺たちと同じ“人間”には見えなかった」
アーレンの声はいつになく真剣だった。
「明日にでも現場に行って、死体の検分をするように親父に言ってみるよ。
あれが何なのか、はっきりさせねぇと」
ガルドは満足そうに頷いた。
「そうじゃな。お前さんの親父なら、きっと何か気づくはずじゃ」
アーレンは礼を言い、
フレドリックのいる詰め所の奥へと向かった。
その背中には、
“ただの狩りの最中に起きた事故ではない”という確信が宿っていた。
アーレンはフレドリックと数名の兵士を連れて、
昨日の襲撃現場へ向かった。
朝の森は静かすぎた。
鳥の声も、風のざわめきもない。
フレドリックは馬を降り、周囲を見渡した。
「…妙だな」
アーレンは頷いた。
「親父、ここで戦ったのは間違いない。
あの洞窟の前だ」
しかし――
そこには、
血の跡も、倒れた魔物の死体も、兵士の遺体も、何もなかった。
まるで最初から何も起きていなかったかのように、
地面はきれいに均されていた。
兵士の一人が呟いた。
「野生動物が荒らした痕跡も無い……」
フレドリックは膝をつき、地面を指でなぞった。
「……誰かが“意図的に”消した跡だ。
しかも、かなり手際がいい」
アーレンは背筋に冷たいものが走った。
(あの動き……あの武器……
やっぱり、ただの魔物じゃない)
念のため、そばの洞窟も調べることにした。
中は薄暗く、湿った空気が漂っている。
アーレンは松明を掲げながら進んだ。
「……小動物の骨ばかりだな」
「魔物の巣って感じじゃねぇな」
洞窟は奥へ続いているように見えたが、
途中で岩が崩れて塞がっていた。
フレドリックはその岩壁をじっと見つめた。
「…アーレン。
この岩、崩れたのは最近じゃない。
もっと昔だ。何年も前のものだ」
「じゃあ、昨日の連中はここに住んでたわけじゃないのか?」
「そうだ。“どこか別の場所”から来て、
“どこかへ戻った”と考えるのが自然だ」
アーレンは思わず武器を握りしめた。
(どこから来た?
どこへ消えた?
あいつらは……何者なんだ?)
洞窟を出た後、フレドリックはアーレンに声をかけた。
「……アーレン。
お前が持ち帰ったあの武器だがな」
「ガルド親父が言ってたよ。
最果ての国の農具に似てるって」
フレドリックは首を横に振った。
「いや……それだけじゃない。
昔、旅の商人から聞いた話がある」
アーレンは真剣な顔になった。
「“地の底に住む者たち”の噂だ。
地上とは違う金属を使い、
地上の者とは違う体つきをしている……
そんな話をな」
アーレンは息を呑んだ。
「親父、それって……」
「ただの昔話だと思っていた。
だが、昨日の出来事と合わせると……
無視できん」
フレドリックの表情は、
戦士としての直感が警鐘を鳴らしているようだった。
襲撃現場の調査は空振りに終わった。
死体も、血の跡も、足跡すらも消えている。
兵士たちは口々に「何が起きたのかわからない」と言ったが、
フレドリックとアーレンは違和感を拭えなかった。
(あれは……自然に消えた跡じゃない)
アーレンの胸には、
“見えない何かに監視されている”ような不気味さが残っていた。
フレドリックはヘンリックの執務室を訪れ、
森での出来事を報告した。
「……つまり、敵の正体は掴めず、痕跡も残っていないと」
「はい。あれはただの魔物ではありません。
組織的に動いている可能性があります」
ヘンリックは深く息を吐いた。
「このままでは、いつ再び襲われるかわからんな……」
しばしの沈黙の後、フレドリックが口を開いた。
「まずは“武器”の正体を探るべきでしょう。
ガルドの話では、最果ての国の農具に似ているとのこと。
中部の王国には、最果ての国から来た傭兵がいるはずです。
彼らなら何か知っているかもしれません」
