第2話 ヘンリックが語る過去と父の真実
前回の戦いを経て、ジュリアンの心に少しずつ変化が生まれます。
今回は、ヘンリックが語る過去の物語です。
町の外れの防護柵には、
領主ヘンリック・ボーモントとフレドリック・ウェストフォード、
そして数名の兵士が不安げに立っていた。
遠くから蹄の音が聞こえてくる。
やがてアーレンたちの姿が見えると、
ヘンリックは真っ先に駆け寄った。
「ジュリアン! 何が起きたのだ? 無事だったか!」
ジュリアンは馬から降り、
いつもの尊大な態度を取り戻そうとするように胸を張った。
「父上、ただいま戻りました。
森の奥で不審な集団に襲われましたが……
父上の親衛隊の皆のおかげで撃退することに成功しました。」
「おお、そうだったのか。皆、ご苦労であった!」
ヘンリックが兵士たちをねぎらおうとしたその瞬間――
傷だらけの兵士の一人が、力尽きたように膝をついた。
「ヘンリック様…実は……」
兵士は震える指でアーレンを指した。
「この少年が…敵をすべて撃退したのです……
我々では歯が立たない相手で……
一人は殺されました……
生き残れたのも……この少年のおかげでございます……」
その言葉に、ジュリアンの顔が強張った。
フレドリックは息を呑み、ヘンリックは静かにアーレンへ視線を向けた。
アーレンは頭を掻きながら、いつものようにニッコリ笑った。
「いやぁ、ちょっとした運動だよ」
その軽さが、逆に彼の実力を際立たせていた。
ヘンリックはアーレンに歩み寄り、
その両肩に手を置いた。
「…さすがはフレドリックの息子だ。
よくやってくれた。心から礼を言う。」
その声は震えていた。
安堵と感謝、そして“何かを悟った”ような深い響き。
「そなたの家に我らが救われるのは、これで二度目だ。
本当に……ありがとう。」
アーレンは照れくさそうに笑った。
「なぁに、大したことじゃないさ」
その笑顔を見た瞬間、
ヘンリックの中でひとつの決意が固まった。
(――この少年は、ジュリアンの未来を変える。
いや、王国の未来すら変えるかもしれない)
ヘンリックはジュリアンを自室に呼び出した。
「今日は大変な日であったな」
「はい、父上。
私は……よき家臣たちに恵まれたと感じております」
ヘンリックは静かに首を振った。
「そのことであるが……
ひとつ、昔の話を聞かせてやろうと思ってな。
それでそなたを呼んだのだ」
ジュリアンは怪訝そうに眉をひそめた。
ヘンリックはゆっくりと語り始めた。
若き日のヘンリックは、
師範たちに甘やかされ、
自分を“無敵の戦士”だと錯覚していた。
そんなある日、
北の王国との小競り合いが国境で起きた。
視察中だった領主(ヘンリックの父)も巻き込まれ、
ヘンリックは父に良いところを見せようと
無謀にも敵陣へ突っ込んだ。
供の兵たちは次々と倒れ、
馬もやられ、
気づけば敵に囲まれていた。
降伏すれば命はない。
逃げれば一生の恥。
ヘンリックは震え、
自分の無力さに押し潰されそうになった。
その時――
怒声とともに、一人の少年が馬を駆って現れた。
敵兵を薙ぎ払い、
ヘンリックを馬に引き上げる。
「大丈夫だったか?
さっさと逃げるぞ。オレにつかまっておけ!」
その少年こそ、
後に“大陸最強の戦士”と呼ばれる
フレドリック・ウェストフォードだった。
「父上とあの辺境の守備隊長との間でそんなことが……」
ジュリアンは驚きを隠せなかった。
フレドリックのことを“ただの庶民の隊長”としか見ていなかったからだ。
ヘンリックは静かに頷いた。
「そうだ。そして先代領主も彼に深く感謝した。
もちろん、私は大目玉を食らったが……まぁ、それも良い思い出だ」
ジュリアンは少し笑いかけたが、
ヘンリックの表情が変わったのを見て、すぐに真剣な顔に戻った。
「そして、話にはまだ続きがある……」
先代領主は、跡継ぎを救った英雄に対し、
騎士の位を与えると申し出た。
だが、フレドリックは断った。
「彼は故郷に留まりたいだけだと言った。
地位など欲しくはない。
町を守ることこそが彼の道だと」
ジュリアンは思わず声を上げた。
「なるほど……領主からのそんな最大級の申し出を断るとは、
あやつは無礼にもほどがありますね!」
ヘンリックはすぐに息子をたしなめた。
「よいか、話は最後まで聞くものだ。
仮にも命の恩人の話であるぞ」
ジュリアンは口をつぐんだ。
ヘンリックは続けた。
「フレドリックは単身、跡継ぎを命懸けで救い出した。
この功績は大きい。
だが、その場にいた他の騎士たちにとっては、
家名や出自のほうが大切だったのだ」
「……」
「無名の、しかも辺境の少年がいきなり騎士になるなど、
彼らには耐えられることではない。
彼らの一族は何代も前から我が家に仕えてきたのだからな」
ジュリアンは息を呑んだ。
自分が当然だと思っていた“身分の価値”が、
初めて揺らいだ瞬間だった。
「フレドリックは少年だったが、
こういった駆け引きを本能的に察したのだろう。
騎士になれば、余計な苦労を背負うことになると」
ヘンリックは窓の外を見た。
そこには、フレドリックが育て上げた国境警備隊の詰め所がある。
「そして彼は言った。
“この地方で一番危険で重要な場所は西の町だ。
ここを守ることは領主の城への道を守ること。
だから、それで十分なんだ”と」
ジュリアンは、父の横顔を見つめた。
その表情には、深い敬意と友情が宿っていた。
ヘンリックは語り続けた。
「何日かたって、私はすっかりフレドリックのことが大好きになった。
彼は私と同い年だったが、
辺境での生活は簡単なものではなく、
敵兵との戦い、獣との戦い、
西の海の民の話、
珍しい食べ物、森での生き残り術……
城の大臣たちが決して教えてくれないことを、
彼はたくさん知っていた」
ジュリアンは、父がこんな表情をするのを初めて見た。
まるで少年のように目を輝かせている。
「そして別れの朝のことだった……」
ヘンリックは懐かしそうに微笑んだ。
「私はフレドリックに聞いた。
“どうしてもお礼がしたい。何か欲しいものはないか”と。
施しではなく、ただ感謝を伝えたかったのだ」
ジュリアンは息を呑んだ。
父が“庶民”にここまで心を開いていたとは思いもしなかった。
「フレドリックは少し考えて、笑った。
そして言ったのだ。
“もし何かくれるなら、物とか身分じゃなくて……
ひとつだけ約束してくれ。
お前は俺のことを一生友人として扱ってくれ。
それで満足だ”と」
ジュリアンの胸に、何か熱いものが込み上げた。
「そんなこと、こちらがお願いしたいぐらいの申し出だった。
もちろん、二つ返事で了承した。
そしてその願い通り、私は今も彼を友として扱っている」
ジュリアンは深く頭を下げた。
「父上……私が間違っておりました。
すぐにアーレンの元へ向かい、非礼を詫びてまいります」
ヘンリックは満足そうに頷いた。
「そうか。わかってくれたか。
私とフレドリックのように、
お前たちにも何かの縁があるかもしれんな。
行ってきなさい」
お読みいただき感謝します。
次回、へんてこな武器の謎が少し動きます。




