35.息抜き
「そろそろ寝ないと、明日起きられなくなっちゃうな」
僕は勉強道具をしまうと明かりを消してベッドに入った。
昼は掃除をしながら皆の接客方法や仕事のやり方を見て、気づいたことはメモに取り、仕事の仕方を学んだ。夜はビルのノートの内容を新しいノートに写したり、自分で気づいたことを書き足したりして錬金術大会に向けた勉強を続けている。
ベッドの中で目を瞑る。
「はやく一人前にならなきゃ……」
じりじりとした焦りを抑えるように、僕は深呼吸をした。
翌朝早く、水汲みと店の周りの掃除を終えて食事を作っているとデニスが下りてきた。
「おはようございます、デニスさん」
「ああ」
デニスは目をこすりながら席に着くと、大きなあくびをした。
僕はデニスの前にスープとパンを並べてから、自分の分を向かいの席においた。
食事の途中で、デニスに尋ねてみた。
「デニスさんは、錬金術大会には出ないんですか?」
「無駄な金は使いたくないからな」
「お金ですか?」
「参加費は金貨一枚だろう? それだけ払って、参加賞じゃ割に合わねえよ」
「……え? 参加するのに金貨一枚が必要なんですか?」
「そんなことも知らないのか?」
デニスはあきれ顔で僕を見ていた。
開店時間が近づき、皆が店で最終チェックをしていると、ニコラスがやってきた。
「今日も頑張りましょう」
ニコラスはにっこりと笑った。
お客さんが来る前に、僕はメモを見て仕事の注意点を復習した。
店が開く。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきたお客さんに、ビルやフランクが声をかけ、話を聞いている。
僕は邪魔にならない程度に近づいて、お客さんとビルやフランクのやり取りに耳を澄ませた。
「こちらの商品は小分けになっているので、使いやすいと思います」
「そうだねえ。持ち歩くことが多いから、こっちのほうがよさそうだね」
「大量にお使いなら、あちらの大瓶がおすすめです」
「ほう」
ポーションや毒消し、気付け薬、滋養強壮の薬、お客さんによって欲しいものは異なる。ビルもフランクも、お客さんの雰囲気や服装から旅人だとか兵士だとか、それとなく読み取って話を聞いてアドバイスしている。
僕は掃除をしながら、お客さんがいなくなったタイミングで、気づいたことをメモにまとめる。
「メルヴィン、最近よくメモを取っているね」
ビルに話しかけられて、僕はびくりとした。
「あの、少しでも早く一人前になりたくて」
「そう。でも、仕事と勉強だけじゃ疲れちゃうでしょ? たまには息抜きしないと」
「そんな余裕は……」
ビルは笑顔で首を横に振った。
「来週、魔術大会があるんだって。よかったら、一緒に行かない?」
「魔術大会ですか?」
「うん。今年も優勝候補はカール・バレットらしいよ」
「……カール・バレット」
思いがけず聞いた兄の名前に、僕は口ごもった。
「あれ? バレットって、メルヴィンの苗字もバレットだったよね? 知り合い?」
「たまたまです。カールなんて人、知りません。店の前、掃除してきます」
僕は逃げ出すように、掃除道具を持って店を出た。