ヘンリックは頷いた。
「……アーレンに任せるのだな?」
「はい。あいつなら信頼できます」
ヘンリックは少し考え、静かに言った。
「ジュリアンも同行させよう」
フレドリックは驚いた。
「よろしいのですか?」
「このままでは、あの子は何も変わらん。
アーレンと旅をすれば、きっと成長する。
それに……あの子はアーレンに謝りたいはずだ」
フレドリックは微笑んだ。
「……あの頃の私と、あなたを思い出しますな」
ヘンリックも笑った。
翌朝、アーレンはフレドリックに呼ばれた。
「アーレン。お前に任務を与える。
中部の王国へ行き、最果ての国の傭兵から情報を集めてこい」
アーレンは驚きつつも、すぐに頷いた。
「わかった。すぐに準備する」
フレドリックは家宝の剣を差し出した。
「これを持っていけ。
お前の腕なら扱えるはずだ」
アーレンは目を見開いた。
「親父……これは……!」
「お前の旅は、ただの使いではない。
命を賭ける覚悟が必要だ。
だからこそ、これを託す」
アーレンは深く頭を下げた。
一方、ヘンリックはジュリアンに軽量の鎧と剣を渡した。
「父上……これは……」
「お前のために仕立てたものだ。
アーレンの足を引っ張るなよ」
ジュリアンは胸が熱くなった。
(……必ず役に立ってみせる)
アーレンとジュリアンが旅立ちの準備をしていると、
ガルドが鍛冶場から顔を出した。
「おい、アーレン。ちょっと待て」
アーレンが振り返ると、
ガルドの後ろに一人の青年が立っていた。
「こいつを連れていけ。
名前はレム。オレの弟子だ」
レムは緊張した面持ちで頭を下げた。
「……レムです。よろしくお願いします」
アーレンは驚いた。
「え、レムも来るのか?」
ガルドは腕を組んで言った。
「お前さんが持ち帰った“あの武器”……
オレだけじゃ手に負えん。
最果ての国の鍛冶文化と照らし合わせる必要がある。
レムは観察力がある。お前の役に立つはずだ」
ジュリアンは少し不満そうに眉をひそめた。
「……また庶民が増えるのか」
アーレンは肘でジュリアンを小突いた。
「お前、またそういうこと言う!」
レムは苦笑しながら言った。
「気にしません。慣れてますから」
ガルドはアーレンの肩を叩いた。
「頼んだぞ。
レムはまだ半人前だが、武器を見る目は確かだ。
最果ての国で何かわかるかもしれん」
アーレンは力強く頷いた。
「わかった。レム、よろしくな!」
レムも微笑んだ。
「こちらこそ」
こうして――
武器調査の専門家・レムが一行に加わった。
ヘンリック領を抜けた瞬間、
ジュリアンは馬上で小さく身を縮めた。
「……なんだか、空気が違う気がする」
アーレンは笑って肩をすくめる。
「そりゃそうだ。ここから先は“外”だ。
危険もあるが……腕試しにはちょうどいい」
レムは大荷物を抱えながら、
必死に二人の後ろをついていく。
「アーレンさん……そんなに早く歩かないでください……!」
「悪い悪い! ついワクワクしてな!」
天を見上げながら、嬉しそうなアーレン。
うしろを振り向きながらジュリアンがアーレンに文句を言い始める。
「ワクワクするな! 野盗が出るんだぞ!」
「だからワクワクするんだろ?」
「意味がわからない!」
この三人の温度差が、旅の始まりを鮮やかにする。
ジュリアンの不器用な感謝、アーレンの頼もしさ、レムの加入。
三人の関係が“旅の仲間”として形になり始めた、大きな節目の回でした。
また、森での襲撃の痕跡が消えていたことや、
“地の底の者”の噂など、世界の謎も少しずつ姿を見せ始めています。
次回からは、三人が外の世界へ踏み出し、
最果ての国の手がかりを求めて進んでいくことになります。
ここから物語はさらに広がり、加速していきます。




